慕情

 

 

 

 

ずっと・・・いつのころからなんて、覚えてないけれど。
気がついたら好きになってた・・・・・・


今よりずっと幼い頃に出会って、一緒に成長して来た、大好きな幼なじみ。
だけどいつの間にか、彼が思ってくれている『好き』とは、
違う種類の『好き』があたしの中に芽生えてた。
もっと、柔らかな笑顔を向けて欲しくて。
いつか、同じ気持ちを返して欲しくて。
今日まで頑張って来たけれど・・・・・・

 


************************************

 


先日あった、『ヤトノカミ』との戦い。
そのとき、鬼太郎に救いを求めて来た人間の女の子。
綺麗で優しくて、凛とした強さも持っているのに、
守ってあげたくなるような儚さもあって・・・
『鬼太郎が惹かれるタイプ』そのままの女の子だった。


「鬼太郎?・・ねぇ、聞いてるの??」
「・・・・・・・」
呼びかけても返事をしないで、ずっと窓の外。 空を見上げている。
「・・・・華ちゃんの事でも、思い返してるのかしらぁ??」
「え?・・そうだね・・・・」
私が出した名前に反応を返して。
横顔しか見えないけれど。
その口元に優しい笑みを浮かべている。


ーーーーーわたしには見せてくれない表情(かお)ーーーーー


今までに彼が少しでもその心に留めた人の事を思い返す。
可愛らしい笑顔の、守ってあげたくなる雰囲気を持つ少女。
私も見惚れそうになるくらい綺麗な、大人の女の人。
どちらも、私とは正反対。
私に無いものを持っている人たちばかり・・・
胸の奥、心が・・すごく痛む。
無意識に、胸の辺りの服を握りしめる。
そうしないと、息さえできなくなりそうで・・・


「ん? どうした、ネコ娘。」
「え? あ、なんでもないよ、親父さん。お湯加減、これくらいでいい??」
「おお。ちょうど良い。 ありがとうよ。」
「どう致しまして。 じゃあ、あたしそろそろ帰ります。明日もバイトがあるから。」
「そうか。 気をつけて帰るんじゃぞ。」
「うん。 お邪魔しました。鬼太郎、またね。」
「・・・・・・・・」
私の様子に気がついた親父さんに今できる、精一杯の笑顔を返して。
また、返事を返してくれない鬼太郎の背中を、振り切るように視界から追い出して。
踵を返して外へ出てゆく。


暗い森の中の道。
歩き慣れたいつもの道なのに、足取りは重い。
あれからずっと、鬼太郎は彼女を想ってぼーっとしている。
わたしなんて、まったく眼中に無くて。
それどころか。存在自体を、忘れられているみたい。
これ以上、彼を想っても、無駄なのだろうと。
わかっているのに、この感情を忘れる事も、捨てる事もできない。
かといって、四十七士捜しー閻魔大王自ら託された、『鬼太郎の力になる』使命ーを、
果たしきれていない今、傍を離れる事すらも・・・
総てが雁字搦めになって、どうする事もできない。

 


************************************

 


どうしたら『この想い』を忘れられるのか、解らないまま。
あれから数日が過ぎた頃、ふと思い出したのは、北の国の女妖怪。
人を愛したが為に姉を亡くし、
人間を恨み、彼に倒された雪女。
彼女達の一族なら、この状況を一時的にでも抜け出せる方法を、知っていないだろうか?
藁にも縋るような気持ちで一人、密かに訪れた『雪女の城』。


「ほんとうにいいのか?」
「いいんです・・こんな気持ちのまま、勤まる使命じゃないから・・・・」
「・・・承知した。『葵』に申し付けよう。我らの中では、彼女が一番妖力が高い。
 かける術もより強いものになる・・・」
「ありがとうございます。こんな無茶なお願いを聞いてくださって・・・」
「我らは雪女。そなたの辛さは、我らにはようわかる。気にするな。」
「はい。」


「・・・・委細、わかったな。葵。」
「っ! そんな、雪女郎さま! この術はもともと・・・」
「そうだ。これは我ら『雪女』を守る為のもの。」
「どうしてその術をネコちゃんに!!」
「本人たっての、切実な願いじゃ。他によい方法がない。しかし・・・」


雪女郎様の力添えで、彼女達が自らを守る為に作られた『術』をかけてもらう。
胸に大きく空いた真っ暗な闇と、虚無に近しい喪失感を感じながらも、
どこかホッとする安堵感を憶えて涙が出るのは、
もう、この気持ちを抱えていなくてもいいからか・・・・・・・・・

 


************************************

 


最近、鬼太郎が変。
私が用事でゲゲゲハウスを訪れたり、
お裾分けを差し入れたりするのはいつもの事なのに、
時々、まるで私の内面を覗き込もうとするかのように、じっと見ている事がある。 
その度に『どうしたの?』って聞くのに、『いや。 何でも無いよ』って返される。
けれど、鬼太郎らしくない、歯切れの悪さ。
でも、鬼太郎だけじゃなくて、私も変かも?
鬼太郎の傍に居ると何故かすごく疲れる。
少し前から、ゲゲゲハウスから帰ると、すぐに眠たくなるくらい、
グッタリする事に気付いて、あんまり長居しなくなった。
でも。 原因はゲゲゲハウスじゃなく、『鬼太郎』みたい。
親父さんだけだと、ゲゲゲハウスに長居して、
世間話をしても後から来る疲労感は無いのに、
鬼太郎の傍に居ると、場所が何処でもすごく疲れる。
だから、用事のある時しかゲゲゲハウスに行かないし、
行ったとしても鬼太郎が居る時には、用事が終わればすぐに帰るよう、気をつけるようになった。
周りから見れば、『鬼太郎を避けるようになった』と言われても、仕方が無いくらいに・・・


そんな日々の中、葵ちゃんが久しぶりに横町へとやって来た。
“四十七士”探しの件で、雪女郎さまから情報を持って来てくれたらしい。
横町から少し離れた森の中で、雪女郎様からの伝言を聞く。
「『凍てつく心、永遠(とわ)の氷塊』」
「---葵、ちゃん。」
「思い出した? 記憶解除の合い言葉を今、言ったから。」
「うん。 でも、どうして? 術は上手くいったって、きいたのに・・・」
「ごめんね。 確かに上手くいったけれど、ネコちゃんは『私達』とは違うから・・
 時間が経つと徐々に効力が弱まってくるのよ。 最近『鬼太郎』に会うと、疲れたりしない?」
「うん。すごく疲れて、眠らないといけないくらい。
 だから、あまり会わないようにしてる。」
「ネコちゃんの『凍結させた想い』が融けてしまわないように、
 『鬼太郎』から守りが働くようしているから・・疲れるのはそのせいね。
 ネコちゃんの周りに、私の妖気が薄い結界を作るの。
 自分以外の妖気をその身から放出するから、体力が持たないのよ。」
「そうだったんだ。」
「あれから二ヶ月だけど、結構弱まっちゃてる。 今から補強を掛けておくわ。
 こんなに持たないなら、記憶は封じない方がいいわね。
 あまり疲れるようになったら、連絡して。
 術どころか、ネコちゃん自身にも影響が出るから。」
「ごめんね、面倒かけて・・お願いします。」
「気にしないの! さあ、目を閉じていてね。」
言われた通りに目を閉じると、葵ちゃんの妖気が高まって、私の胸のあたりへと、
ひんやりとした感覚が広がって行くのを感じながら、私は意識を失っていった。 


それから半年。今は月に一度の割合で術を掛けてもらっている。
明日は『動かずの森』で掛けてもらうことにしていた。
その方がより強く補強できるかららしい。
早く四十七士を捜し出そう。
いつまでも葵ちゃんや雪女郎様に迷惑は掛けられないのだから・・・


「よく来ましたね。ネコ娘。」
「私の方こそ、こんなに迷惑を掛けてしまってごめんなさい。」
「前にも言ったように、気にするな。早速、『動かずの森』へ案内しよう。」
「ありがとうございます。」
動かずの森で葵ちゃんが待っていてくれた。
今までと同じように、私の胸のあたりへと、
ひんやりとした感覚が広がって行くのを感じながら、私は意識を手放した。

 


************************************

 


ーーーーー夢を、見ていたーーーーー
鬼太郎が私の心を融かしてくれる、夢。
人間を助ける時と同じ、ううん。
それ以上に必死になって、私の『凍った想い』を融かして。
その『融かした想い』を受け入れてくれて、同じ『想い』を返してくれる。
そんな嬉しくて、でもすごく哀しい夢。
どうしてこんな夢を、今更になって見るのだろう・・・
『想いを凍らせて』からは、こんな夢すら見ることも無くなっていたのに。
夢の中でどんなに幸せを感じても、醒めた時の現実に、より深く心は傷つくのに・・・


目が覚めたとき、どこか見慣れた天井があって、戸惑った。
首だけを動かして周りを確かめれば、ゲゲゲハウスの中で。
気付いた途端、胸を刺す痛み。
この半年、感じることのなかった、心の痛みを感じて、更に戸惑う。
この家に居るはずの主が居ない、今のうちにここを抜け出さなければ。
そっと起き上がり、扉代わりの簾のかかった入り口を潜ろうと手を伸ばせば、
外から中へ簾がめくられ、『鬼太郎』が入って来た。


「ネコ娘。気がついたんだね。」
「き・たろう・・・」
「よかった。体はなんともないかい?」
「・・・・・・・・」
穏やかに聞かれても、返事が出来ない。
「ネコ娘? どこか痛むのかい?」
応えない私に、心配した鬼太郎が手を伸ばしてくる。
「っ!・・やッ!!」
触れられるのが怖くて、思わずその手を避けるように振り払って後ずさる。
無意識に泣いていたのか、気付けば頬に濡れた感覚。
ここに居たくなくて、でも入り口には鬼太郎が居るから、窓からでも良い。
出られないかと目を向けた途端、手首を掴まれた。
「嫌だ! 離して!!」
「だめだ!離せば君は逃げる気だろう?
 漸く捕まえたのに、離す気なんてないよ。」
「どうして!? どうしてまた、こんな・・・
 葵ちゃんに、雪女郎様に『想いを凍らせて』貰ったはずなのに、
 何故こんな痛みをまた感じるの!?」
「僕が君に掛けられた術を解いたからだよ。
 雪女郎様に教えてもらった方法でね。」
「・・・え? 術を、解いた??」
「そうだよ。少し、落ち着いたかい?」
「何の為に、そんなこと・・・・」
パニックを起こしかけていた頭の中が、
鬼太郎が言った言葉に真っ白になる。
その隙にもう片方の手首を掴まれ、向き合うように捕らえられていた。
「さっき言っただろう? 『漸く』捕まえたって。
 術を掛けられる前の『君のまま』で、僕の傍に居て欲しかったから。」
「そんな・・・鬼太郎にとって、あたしに術が掛けられる前だろうと後だろうと関係ないでしょう?
 なのにどうして、解いてしまうの!?」
「術を解かないと、僕にとっても都合が悪かったからね。」
「鬼太郎の都合なんて、私に関係ない!!」
「あるさ。あのままなら、君は僕にだけ『恋』しないんだ。
 いつか僕以外の『誰か』に『恋』してしまう。
 そんなの、許せる訳ないだろう?」
「良いじゃない! あたしが誰に『恋』しても、『鬼太郎の仲間』で在ることに変わりなければ!!!
 どうして鬼太郎の許可がいるのよ!? 幼なじみだからって、そんなこと関係ないじゃない!!!」
「ネコ娘・・・君が好きだよ? 誰にも渡したくないくらいに。」
鬼太郎の台詞に、高ぶっていた感情がすうっと収まって行く。
「・・な・・に・・・? 今、何・・て・・・・??」
「君が好きだよ。」
「・・・・・嘘・よ。 そんな・の・・・・・」
「嘘なんて、言ってない。」
「だって『鬼太郎』は、あたしを『好き』になんてならない・・
 いつだって、別の女(ひと)を『好き』になるの!!
 あたしとは・・正反対の女(ひと)ばかり・・・・・」
「ネコ娘・・・」
「だから・・・こんなの、嘘・・よ・・・・・」
向き合ったままで、手首を掴まれたままじゃ、
顔を隠すことができないから、俯いて泣き顔を隠す。
鬼太郎にこんな嘘をつかせた自分が、ひどく情けなくて。
こんな嘘でも吐いてくれる、鬼太郎の優しさが・・痛くて。
止まらない涙を拭うことが出来なくて、ポタポタと床に落ちる涙の音だけが、虚しくこの胸に響いてくる。
「ごめん。」
鬼太郎の謝罪の言葉に、掴まれた手首を強引に取り戻そうとした瞬間、
素早く背中に廻された腕で、引き寄せられた。
「きた・ろ・・・・」
「ごめんよ、ネコ娘。」
「も、いい・よ。 
 そんな、優しい嘘・・吐かなく・ていい・・から・・・・」
鬼太郎が優しさからついた嘘。
だけど、今はその優しさが、より深くあたしを傷つける。
もうこれ以上は耐えきれないから、謝る鬼太郎を止めようとした。
「違うよ。君が好きなことは嘘なんかじゃない!!
 僕が謝ってるのは、君がそこまで傷ついている事に、
 僕自身が気付けなかった事だよ。
 君がそんなに僕の事を『想って』くれていたのに、
 僕は君の『想いの深さ』に気付きもしないで・・・
 君自身を『失う』事態になって、漸く解ったんだ。」
「あたしを『失う』って?? あたしが『想いを凍らせたまま』でも、
 『鬼太郎の仲間』に変わりないんだから、『ここに在(い)る』でしょう?」
「存在自体を『失う』んじゃなくて。
 『僕の傍に在(あ)る』事を『永遠に失い』そうだったんだよ。」
「・・・どうゆう事、なの??」
鬼太郎の言っている意味がよく解らない。
何を“失い”そうになったというのだろう?
「君がもし、『僕以外の誰か』に『恋』して、『想い合う』事になったらなら、
 君にこうやって触れる事も、寄り添うように傍にいる事が出来るのも、
 僕じゃなくて、その『誰か』だ。 だけど、そんな事、絶対に嫌だ・・・」
「鬼太郎・・・・」
「君の笑顔を、君の優しさを、君の纏う柔らかな空気でさえも。
 君の傍で、君の隣で、一番に感じるのは、感じられるのは、僕でいたい。」
背中を抱き締めていた腕が解かれ、鬼太郎の両手が、あたしの頬を包み込んで。
そっと、心の中まで覗き込むように、視線を合わされる。

P8241123.JPG

「君をこの手に捕まえて、離したくないんだ。」
「・・・・・・・」
「君がちゃんと信じられるまで、何度だって繰り返して言うよ。
 君が好きだよ、ネコ娘。
 誰にも渡したくない、僕以外の誰かに渡すつもりも無い。
 いっそ、君を閉じ込めてしまいたいくらいに。
 ・・・・君が、君だけが、好きなんだ・・・・・」
繰り返し囁いてくれる【好きだ】と言う言霊で、
頑なに『信じられない』と思っているあたしの心が、次第に解きほぐされてゆく。


ーーー何度も、何度も諦めようと、忘れようとした恋だったーーー


だけど、諦めきれなくて。忘れられなくて。
自分じゃどうしようもなくて、雪女郎様や葵ちゃんに、迷惑をかけてまで。
漸く、仮初めだとしても、諦められた、忘れられたと思ったこの【恋】を・・・
「どうして、『鬼太郎』なんだろう・・・」
「ネコ娘?」
「どんな時も、どんな事も。
 ・・最後の最後で、救ってくれるのは、鬼太郎なんだね。」
「・・・・・・・・」
「でも、まさか、『恋心』まで救ってくれる何て、思いもしなかった。
 あたしは、鬼太郎にとって、『邪魔にしかならない』って思ってたのに・・」
「ネコ娘・・・」
「ホントに、いいの?」
「ん?」
「ずっと・・言いたかった・・伝えたかった・事・・・
 今、言っても・・ちゃんと・・・・」
「言ってよ、ネコ娘。ちゃんと受け止めるから。
 聞きたいんだ。君の声で。」
頬を包み込む鬼太郎の両手に、あたしも手を添えて。
見た事も無い優しい笑顔の鬼太郎を、この瞳に焼き付けておきたいのに、
涙で霞んでぼやけていくけれど。
今出来る、精一杯の笑顔を浮かべて。
目を閉じて、想いの全てを、この声に乗せて。
鬼太郎に届くように、心を伝える言霊を。
「・・・好・き・・・きた・ろう・・が、大・好き・・・・」
「もっと、聞きたい。君の声で僕を、僕だけを呼んで。」
「・・・好き・・・好き・なの・・・鬼太郎が・・鬼太郎だけが・・・大好き・なの・・・」
紡いだ唇が閉じる前に、少しひんやりとした唇が触れて。
啄むように2度、3度繰り返された後、目を開ければ。
いつの間にか、背中と腰に回っていた腕で、もっと近く。
隙間も無いくらいに抱き締められて、深い口付が落とされる。


酔いしれるような口付けと、幸福感の中。
あたしは今までに無いくらい近く、鬼太郎だけを感じていた。

 

fin

 

 

馨迦さんからいただいたssです。

もうホントに切なくて胸がキュンキュンします!!(≧▽≦)

邪魔な挿絵までつけさせていただいて^^;

馨迦さん、どうもありがとうございました!!

 

 

 

TOPへ   宝物部屋へ