千願成就

パチパチと火の爆ぜる音が小さな境内に響く。
赤々と燃える篝火(かがりび)には神主が祝詞をあげながら色とりどりの紙ーー千羽鶴を投げ込んでいき、もくもくと黒い煙を空へと浮かび上がらせる。
その煙に向かって4つの小さな影が飛んでいく。
煙を浴びるかの様に暫くの間くるくると周囲を飛んでいたが、やがてそれぞれの別の方向へと飛び立っていった。


その日の夜。

「千願神社の御使い神が“鬼太郎”を守りにやってきたですよ~!
ありがたく思うです!!」

ゲゲゲハウスに小さな客が訪れた。

身長は目玉の親父と同じくらい。山伏の様な格好をし背中に白い紙の羽根を生やした少年は、鬼太郎を守るためにやってきたという。
「千羽鶴に懸けられた願いを叶える手助けをするのがポクら御使い神のお仕事です!
千羽のうち一羽でも雑念が入ったらダメです!宝くじに当たるよりすごい確率なんです!!」
テンション高く飛び回るその少年を落ち着かせるのは無理なようで…早々に諦めた鬼太郎は適当に相槌を打ってやる。が、それが気に入らないらしくますますうるさくなる。
どうしたらいいのかと頭が痛くなってきた頃に「大変大変」といういつもの声が近付いてきた。
「ネコ娘…」
助けがきたとばかりに名前を呼び姿を確認しようとすれば、それより前にビュンと音を立てて少年が通りすぎる。
「あ~!待ってたですよ~!!」
「えっ、なっ、なに?」
べたりと顔に張り付いてくる少年にネコ娘は混乱するが少年はおかまいなしだ。
「もう大丈夫です!おねえ…」
「ちょっと君、離れなよ」
ベリリと少年をネコ娘から引き離せば少年はキーキーと抗議してくる。
「何するです!離すです!!」
「で、どうしたの?ネコ娘?」
「うっ、…うん…」
チラチラと鬼太郎の手に掴まれた少年を気にするも、それどころではなかったと、ネコ娘はここに来た理由を話しだす。
「小豆とぎとつるべおとしがまたケンカしてて…」
「…またか」
ーふぅっと溜め息が自然と出てしまう。毎度の事なのだからほっておけばいいとも思うが、聞いてしまった以上はほっておく事もできない。
「じゃあ…」
行こうかと言いかけて、手に掴んだ少年が妙に大人しい事に気付く。
今までずっと騒がしかっただけに強く握り過ぎたかと心配になった。
「だ…」
「ポクも行くですよ~!!」
覗き込んだと同時に大声を出されて耳がキーンとする。
「じゃあ行くです!すぐ行くです!今すぐ行くです!!」
一瞬力が抜けたところで手の中から抜け出した少年はピュンッと飛んで行ってしまう。
「あっ、待てよ…」
あっという間に姿が見えなくなってしまったが、すぐに戻ってきて鬼太郎の髪を引っ張る。
「場所が分からんです!連れてけです!!」
「いたっ、ちょっ…髪引っ張んないで…!」
少年に髪を引っ張られながら鬼太郎達は横町へと向かった。

「あずきでっぽう!!」
「なんのっ!!」

横町では小豆とぎとつるべおとしのケンカが既にヒートアップしていて、皆が遠巻きに見ている。
「あっ!遅いよキタロー!」
「早くあの2人を止めてくれよキタロー…」
鬼太郎が来た事をさっそく認めたアマビエとカワウソが側によってくる。どうやらとばっちりを受けたらしく、その顔にはいくつかの小豆がついていた。
「まったく、あの2人にも困ったものだよ!!」
ぷんぷんと怒るアマビエには曖昧な笑みを返し「それで原因は?」と訊ねる。
「いつもと同じだよ…」
カワウソが疲れたように答えればなるほど、自分の店の方が優れているとの言い合いが聞こえてくる。
「小豆とぎ、つるべおとし…」
名を呼べば2人にギロリと睨まれてしまう。
「おう、鬼太郎!鬼太郎からも言ってやってくれ!」
「そうだそうだ!こいつにワシの店のまんじゅうの方がお前の店で売っている菓子より美味いとな!」
「なんだとぉっ!!」
「やるかいっ!!」
バチバチと火花を飛ばす2人の間に挟まれた鬼太郎はオロオロと交互に視線をやる。…この位置はマズイ。

「あずきでっぽう!!」
「これでもくらえぃ!」

2人が互いに技をかければモチロン間にいる鬼太郎が一番危ない。
「鬼太郎はポクが守るですっ!…ぎゃうっ!!」
「…えっ?」
腕で顔をかばった鬼太郎に、小さな悲鳴が届く。
目を開ければ傷つき倒れた少年の姿…。
「ちょっ…大丈夫?」
「き…たろ…は、ブジ…です…?」
弱々しい声は自分を気遣うもので、思わず何度も頷けば「よかった…です」と言って目を閉じてしまう。
「…っきみ!」
名前を呼ぼうとして、少年の名前もまだ聞いていなかった事に気付く。もう少し真面目に相手をすればよかったと後悔していれば

「あずきでっぽう!!」
「あまいっ!次はこれでもくらえっ!!」

原因の2人はまだケンカを続けている。
「小豆とぎ、つるべおとし…」
ゆらりと、鬼太郎から妖気が立ち上る。
怒りを含んだ声で2人の名を呼ぶが2人はケンカに夢中になっていて気付かない。
「…いいかげんにしなよ、2人とも」
その声を聞いたギャラリーは慌てて逃げ出したという…。

「…あたい、これから鬼太郎を怒らせないよう気をつけるよ」
「オイラも気をつけるよ…」
一部始終を見ていたアマビエとカワウソは、こんな会話を交わしていたそうだ。

鬼太郎とネコ娘、目玉の親父の3人が見守る中で少年は目を覚ました。
「ポク…」
「良かった~、気付いてくれて」
「具合は?気持ち悪いとかない?」
「無茶はいかんぞ、無茶は!」
3人に話しかけられて、少年は暫し混乱していたようだが事の経緯を思い出したのか鬼太郎に向かって訊ねる。
「鬼太郎は?ケガしてないです?」
「…うん!君のおかげでね」
にこりと笑顔で言われた言葉に少年は幸せそうに笑う。
「えへ、良かったです」
「ねぇ、君?僕を守りに来たっていうけど…」
「はいです!
千羽鶴に託された祈りの中にあったです“鬼太郎が怪我をしませんように”って。
だからポクが鬼太郎を守りに来たです!!」
「それって…」
少年の言葉に思い当たる事があるのか、ネコ娘が呟けば少年はネコ娘に対してもニコリと笑いかけた。
「千羽のうち一羽でも他の事を祈って折られた“千羽鶴”ではダメなのです!
千羽分の祈りがあって初めてポクらはお手伝いが出来るです!」
これってすごい事です!と言う少年を見て目玉親父は少年が来たと言っていた“千願神社”にネコ娘が千羽鶴を奉納していた事を思いだす。
(そうか…あの時の願い事は…)
あの時あれだけ夢中になって鶴を折っていたのは息子のためだったのかと、胸が温かくなる。
優しい空気が流れるなか、ふいに少年は立ちあがった。
「そろそろポクは次のお願いのお手伝いにいくです!」
「えぇ?大丈夫かい?」
今起きたばかりなのにと、心配して声をかければ
「ポクの事待ってる人がいるです!早く行ってあげるです!!」
と返されてしまう。
どうやら止めるわけにはいかないようだ。
「でも、皆の願いが叶ったらまた戻ってくるです!
戻ってきたら鬼太郎を守ってやるですから、それまでケガしちゃダメです!」
「うん…分かったよ」
鬼太郎の返事を満足そうに受け、少年はネコ娘にも笑みをおくる。
「と、いうわけです!お姉さんも安心するですよ?」
「うんっ!ありがとう」
バイバイと互いに手を振り少年を見送る。
「なんだかちょっと寂しいね…」
「そうだね…」
あの少年がいた時間は半日にも満たなかったのに、いつもの静けさが寂しいと感じてしまう。
それくらい、少年は賑やかだった。
「またくるさ」
目玉親父の言葉に頷くと、3人は少年が去って行った窓をいつまでも見つめていた。

end

 

 

説火さんが運営される「留戯の里」が1000HITを迎えられた記念に、

ステキなお話をフリー配布されてましたので頂きました^^

ネコちゃんはいつでも鬼太郎さんの身を案じてますもんね。

でも、自分のことよりってとこは二人とも似た者同士ですよね^^

心が温まるステキなお話、ありがとうございました!

そして改めて1000HITおめでとうございます!!

 

 

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