花咲く日まで

 

 

 

 


 

 

 

 

「え!?ろくちゃん、婚約したの!?」
驚くネコ娘の腕を、ろくろ首はやだぁ、と言いながらパシパシと軽く叩いた。
雪のようという比喩そのままの白い頬を赤く染めて、長く伸ばした首をくねらせながら照れるろくろ首を、ネコ娘は羨望と祝福の入り混じった瞳で見つめ、おめでとうと声をかけながらにっこりと微笑んだ。
一緒にその話を聞いていた、砂かけお婆や子泣き爺をはじめとした妖怪
アパートの住人たち、そして鬼太郎や目玉の親父ら横丁の仲間も、次々に祝いの言葉を口にする。
一人ひとりにありがとうと言葉を返し、穏やかに微笑むろくろ首は本当に花のように綺麗だと、ネコ娘は思った。
「ならばこれからいろいろと忙しくなるの。わしらにできることがあれば、遠慮なく言うのじゃぞ」
砂かけお婆の言葉にろくろ首は、ありがとうお婆、ともう一度言ってから、やや遠慮がちに言葉を繋ぐ。
「…それじゃ、早速で悪いんだけど、
料理を教えてもらいたいの。前に横丁に遊びに来た時鷲尾さん、お婆の料理を褒めてたから…」
「ほう、花嫁修業というわけか。そんなのお安いご用じゃ。このお婆に任せておけ」
もともと世話好きの砂かけは、胸を拳でとんと叩いて快く請け負う。
「そう言ってくれると思った。これでひと安心だわ。……あ、そうだ。ネコちゃんも一緒に教えてもらわない?」
「あたし!?」
話の方向が急に自分に向けられて、ネコ娘は目をぱちくりさせる。
「ね、あたし一人で教わるより、ネコちゃんと一緒の方が楽しいもの。そうしようよ、ネコちゃん」
「そうじゃの。ひとり
教えるのも二人教えるのも手間は同じじゃ。良い機会じゃからネコ娘もやればよかろう」
「あたいもやるよ!」
そこへ生来の勝ち気な性格を覗かせて、小さな体と
ピンクの豊かな髪をぴょんぴょん弾ませながら、アマビエが手を挙げて鼻息も荒く割り込んできた。その脇ではカワウソが、思わず苦虫をかみつぶしたような顔をして、げ、と小さく悪態をつく。
「ほう。アマビエもやるのか。ならば折角じゃ。おぬしには行儀からみっちりと仕込むことにしようかの」
そう言って砂かけはアマビエの顔を覗き込んだ。アマビエは途端に青ざめる。
「あ、あたい、やっぱり遠慮しとくよ…ほ、ほら、ろくろ首の邪魔しちゃ悪いしさ…」
「邪魔になぞなりはせん。善は急げじゃ。何なら今からでも始めるとしようかの」
「い、いいよ!ホントに!あ!そう言えばあたい、用事があったんだ!じゃ、みんな、またね!」
そう叫ぶが早いか否かアマビエは、なぜかカワウソの襟首を掴んで引きずるようにしながら、住処となっている川へと戻って行った。なんでおいらまで連れて行くんだよう、というカワウソの抗議はいつものごとく、全く聞きいれられる様子がない。
「ほんに仕様のないアマビエじゃ……ところでろくろ首。始めるのはいつがよい?わしはいつでも構わんぞ」
「だったら明日からお願いしちゃおうかしら…お婆が言ってたように、善は急げだもんね」
「それは良い心がけじゃ。ならば明日の今時分から始めるとするか。――ネコ娘もそれでよいか?」
「あ…う、うん」
「頑張ろうね、ネコちゃん」
「うん、ろくちゃん」
「ほほう。ネコ娘も花嫁修業か。ならば早う婿さんを見つけねばのう」
「や、やだ!何言ってるのよ、子泣き!」
からかう子泣き爺に、頬を赤らめて抗議するネコ娘を、鬼太郎はじっと見つめていた。


真っ赤な夕日が横丁を染めて、森の向こうへゆっくりと姿を隠す。
それは横丁に軒を連ねる店に客が入り始める合図となり、特に今日はどこのお店でもろくろ首の婚約の
話題でもちきりのはずだ。
ネコ娘は横丁の喧騒が届かない、小高い丘の上にひとり膝を抱えて座っていた。
眩しいばかりで温もりをなくした太陽を、目を細めて見つめながら、今日のことをぼんやりと考える。
結婚…かあ」
ネコ娘は昼間見た、ろくろ首の笑顔を思い浮かべる。
人間である鷲尾と、妖怪であるろくろ首。
異種族の二人が結婚を決意するまでには、きっとたくさん悩んだだろう。
そしてこれからも、乗り越えなくてはならないものが、やっぱりたくさんあるに違いない。
ちょっと想像しただけでも、二人が歩いて行く道は、かなり険しいだろうと思える。
それでも二人は、ともに生きることを選んだ。
「いいなあ…」
そこまで想える相手に、同じように想ってもらえる。
それがきっと、幸せということなんだろう。
ろくちゃんの花嫁姿、綺麗だろうなー…。
ネコ娘は夢見る瞳でうっとりとその姿を想像し……そして溜息をついた。
「花嫁修業、かあ…」
ろくろ首はそれこそ真剣にお婆から料理を習うだろう。そしてとびきり愛情のこもったゴハンを、鷲尾に作ってあげるのだ。
愛する彼女がそこまでして一生懸命拵えてくれた料理を、鷲尾は『美味しくない』とは言わないだろう、決して。
ネコ娘はもう一度、いいなあ、と呟いた。

――あたしには、まだまだ先の話だよね。

正直言って、食べさせてあげる相手もいないのに料理を習うというのは、ちょっぴり空しい。否、食べさせたい相手はいるけれど、その相手が食べてくれるかどうか――その肝心なところがわからないから、空しいのだ。
「食べてくれるかどうかなんて…」
ネコ娘はちょっとだけ思いを巡らせる。

『ねえ、鬼太郎。あたしの作った料理、食べてくれる?』
『……』
鬼太郎の返事は、想像できなかった。
それに何だか、これじゃまるでプロポーズしてるみたい。

「やだ!あたしったら何考えてるの!」
ネコ娘はたちまち上気した頬に手を当て、いやいやをするように首を振る。自分の想像が恥ずかしくて堪らず、それを振り払うようにやや大きな声を出した。
「だめ!やっぱり聞けないよぉ!」
その後も少しの間は顔を赤くしたまま、きゃあきゃあと華やいだ声を上げながら手を振ったりしていたが――やがてそれが落ち着くと、ネコ娘はさっきよりも大きな溜息をついた。
…なにやってんだろ、あたし。
やっぱり空しいかも――少し、いや、かなり。
今回は遠慮しようかな、という考えも頭をかすめる。だけど、他でもないろくちゃんが誘ってくれたのだから。
「…とにかく、がんばろっか」
ネコ娘は気合いを入れて立ち上がり、家に向かって歩き始めた。


そして次の日。
約束の時間より少し前に、ネコ娘は妖怪アパートに着いた。
見れば、アパートの前の縁台に鬼太郎が座っている。
鬼太郎はネコ娘を見つけると、やあネコ娘、といつものように声をかける。
「あれ、鬼太郎。どうしたの?」
「うん、君に言っておきたいことがあってね」
「あたしに?」
そこへ、ネコ娘の声を聞きつけたろくろ首が顔を出す。鬼太郎はネコ娘の目をじっと見てから、言った。
「――ネコ娘の作った料理は、僕が
食べるからね」
「えっ?」
思わず聞き返すネコ娘に構わず、鬼太郎は言いたいことだけ言うと、じゃあ後でまた来るから、と
下駄の音をカランコロンと鳴らし、その場から立ち去っていく。
ネコ娘とろくろ首はあっけにとられたように、無言のままその後ろ姿を見送った。
ややあって、口を開いたのはネコ娘だった。
「…ねえ、ろくちゃん」
「…なに…?」
「今の、どういう意味だと思う…?」
「どういう意味って…」
ろくろ首はちょっと考えてから言った。
「たぶん、そのままの意味なんじゃないかしら…」
「…うん…だよね…」
だって……あの鬼太郎だもの。
昨日の夕方、頭の中で思い描いた光景が甦る。
ネコ娘は目を閉じて、期待に膨らみかけた胸に空気をおもいっきり吸い込んだ。
でも、食べてくれるって言ってくれたんだから。
そしてふうーっと息を吐くと、笑顔でろくろ首を見上げた。
「頑張ろうね、ろくちゃん!」


横丁の奥、自身の家へと続く森の道を、鬼太郎はいつもよりのんびりと歩いて行く。
枝の隙間から零れる太陽の光が少し眩しくて、鬼太郎の眼は自然と細くなる。

僕の言葉の本当の意味に、君は気づいていないんだろうね。
だけど、それでいいと思う。

鬼太郎は立ち止まり、ふ、と唇に笑みを浮かべた。
ネコ娘という名前の、僕の花。
そう。今は焦る必要なんてどこにもない。
蕾の君も、僕は好きだから。
君はゆっくりと大人になればいいよ。
君が綺麗に花咲く日を、僕はここで待ってるから。

今頃はきっと、ろくろ首も顔負けなぐらいに張りきって、“花嫁修業”をしてるはず――。
その姿を想像して、鬼太郎はくすくすと笑った。

 

 

 ―了―

 

『今日の元気だね。』のしおさまに、

「花嫁修業を始めるネコ娘」でリクエストをお願いしたところ、

とっってもステキなssにしてくださいました!!

そんなさりげないプロポーズ、ネコちゃんは気づきませんよ~!!

でも気づかなくていいと思ってるところがまたステキ!!

しおさま、ステキなお話ホントにありがとうございました!!!

 

 

 

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