香の酔い

 
 
 
  

 
 
 
 
 
「にゃふ~ん」
「・・・・・・・・・・・・」
 
つつぅ~とこめかみから一筋の汗が流れる感触がした。
目の前には瞳をとろけさせたネコ娘が満面に猫のような笑みを浮かべてこちらをジッと見つめていた。
目元が朱に染まっている。
無理もない。
ここは宴会場で、酒は誰彼かまわず振る舞われ、自分もネコ娘もご相伴に与ったのだから。
 
季節は春。
妖怪桜の開花も今年は早かった。
これは一大事と、妖怪横丁の面々が早急に宴に取りなした。
この妖怪桜、やたらと宴が好きで、その時期を見誤ると勝手に動き出し「酒くれ~」とか「宴会はまだか~」とまるでなまはげのように家々を練り歩くのだ。
一体誰がこんな桜にしたのやら・・・。
 
まぁ、それはともかく。
 
今は妖怪横丁やら各地の酒好きの妖怪たちが集まっての大宴会。
お祭り好きが集まれば、どんちゃん騒ぎが始まり、中には血気盛んな連中の小競り合いまで、宴会場は色んな喧噪に包まれ騒がしいことこの上ないので、少し離れた場所で飲んでいたのだが・・・。
 
・・・・・・・・・・・これは、まずいかもしれない・・・・・。
 
鬼太郎の脳裏にこれからの状況がありありと映し出された。
「き、た、ろぉ~」
ふにゃぁ~とネコ娘が枝垂れかかるように寄り添ってきた。
「んふふっ、まぁ、一杯」
手に持っていた杯はカラだ。
そこへしとやかな手つきで酒を注いでくれる。
「あ、ありがと」
とりあえずお礼は言えた。
「ど~いたしまして~」
酔ってるせいか間延びする口調に、ビクビクしながら杯に口を付ける。
水を飲んでる気がした。
「あのね~、きたろ~」
「な、なに?」
「チューして」
危なく噴くところだった。
「んね~、チューぅ?」
「おんやぁ~、ネコ娘のヤツ、また始まったんか?」
のっそりやってきたのはねずみ男。
鬼太郎の身体に自分の身体を擦りつけるように絡ませるネコ娘を見て、呆れたように呟く。
「・・・・・・・・・・・・ああ」
酔ったネコ娘の悪癖。
それが“キス魔”。
これで鬼太郎が嫌がって素っ気なく無視したとしよう。
すると今度は誰彼かまわずキスをせがむのだ。
去年の被害者になりかけていたねずみ男は、ネコ娘から微妙に距離を取り、ニタリと鬼太郎に嗤った。
「ま、犬にかまれたと思って相手してやんな。・・・おおっと、犬じゃなくて猫だけどな」
ごゆっくり~と無責任な言葉を残して、ヒラヒラと手を振りながら行ってしまうねずみ男に一睨みして、鬼太郎は周囲を見渡した。
酒が回り、宴会も佳境に入っているせいか、思い思いにみんな楽しんでいて、こちらに気づく様子はない。
はぁ~とため息を吐いた鬼太郎は胸元がスースーするのに気づき、ギョッとした。
「ネ、ネコ娘っ!?」
いつの間にやら学童服のボタンが上から三つ外されている。
外したのは何やら怪しい目つきになっているネコ娘だ。
「ち、ちょっとっ」
慌てて身を離す。
ドキドキと心臓が跳ねる。
顔が酒気とは違う熱に侵されているのが判る。
ネコ娘はペタンとお尻を着いて座った状態で、両腕で上半身を支えながら前屈みにこちらを見上げている。
吊された提灯の数が少なく、辺りは仄かに明るい程度。
そのくらいの灯りでも妖怪である鬼太郎には少女の姿がくっきりと見える。
見上げた少女はいつにない扇情的な眼差しで瞳が揺らめいていた。
「あたしは・・・・きたろ~が・・・・・好き」
呟かれた言葉は甘い吐息と共に紡ぎ出される。
酒気にあてられ火照った熱を逃がそうとしたのか、いつもはきちんとはめられているはずの襟元のボタンが数個外され、華奢な首筋から鎖骨、そしてジャンパースカートの胸元に隠されているギリギリまでの柔肌が覗いている。
赤く輝く小さな唇がやたらと目に付き、鬼太郎は喉の渇きを覚えた。
ドクドクと鳴り響く脈の音は心臓より上、こめかみの辺りから鳴り響いているような感じだ。
クラクラする。
見目も幼い少女から発する色香・・・とでも言うのだろうか?
背もたれにしていた木に縋り付くように背を預け、目は少女から一時たりとも離せない。
自分の視線が紅く濡れた唇とはだけた首筋からのラインを舐めるように見ているのに気づいて、ようやく鬼太郎は口内に溜まった唾液を飲み込むことが出来た。
でも乾きは癒えない。
どうすればこの乾きが癒えるのか、それは本能が知っている。
だが・・・・・。
「ねぇ・・・きたろ~?」
「・・・・・・・・ネコ娘」
鬼太郎は屈み込み、ネコ娘の肩に両手を置いた。
「まだ、早いから・・・・おやすみ」
「ふ・・・・にゃ・・・・・・」
軽い催眠術をかけるとネコ娘は目を回したように身体が傾き、そのまま意識を失った。
倒れ込む華奢な身体を支えると、鬼太郎はゆっくり己の身体に溜まった熱を鎮めるように深く深く息を吐いた。
膝の上ではスゥスゥと安らかな寝息。
寒くないようにチャンチャンコをかけてやる。
木にもたれかかり、空を見上げる。
妖怪桜が景気よく己の花びらを夜空に散らしている。
提灯の明かりにそれが映え、とても幻想的な風景に騒がしかった喧噪が落ち着いた。
「なんだ。やんなかったのか?」
「・・・・・・・ねずみ男」
気怠く目を閉じていた鬼太郎は見下ろす顔を睨み付けた。
彼はとんと頓着せず、その隣に「よっこらせ」と親父臭く座り込む。
「お前・・・・見てたろ」
「へへっ、天下の鬼太郎ちゃんがどんな醜態を晒すか見逃すかってぇ~の」
悪びれもなく、ほいっと手に持っていたお猪口を一つ渡す。
それを受け取りながら、注いでくれた酒を一気に飲み干した。
「ん?これ、子泣き秘蔵の“地獄の千年殺し”じゃないか」
今まで飲んでいたのと全く違う芳醇な味。
一度だけ父に内緒だと飲ませてもらったことがある秘蔵中の秘蔵の酒だ。
するとねずみ男は嬉しそうにへへっと笑った。
「ちょいと掠めたのよ。それよか、何でやってやんなかっただよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・子供だよ、ネコ娘は」
「可愛いモンじゃねぇか。『チューして』だとよ。ガキもガキだろ?」
すると鬼太郎はゆっくりとかぶりを振った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちがう。・・・・・・もう・・・『女』だ」
ポツリと呟いたその言葉。
俯いたため、その表情は見えない。
 
姉弟同然に育った幼馴染み。
でも、違う。
違うんだ・・・・。
 
妖怪桜の花びらが風に舞う。
そのかすかな芳香は鬼太郎の胸を深く深く刻みつけた。
 
 
 
 
 
〈完〉
 
 
 
 
 

「五っ茶弐」のヒノさまから、

「酔っ払ったネコ娘」というリクエストでお願いしたssをいただきました!!

最後まで読みたくなります(爆)

ヒノさま、ありがとうございました~!!

 

 

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