君が君である限り

2月ももうすぐ終わる頃、道端にも徐々に花の姿が増えてきた。
春の近いそんなある日のこと。
いつものように手土産を持って、ネコ娘は人間界を歩いていた。
やがて人気のない道に差し掛かったときだった。
突如強い妖気が近づいてきた。
ネコ娘は瞬時に警戒し、辺りを見回す。
「あ~ら、弱~い妖気を感じたと思ったらアンタだったのね。」
突然降ってきた声に、ネコ娘は顔を上げた。
「ザンビア!!」
見れば箒に座りふわふわと宙に浮いた魔女ザンビアの姿があった。
「相変わらずダッサイ格好ね。それじゃ鬼太郎も振り向くわけないわぁ。
アハハハハ!!」
「なんですってぇぇぇ!?」
「ヤダ!もしかして図星!?」
「うるさいわね!!アンタには関係ないでしょ!?」
ザンビアの挑発的な態度についムキになってしまう。
「いい加減諦めたらぁ?そのほうがアンタも楽なんじゃない?」
「・・・・っ!」
返す言葉が見つからなかった。
ザンビアの言うことも確かだ。
しかしだからといって簡単に諦められるわけがない。
「そうだ!だったらあたしが忘れさせてあげる!」
「なっ!?」
「丁度面白そうなものも手に入ったしね!」
そう言うとザンビアはポケットから小さな珠を取り出した。
「ちょっと!一体何する気!?」
「ふふん!どうなるかは試してみてのお楽しみよ!!アパラチャノ・モゲータ!!」
ザンビアが取り出した珠を手のひらに乗せ呪文を唱えると、珠が眩しく光り始める。
「きゃあ!!」
そのあまりにも眩しい光に、ネコ娘は両腕で目を覆う。
少しすると光が収まった。
ゆっくりと腕を下ろし目を開ける。
見上げればザンビアの姿はなく、ただ夕暮れの空があるだけだった。

「・・・あれ?あたしなんで空なんか見上げてるんだろう・・・?
てゆーか、こんなところで何してたんだろ?」
ネコ娘はただ呆然と立ち尽くしていた。

「へぇ~、封印の宝玉って本当に使えるのね。
あの女の記憶と妖力なんて持ってても仕方ないんだけど!
ま、いざというときには役に立ちそうね!」
ザンビアは封印の宝玉をポケットにしまい、夕焼けの空を箒で飛んでいた。

その頃記憶と妖力を封印の宝玉によって奪われたネコ娘は・・・。

「どうしよう・・・。なんで自分の家がわからないの~~~!?」
と、頭を抱えていた。
「・・・そうだ!」
そう言ってポケットから携帯を取り出し、電話をかける。
「あ、もしもし?三咲ちゃん?あのね、今すごく困ってて・・・。」


それから数日経ったある日。
ネコ娘はバイトに向かう途中、突然声をかけられた。
「よぅ!相も変わらず稼ぐねぇ。」
見れば薄汚い格好でへらへらした男が立っていた。
「・・・誰?」
そう言って明らかに怪しむネコ娘にびっくりしたのはねずみ男だ。
「は・・・?オイオイ何らしくねぇ冗談言ってんだよ!」
「言ってる意味がわからないんだけど・・・。」
てっきり冗談だと思ったねずみ男だったが、ネコ娘の態度に一抹の不安を覚えた。
「な、なんだよ!このオレ様を本当に忘れちまったってのかよ!?」
「忘れるも何も、今会ったばかりじゃない・・・。」
その台詞が嘘や冗談じゃないことは、目を見れば明らかだった。
「ま、まさかとは思うがオメェ、鬼太郎のことは忘れちゃいねぇよなぁ?」
半信半疑で恐る恐る尋ねると、ねずみ男にとってまさかの返事が返ってきた。
「きたろう・・・?聞いたこともないわ。」
ネコ娘のあまりにはっきりとした返答に嫌な汗が流れる。
「マ、マジかよ・・・。こりゃ一大事だぜ!!」
ねずみ男はそう言って風のように去っていった。
「・・・何、あれ。」
残されたネコ娘はすでに見えなくなったねずみ男の背中を見つめていた。

その頃、いつもと変わらぬ平和なゲゲゲハウスでは、
やはりいつもと変わらぬ会話が交わされていた。
「父さん、お風呂の用意ができましたよ。」
「おぉそうか、じゃあ早速入るとするかの。」
「・・・ろ~~~・・・」
「ん?」
のんびりした空気の中、遠くから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「鬼太郎~~~!!!」
「ん?ねずみ男の奴、随分慌てとるのぅ。」
「また何か悪さでもしたんでしょう。」
そんなふうに暢気に構えている親子には、
まさか大変なことが起こっていることなどまったく予想出来ずにいた。
やがて乱暴に筵を捲り、ねずみ男が部屋に入ってきた。
「ぜぇ・・・はぁ・・・き、鬼太郎!ネコ娘が・・・ネコ娘の奴が・・・!」
ねずみ男は息を切らしながら、四つん這いでそう告げる。
「ネコ娘の身に何があったんだ!?」
ネコ娘という名前を聞いた鬼太郎は、途端険しい表情になる。
「アイツ、記憶を無くしてるみてぇなんだよ!!」
「記憶を、無くしてる・・・?」
にわかには信じられない話に、鬼太郎は思わず聞き返す。
「ねずみ男!一体何があったんじゃ!!」
茶碗風呂に浸かっていた父も、思わず身を乗り出した。
「それが・・・・。」
ねずみ男はさきほどの出来事を語りだした。

「こりゃ~、只事じゃねぇぞ、鬼太郎。」
「・・・・。」
一通り話を終え、ねずみ男は珍しく神妙な顔つきになった。
鬼太郎は何かを考えているようで何も語らない。
「・・・う~ん、ひとまず本人と会って話を聞いてみるしかなさそうじゃの。」
行動を促したのはやはり父だった。
「・・・そうですね・・・。ねずみ男、案内してくれ。」
「お、おう・・・。」
静かにそれだけ言って、鬼太郎は立ち上がる。


「ほら、あそこだよ。」
そう言ってねずみ男が指差したのはコンビニだった。
中を見てみれば、レジを打つネコ娘の姿。
それを確認した鬼太郎は、静かに歩き出した。
「お、おい・・・・。」
ねずみ男の声には答えず、鬼太郎はそのままコンビニの中へと入って行った。

「いらっしゃいませ~!」
自動ドアが開き鬼太郎が中に入ると、ネコ娘が笑顔で迎える。
しかしその笑顔は普段鬼太郎に向けられているものではなかった。
更に鬼太郎がネコ娘の妖気を探っても、よく知ったその妖気はまったく感じ取れない。
(ネコ娘・・・・・。)
不安な気持ちを押し殺し、鬼太郎はレジへと近づいていく。
自分の前まで来た鬼太郎に相変わらず笑顔を絶やさないネコ娘だったが、
鬼太郎の表情の硬さを見て、その瞳に少し戸惑いの色を見せる。
「あの、お客様、どうかされました?」
まるで鬼太郎のことなど知らないような話し方に、鬼太郎は動揺した。
「・・・えっと・・・。」
何を言えばいいかわからない鬼太郎の目に、胸につけている名札が見えた。
(猫野・・・)
「えっと、猫野さん?」
「え?あ、はい・・・。」
突然名前を呼ばれて不思議そうなネコ娘に、鬼太郎は続ける。
「実は外で迷子の子供を見つけてね。僕じゃうまく対処できなくて・・・。
悪いけどちょっと手伝ってもらえないかな?」
咄嗟の嘘だったが、とにかくネコ娘を連れ出さなければならなかった。
「あ・・・、はい。わかりました・・・。」
多少怪しんでいるようだが、鬼太郎の困っている顔を見て放っておけないようだった。
「三咲ちゃ~ん、ちょっとだけレジお願い!」
奥にいる同僚にそう声を掛け、外に向かって歩きだした鬼太郎についていく。

店を出ると、鬼太郎は横の細い路地に入っていく。
ネコ娘は警戒しながらもついていく。
「その子供って、一体どこに・・・?」
路地は暗く、あるものといえばゴミ箱くらいなもの。
段々不信感も強くなる。
しかし、
「・・・ごめん。」
という声が聞こえたと思った瞬間、ネコ娘の意識は途絶えていた。
鬼太郎の催眠術により意識を失って崩れ落ちそうなネコ娘を、鬼太郎はしっかりと支える。
そして冷たい手をネコ娘の額に充てた。
触れることにより記憶を読む能力。
それでネコ娘の記憶喪失の原因を探ろうとしたのだ。
目を閉じ、集中する。
見えてきたのはザンビアとのやりとりだった。
(そういうことか・・・。)
真相は分かった。
あとは居場所を見つけるだけだ。
鬼太郎は意識を失ったネコ娘を抱え、再びコンビニの中へと入っていった。
それを見た三咲は驚き、すぐに駆けつけてきた。
「宏美ちゃん!?どうしたの??」
「急に倒れてね、疲れているみたいだ。奥で休ませてあげたほうがいい。僕が運ぶから。」
「あ、はい!ありがとうございます!」
三咲は素直にお礼を言い、鬼太郎を奥へと案内する。
狭いスペースにイスを繋げ、その上にネコ娘を寝かせる。
そのとき、鬼太郎の目に飛び込んできたネコ娘の口元に、いつもあるはずのものがないことに気づいた。
(牙がない・・・。)
これではまるで人間だ。
ネコ娘が妖怪でなくなった。
もしもこのまま封印の宝玉を取り戻せなかったら・・・。
そう考えると、鬼太郎の胸は締め付けられた。
(ネコ娘は、僕が必ず取り戻す!!)
心配そうに見守る三咲に後を任せ、鬼太郎は静かに店を出た。

それから3日、鬼太郎はザンビアの居場所を突き止めようとあちこちへ出掛け、その妖気を探っていた。
しかし日本にいないのか、一向に行方は掴めない。
焦りと苛立ちだけが募る。
そんなとき必ず頭に浮かぶのは、ネコ娘の笑顔。
そして自分を呼ぶ声。
(ネコ娘・・・・。)
思い出せば居ても立ってもいられず、鬼太郎は人間界へと向かう。

通りを挟んだ木の下で、鬼太郎はコンビニの中で働くネコ娘を見つめていた。
(ネコ娘・・・。)
焼き付けるように見つめ、心で名前を呼ぶ。
そして静かにその場を離れた。

それから数日経ったある日。
妖怪ポストに手紙が届いた。
差出人は・・・・・

『猫野宏美』

「ネコ娘!?」
「なんじゃと!?」
そう言って、目玉おやじもちゃぶ台から飛んでくる。
「・・・・・どうやらザンビアのほうから現れてくれたみたいです。」
手紙の内容からすると、ザンビアがネコ娘の元へ現れ、
鬼太郎を呼ぶようにしつこく付き纏っているようだ。
西洋妖怪といえど、妖怪世界へと繋がる路地は見つけられないのだろう。
「鬼太郎、絶対にネコ娘を取り戻すんじゃ!!」
痛々しいまでに落ち込んでいた息子の姿に、父も歯がゆさを感じていた。
「はいっ!!」
そんな父の言葉に、鬼太郎も力強く答える。


「で、手紙は出したの?」
「・・・・出したわ・・・・。」
「そう、じゃあそのうち現れるわね。」
「・・・一体何が目的なの!?」
「決まってるじゃない!鬼太郎を倒せば、ベアード様に褒めてもらえるんだから!」
「鬼太郎とか、ベアードとか、あたしには関係ないでしょ!?」
人間界のとある空き地でそんなやりとりをしていたのはザンビアとネコ娘。
ネコ娘はザンビアに言われ、鬼太郎に手紙を出したのだ。
「へぇ~~、封印の宝玉って凄いのね~!
あんなに鬼太郎、鬼太郎って煩かったアンタが、すっかり忘れちゃうんだもの。」
「だから!忘れるもなにも、あたしは鬼太郎なんて知らないわよ!!」
「いいんじゃない?ある意味、あたしはアンタを幸せにしてあげたってことよね?」
得意げにそう言うザンビアだが、ネコ娘にはまったく理解ができない。
「さてと、アンタには人質になってもらわなきゃね。」
「なっ!?」
「アパラチャノ・モゲータ!」
人差し指を天に向け、呪文を唱えながらネコ娘に向けると、
ネコ娘はたちまち縄でぐるぐる巻きにされてしまった。
「きゃっ!!」
体を縄で縛られたネコ娘は、そのままずるずるとザンビアの元へと引き摺られていく。
そして箒に乗って宙を浮いているザンビアの足元までくると、
その体は静かに浮いていく。
「いやっ!ちょっと!放しなさいよぉ!!」
「人間になっても性格までは変わらないのねぇ。」
どこまでも強気なネコ娘に、ザンビアは口の端を上げる。
するとそのとき、ピンと張っていた縄がぷつんと切れた。
「きゃっ!!」
落ちる。
そう思ったネコ娘は目をギュッと閉じた。
しかし次の瞬間、その体はふわりと何かに包まれた。
驚いて目を開けると、そこには鬼太郎の姿。
寸でのところでネコ娘の体を抱きかかえていたのだ。
「あなたは・・・・・・。」
数日前、突然自分の前に現れて、そのまま姿を消した少年。
意識を取り戻した後、突然倒れた自分を店の中まで運んでくれたことを三咲から聞いた。
「大丈夫かい?」
顔半分を前髪で隠し、一つしか見えていないその目には複雑な色が浮かんでいた。
「え、えぇ・・・・。」
ネコ娘はその一つきりの目から、視線を逸らせないでいた。
(どうしてだろう・・・・。どこかで見たことがあるような・・・・。)
「ふふん、来たわね。」
突然頭上から声が降ってくる。
「・・・・。」
鬼太郎は無言のまま、ネコ娘を静かに下ろしてやる。
そして宙に浮いたまま不敵に笑うザンビアを見上げた。
「あ~ら、怖い顔。」
「封印の宝玉を渡すんだ。」
「ふふん、それってこれのことかしら?」
そう言って、ザンビアはポケットから封印の宝玉を取り出す。
その瞬間、鬼太郎は指笛を鳴らした。
「なっ!なんなのよっ!!」
突然の鬼太郎の行動に驚くザンビア。
するとそのザンビアの目の前をスッと白いものが横切った。
「きゃっ!」
一瞬目を閉じて、すぐに目を開ける。
すると手に持っていたはずの封印の宝玉がなくなっている。
「あぁぁ~~!!!」
「ネコ娘の記憶と妖力は返してもらったよ。」
そう言った鬼太郎を見れば、その手には封印の宝玉が乗せられ、
隣には一反もめんの姿があった。
「・・・・・っ!」
妖力では鬼太郎に敵わないことを知っているザンビアは悔しげに眉をひそめる。
しかし、
「ひとつだけ言っておくわ。
本当にその女が大事なら、そのまま人間として生かしてやることね。」
「・・・・どういう意味だ・・・。」
「妖怪に戻っても、アンタの態度が変わらなければその女は幸せにはなれないってことよ!」
「っ!!!」
ザンビアの強い口調に、鬼太郎は思わず言葉を失う。
「今日は引き下がってあげるわ。ま、せいぜい悩むことね。」
そう言い放ち、ザンビアは空へと消えていく。
「・・・・・。」
何も言うことのできない鬼太郎に、そっと声を掛けたのはネコ娘だった。
「・・・鬼太郎・・・・さん・・・?」
ネコ娘の口から自分の名前が聞こえた瞬間、頭の中で何かが弾けたように顔を上げる。
「ネコ・・・・娘・・・・。」
「あの・・・・、一体何が・・・・。」
自分の記憶と妖力が奪われたことを知らないネコ娘は状況がまったく掴めずにいた。
ただ不安な表情で鬼太郎を見つめることしかできなかった。
「・・・君は・・・・、君は、今のままで・・・・、幸せなのかい・・・?」
聞くのが怖い。
そんな気持ちがありありと感じられる問いかけだった。
「鬼太郎・・・・。」
側で見守る一反もめんはただ心配そうに見つめていた。
「幸せ・・・・?・・・・不自由はしてないわ。
一緒に働く仲間がいて、とっても楽しくやってるもの。」
「・・・・。」
目を伏せながらぽつりぽつりと話すネコ娘に対し、鬼太郎は何かを考えているようだった。
「・・・・・」
「・・・・・」
重苦しい沈黙の中、次に発せられた言葉は驚くものだった。
「・・・・よかったら、僕と友達になってくれないかな?」
「っ!?」
「!?」
驚いたのは一反もめんと、鬼太郎の髪の中で状況を見守っていた目玉おやじだった。
「えっ?」
「駄目・・・かな?」
「あ、ううん!駄目なんかじゃないわ!」
少し悲しそうな鬼太郎の顔を見て、ネコ娘は明るくそう言う。
「・・・よかった、じゃあこれからよろしく。」
鬼太郎はそう言って手を差し出す。
「こちらこそ!」
ネコ娘は笑顔で鬼太郎の手を握る。
その後ネコ娘を街まで送り届け、鬼太郎は一反もめんに乗ってゲゲゲの森へと向かっていた。
「・・・・鬼太郎どん、どうしてネコ娘の記憶を戻してやらんかったと?」
聞きづらそうに一反もめんが口を開く。
「・・・・・これでいいんだ・・・・これで・・・・・。」
搾り出すように、言い聞かせるように呟いた鬼太郎は、
それ以上何も語らなかった。


数日後。

コンビニでのアルバイトを終えたネコ娘は、向かいにある公園へと向かっていた。
「鬼太郎さ~ん!」
噴水の淵に腰かけていた鬼太郎の姿を見つけると、ネコ娘は名前を呼びながら手を振る。
それに気づいた鬼太郎も、顔を上げ微笑む。
「やぁ、お疲れ様。早かったね。」
「えへへ、急いで着替えてきたの。」

先日の事件以降、ネコ娘はなぜか鬼太郎が気になっていた。
なぜなのかはわからなかったが、とにかく鬼太郎のことが知りたいと思った。
バケローを通じて連絡を取り合い、こうして待ち合わせするのは今日が初めてだった。
「君にひとつ聞いて欲しいことがあるんだ。」
「なぁに?」
「実は・・・・、僕は人間じゃないんだ。」
「・・・・・やっぱり・・・。」
「・・・・??やっぱり??」
もっと驚くと思っていたが、意外と冷静なネコ娘に鬼太郎が驚いた。
「うん、だって、この間の・・・えっとザンビア・・・だっけ?
あのコ、空飛んでたし、それに鬼太郎さんと一緒にいたあの布みたいな・・・・。」
「あ、あぁ、一反もめんか・・・。」
「その一反もめんさんって、もしかして妖怪・・・なんじゃないかなぁって・・・・。」
「ははは・・・・、そうだよね。」
鬼太郎は、ネコ娘と一反もめんが初対面だということをすっかり忘れていたのだ。
「鬼太郎さんも・・・・妖怪・・・なの?」
苦笑いする鬼太郎に、おずおずとネコ娘が尋ねる。
「・・・うん。僕も妖怪なんだ。」
「・・・・・本当にいるんだね、妖怪って・・・。」
「・・・怖くないのかい?」
「怖くないわ。・・・どうしてかはわからないけど・・・。」
その言葉を聞いて、鬼太郎は少しだけ安心する。
「実はね、あたし、ちょっと前までの記憶がないの・・・。
もしかしたら、あたしも妖怪だったのかな?」
「えっ!?」
「あはは、な~んて!」
「ははは・・・。」
それから二人はしばらく、他愛もない話に花を咲かせていた・・・。

それから2週間ほど経った、ある日のゲゲゲハウス。
「・・・のう鬼太郎、なぜネコ娘の記憶を戻してやらんのじゃ?」
息子のやることに一切口を出さずにいた目玉おやじが、唐突にそう投げかける。
「父さん・・・・。」
「お前のすることじゃ、何か考えあってのことじゃろうと思っておるが・・・。」
「・・・・ザンビアの言うとおりかもしれないと思ったんです・・・。」
「鬼太郎・・・・。」
「だから、しばらくはこのままで・・・・。」
鬼太郎はそれ以上何も語ろうとはしなかった。

ネコ娘が人間になってから1ヶ月が経とうとしていた頃、
鬼太郎の気持ちに明らかな変化が生まれていた。
今までの二人の関係といえば、
いつもダラダラしている鬼太郎の世話を、楽しそうにこなすネコ娘。
そんな彼女に感謝しつつ、素直になれない鬼太郎。
自分から会いに行かずとも、必ず彼女のほうから訪ねてきてくれていた。
もちろん、その胸に秘めた想いも知っていた。
知っていてかわしてきた。
甘えていたのだと気づいたのは最近のこと。
ネコ娘が自分から離れていくわけがない。
無意識にそんな風に思っていたのかもしれない。
しかし、ネコ娘が人間になってからは状況がまったく違う。
自分から会いに行かなければ会えないのだ。
人間になっても彼女の笑顔は変わらなかった。
相手を思いやる心や優しさ、そしてその正義感までも。
ただ妖力と記憶、そして鬼太郎への気持ちが奪われただけ・・・。
そう考えたときに気づいた。
(今まで君はずっと傷ついていたんだね・・・。)
これから先も素直になれるかどうか自信はない。
だから、人間のままでいれば傷つかずに済むんじゃないか。
鬼太郎はそう考えたのだ。
(でも・・・・。)
心で呟きながら見上げた夜空には、星が瞬いていた。

・・・ろ・・・う・・・

(ん・・・・?)

きた・・・

(ネコ・・・娘・・・・?)

鬼太郎・・・・

(ネコ娘・・・・。)

遠くから呼ぶ声がすぐ目の前まで近づく。
それは聞き慣れた、そしてとても懐かしい声。
見上げればネコ娘がいる。
その大きな瞳に大粒の涙を湛えて・・・。

(ネコ娘・・・・?)

鬼太郎・・・・帰りたい・・・・

(え・・・?)

鬼太郎の傍に・・・帰りたいよ・・・・

(ネコ娘・・・・。)

きた・・・ろ・・・

(ネコ娘!!!)

目の前で泣いて訴えるネコ娘が消えてしまう。
鬼太郎の胸にとてつもない不安が押し寄せる。
考える前にその手を伸ばした。

「ネコ娘!!!」


自分の声で目が覚めた。
呼吸は荒く、額には大粒の汗。

「ゆ・・・め・・・・。」
「・・・大丈夫か、鬼太郎?」
ちゃぶ台に敷いてある布団から、目玉おやじが起き上がる。
「あ・・・、すみません、父さん・・・。」
「・・・のう鬼太郎や、本当にこのままでよいのか?」
「え・・・?」
「確かにこのまま人間でいれば、辛い思いをすることもないじゃろう。
じゃがな、ネコ娘は強い娘じゃ。
例え辛い思いをしても、お前の傍にいることを望むはずじゃ。」
「・・・・・。」
ゆっくりと穏やかに語る父を、鬼太郎は黙って見つめていた。
「それに、このままでは近い将来永遠に別れることになるぞ?」
「・・・どういう・・・ことですか・・・?」
「人間になれば、永遠に生きることは叶わん。
いずれ寿命が来て死ぬことになる。
そうすればもう二度と会うことはできん。」
「っ!!」

人間になる=永遠の命を失う

そんな単純なことを鬼太郎は見落としていた。
当たり前のように一緒にいた。
この先もそれはずっと変わることがないと思っていた。
自分を忘れてしまったこと、それだけが鬼太郎の胸に不安の影を落としていた。
(さっきの夢は・・・・。)
自分の不安が現れたのだろう。
しかしこのままではネコ娘を永遠に失ってしまう。
それだけは絶対に嫌だった。
そう思ったとき、鬼太郎は自分の本心に気づいた。
「父さん、ありがとうございます。」
そう言って顔を上げた息子は、何か吹っ切れたようだった。


翌日。

バケローにメールを頼んだ。
「送っておいたぞ、鬼太郎。」
「ありがとう。」

夕方になり、鬼太郎は腰をあげた。
「父さん、いってきます。」
「うむ、頼んだぞ。」
それだけを交わし、鬼太郎は家を出た。


夕暮れの並木道を抜けると、そこはいつも彼女と待ち合わせている公園。
彼女が人間になって1ヶ月、ここでいろんな話をした。
バイト先での出来事。
友達のこと。
鬼太郎は聞いていることが多かったが、
以前より少しだけ自分から話すように努力した。
そうやって話していると、彼女が人間だということを忘れてしまうこともあった。
でも、彼女の口から横丁の仲間の名前は出てこない。
そして、自分に対しての態度は親しげであっても決して恋心を感じさせるものではなかった。
(そうか・・・・、今は僕が君に恋してるのかもしれないな・・・。)
相手の言動が気になるということは、きっとそういうことなのだろうと気づいた。
(バカだなぁ、僕は・・・。)
そう心で呟いて、自嘲気味に笑う。

「お待たせ~!」

突然聞こえてきた元気のいい声に顔を上げれば、
ネコ娘が手を振りながら走ってくる。
その姿を確認すると、鬼太郎は右手をギュッと握り締めた。

「待った?」
「いや、今来たところだよ。」
「そう、よかった。」
「あのさ、君に伝えたいことがあるんだ。」
「?うん、なぁに?」
「ちょっと手を貸してくれるかい?」
「?うん。」
ネコ娘は不思議そうに手を差し出した。
鬼太郎はポケットから何かを取り出し、ネコ娘の手を優しく持ち上げた。
「今までごめん。だけど、今日は僕の素直な気持ちを伝えるから・・・。」
「え・・・・?」
鬼太郎は真剣な顔で、持ち上げたネコ娘の手をポケットから取り出したものに乗せた。
封印の宝玉だ。
ネコ娘の手が宝玉に触れた瞬間、
それは眩しく光りだし、ピキッという音がすると中から靄のようなものがふわりと出てきた。
そしてそれはネコ娘を包むように纏わりついた。
宝玉は力を使い果たしたように、粉々になって地面に零れていった。
「・・・・・・。」
一瞬の出来事に、ネコ娘は呆然としている。
そんなネコ娘の手を、鬼太郎は両手で包み込んだ。
するとその手からは懐かしい妖気が感じ取れる。
ネコ娘が戻ってきたのだ。

「ネコ娘、傍にいてほしい。
ずっと、永遠に僕の傍に・・・。」
「・・・・きた・・・ろ・・・?」
唐突に戻ってきたたくさんの記憶。
そして身体に妖力が漲る。
それを感じる間もなく、鬼太郎から告げられた言葉。
「鬼太郎・・・・?今、なんて・・・・?」
「僕はネコ娘と永遠に生きていきたいんだ。
だから、離れずに傍にいてほしい。」

鬼太郎があたしと・・・?
ちょっと待って、あたし今まで何してたんだっけ・・・?
あぁもう、ワケがわかんない!
でも、鬼太郎がどうしてそんなこと・・・?
てゆーか、あたしと永遠に生きていたい・・・?

「・・・・・・。」
「・・・ネコ娘・・・・?」
あまりの反応のなさに、鬼太郎は不安を隠せないでいた。
「ねぇ鬼太郎・・・。」
「なんだい?」
「・・・・今日って4月1日だっけ?」
「・・・・え・・・・?」
二人の横を風が吹きぬけた。
「え~っと・・・、今日は4月1日でもないし、
僕が冗談でこんなこと言うと思うかい?」
「だ・・・だって・・・、鬼太郎があたしといたいなんて・・・・。」
少し俯き小声でそう呟くネコ娘に、鬼太郎は優しく微笑みかけた。
「僕の本当の気持ちだよ。信じてくれないかな?」
「じゃあ・・・・もう一度・・・・言って・・・?」
ネコ娘はそう言って顔を上げ、鬼太郎の目を見つめた。
鬼太郎は少し照れたように眉を下げると、すぅっと息を吸う。
「ネコ娘、この先永遠に僕といてくれるかい?
ずっとずっと、傍に居て欲しいんだ。」
「・・・・・。」
鬼太郎の真剣な言葉に、ネコ娘の大きな瞳に涙が滲む。
一つ大きな雫が頬を流れたとき、ネコ娘は静かに頷いた。
「・・・・ありがとう、ネコ娘。」
そう言って微笑めば、ネコ娘は涙を流したまま頬を染め笑った・・・・。

 

君が人間になってもこの想いは変わらないけど、
やっぱり君が妖怪でよかった。
これから永遠に、二人で生きていけるんだから・・・。

 

 

 

ayaさんに頂いたリクエスト「人間になってしまったネコ娘に恋をする鬼太郎」です。

なんだか長いくせによくわからないモノになりました_| ̄|〇

ayaさん、こんなものでよろしければどうぞお持ち帰りくださいませm(_ _)m

ステキなリクエストありがとうございました!!

 

 

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