「????」
「なんじゃ、鬼太郎? 変な顔をしおってからに。
ネコ娘の差し入れが気に入らんかったのか?」
「・・いえ。」
最近、ネコ娘の態度が少し変わった。
ヤトノカミとの戦いが終わってから少ししてからだけれど。
最初はほんの少しの違和感。
何かわからないけれど、ネコ娘の気に障る事でもしたか、言ったのだろうと思って。
日常の些細な事と、忘却した。
だけど、遊びに行こうと誘いにくる事も無く、
ゲゲゲハウスに来ても、用件が終わればすぐに帰って行くようになって。
気がついたら、僕を避けるかのように、側にいる時間が少なくなって。
いろんなとりとめも無い、横町であった出来事や、
人間界の噂話と流行をほんとうに楽しそうに、僕や父さんに話して聞かせてくることも。
僕を見つけ、笑顔で駆け寄ってくる事も無くて。
気のせいだなんて、誤摩化しすらできなくなる程。
ーーー感じた事など無かった、彼女との距離が出来ていたーーー
気になることはもう一つ。
ネコ娘の妖気に、誰か別の妖気が混じっていること。
どこかで感じたことの在るはずなのに、思い出せないことが歯痒い。
****************************
「久しぶり、おじゃまするね。鬼太郎。」
「やぁ、雪女。どうしたの?」
「前に頼まれていた、珍しい薬草をみつけたから、届けに来たのよ。」
「どれ?」
その手元を覗き込むと、融けかけた氷の中に、薬草の束があった。
「いけない。こっちは結構暑いんだね。融けかかっちゃってる」
葵が妖気を集中させて、薬草を氷付けにしてゆく。
その妖気に気付いて、鬼太郎は愕然とする。
ネコ娘を守るかのごとく、幽かに流れ出るあの妖気。
「これでよし!と。どれか、開いている容器は無いかな?
それに術をかけて、冷やして保管できるようにしたいんだけど。」
「なら、そこにちょうど良い壷があるはずじゃ。それに入れといてくれんかの。」
「この壷? そうね。これくらいがちょうどいいわ。ありがとう、目玉の親父さん。」
「こっちこそ、わざわざ届けに来てもらってすまんの。後で横町にも顔を出してゆっくりしてくれ。」
「ええ。別の用事も有るから、そうさせてもらうわ。」
「鬼太郎。ワシは先に子泣きの所に行っておるからの。」
「あ、はい。父さん。」
目玉の親父が出掛け、薬草を入れた壷を片付けてから、鬼太郎は葵に向き合う。
鬼太郎の表情は無くなっていて、その妖気が重くなっている。
「雪女、ネコ娘に何をした?」
「あら。あたしの妖気だって、気付いた?」
葵は、フッとため息まじりに肩をすくめる。
「気付いたのは今だけれどね。」
「そう。だけど貴方が頼んでも、元に戻す気はないわ。」
「どういう事だい? 一体、彼女に何をしたんだ?」
重苦しい口調で問い詰める鬼太郎だが、見返す葵の瞳は、凍るような眼差しで。
「それを知って、どうするというの?」
「元のネコ娘に戻すんだ。今の彼女は不自然だろう。」
「何故? 鬼太郎には関係ない事だわ。」
「関係ないって、そんな訳ないだろう?ネコ娘は僕の幼なじみで、大切な仲間だ。
別の妖気をその身に取り込んで、それを放つという事は、その体に負担がかかる!
それなのに、知らないフリなんて、出来る訳が無い!!」
「だから?・・・本人が望んでしている事よ?
“ただの幼なじみで仲間”なだけの、鬼太郎が口出しする権利はないわ。」
葵の突き放す口調に、体の中から言いようの無い熱が込み上げ、
その勢いに押されるまま、鬼太郎は強く言い返す。
「だったら! 口出しできる権利を持てばいいんだろう!! 元のネコ娘に戻せ!!!」
「無理ね。」
「な!? 君が仕掛けた事だろう!!」
「・・・そっちじゃないわ。
鬼太郎には、ネコちゃんの事で口出しできる権利なんて、作れないって事のほうよ。」
「そんな事っ・・」
「やってもないのに言い切れないと?だけど、そう思ったのは他でもない、あの娘(こ)自身よ。」
「な・・んだって?・・・・ネコ娘が?・・・・・」
葵の言葉に、体中を巡っていた熱が、スウッと冷めて行く。
「貴方にとって、あの娘はただの幼なじみで仲間よね?
別に今のままでも、鬼太郎が困る訳じゃないでしょう?」
「っ!! けれど、今までは・・・」
「そうね。あの娘にとって、貴方だけは『特別』だった。
“今まで”っていうんだから、前から気付いていたのね?
知らないフリをし続けていた癖に、無くなった途端に惜しくなった??」
「違う! そうじゃない!!!」
「じゃあ、なに?
あの娘なら貴方がどんな態度をとっても、傷つかないとでも?
ずっと一緒にいたから、これから先も自分の側にいてくれるとでも?」
「そうじゃない。そんな・・・」
「鬼太郎。人間だろうと、妖怪だろうと、想う相手に『冷たく』されて、『傷つかない女』なんていない。
他から見れば『淡い初恋』『幼い恋心』だとしても、
あの娘にとって正真正銘、『命を懸けても良い程の恋』だったとしたら?」
「・・え?・・・・・・」
「私達雪女は、人の男に恋する者が多い。
『命懸けの恋』を失えば、体にだって影響する。妖怪の身であっても、衰弱死する程までに。
だから私達は、妖力を使ってそれらを回避する術を作り出した。
『想いを永久に』凍らせる・・・でないと、悠久ともいえる命を生きては行けないから。」
「じゃあ、ネコ娘はこの先ずっと?」
「『恋』をしない訳じゃない。『鬼太郎』がその対象にならないだけ。」
「僕・だけ?・・・それを・・ネコ娘が、望んだから・・・・」
頭の中は真っ白で、視界がやけに暗い。
ザワザワと、イヤな感覚が背中を這い上がってくる。
「本当なら、こんな『術』に頼らなくても良かったのに。
私達を頼って来た時点で、あの娘の心はもう、限界だった・・・・・・・
二度と会わない覚悟で、忘れられるまで『鬼太郎』や『鬼太郎に関わる事』全てから離れていれば良い。
猫属ならば、どこかの『猫町』に隠れてしまえば、横町仲間の誰もあの娘を追い掛けれやしない。
その選択をしなかったのは、『鬼太郎の為の使命が有る』から。
ずっと一緒にいた貴方ならわかるでしょう?
あの娘がどんなに純粋に物事を受け止める娘なのか。
周りの者に心配を掛けまいと、頑張り続ける娘なのか。」
「僕の為? 一体・・・・」
「閻魔大王より直に言い渡された、『妖怪四十七士の探索』。
真面目な娘だもの。その使命を途中で投げ出す訳がない。
自身が勝手に抱いた『想い』と秤にかけるまでもなく、
どちらかを捨てるとするなら・・・・・」
「そんな事、僕は望んじゃいないよ・・・・・・・」
「貴方がそう思うだろう事まで汲んだ上での、あの娘の結果がこの答えよ。
あの娘の総てを受け入れるだけの、覚悟も勇気も持ってないなら、
このまま忘れてしまうほうが、お互いの為にもいいんじゃないかしら??」
「っっ!!ーーーだったら、僕がその覚悟と勇気を持っているなら。
『ネコ娘』に今までのように、それ以上に、僕の傍にいて欲しいとしたら。
彼女に掛けられている術を解く方法があるのかい??」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「雪女!!!」
「一つだけ・・・ただ一度だけ、方法があるわ。」
「それは!?」
「但し、失敗すればあの娘を永遠に失う。それでも、かまわないのね?」
「ネコ娘・・を・失う?・・・」
「存在自体が消滅してしまう訳じゃない・・・
今は『鬼太郎に対する恋心』だけを凍り付かせている状態だから、
幼なじみとしての記憶や感情、仲間意識は残っている。
ーーーだけど失敗したなら。
『鬼太郎に関する全ての記憶』までも凍りつく。
人間的に言うなら『記憶喪失』になるうえ、貴方との新しい記憶すらも、次々に凍結される。
それはつまり『忘却』してしまうのと同じこと。
ーーーあの娘の中で『鬼太郎』が存在した事も、する事もないーーー」
****************************
その後の事を、僕はよく覚えていない。
あまりに現実離れした出来事に思えて。
ーーーーーーーー『ネコ娘』を失うーーーーーーーー
幼い頃からずっと。
どんな時だって一番近くで、一緒に怒って、泣いて、笑って。
事実其処に、目の前に居る。
その温もり、柔らかな眼差し。
手を伸ばせば、確かに触れられる。
今のままならば、少なくとも、
僕はネコ娘のなかで、『幼なじみの仲間』でいられる。
今日、これからの思い出を積み重ね、笑い合って過ごして行ける。
彼女から寄せられていた感情に、気付いてない訳じゃない・・・
彼女に対して、沸き上がる僕の感情にも・・・
受け入れれば、受け止めれば、それは今まで以上に、
彼女自身を危険にさらす事になりかねない。
けれど、この先もしも、ネコ娘が『想う』相手が現れたら??
僕に向けてくれていた、少し恥じらうようなあの仕草を。
花が綻ぶように、柔らかに浮かぶ、あの笑顔を。
どこの誰とも知らない男(ヤツ)に向けて・・・・
ソイツの隣に居る事を望んで、望まれたなら・・・・
ーーーー結局、僕はネコ娘を失ってしまうんじゃないだろうかーーーー
想像した途端、奈落の底へ堕ちて行くような感覚が襲う。
今だって、僕の心に押し寄せる虚しさを、振り払うすべも見つからない。
だけど今なら、可能性は残っている・・・
僕の傍に、僕の隣に、居てくれる事を望むなら。
君の傍に、君の隣に、居る事を望むなら。
君の笑顔、君の優しさ、君の纏う柔らかな空気。
僕が僕で在る為に、必要不可欠な存在(モノ)。
この手に捕まえて、離したくない。
このまま諦めて、彼女を永遠に失いたくない。
ーーーーー君を、もう一度『僕の傍』に取り戻したいーーーーー
****************************
雪女がゲゲゲハウスを訪れてから、一ヶ月が経とうとしていた。
ネコ娘を取り戻す事に『迷い』も『躊躇い』も無かった。
ただ、一度のチャンスしかない。
ネコ娘を失う事なんてできないからこそ。
彼女が当たり前のように、僕に与えてくれていた『想い』を、
僕自身に焼き付ける時間が欲しかった。
「雪女郎様。鬼太郎が訪ねてこられました。」
「ようこそ。ここを訪れた理由は『あの娘(むすめ)』の件でしょう?」
「はい。掛けられた術を解く方法を教えてください。」
「元に戻すには、『貴方の心』で『あの娘の想い』を融かすこと。
けれど、『心』は目には見えぬ。」
「では、どうすれば・・・」
「『動かずの森』へ。そこにあの娘もいる。
葵がその為の準備をして待っている。」
「・・・有り難うございます。」
「礼など言わなくてもいい。我らとて、幸せな顔が見たいだけ。
叶う望みの在る『恋』ならば、凍らせたままにしておきたくはない。」
「はい。」
「覚悟は、出来た?」
葵の言葉に、ただ頷いた。広場と言えなくもない、少し開けたその場所に一塊の氷の山があった。
「これは??」
「あの娘(こ)の心を具現化したもの。この中心に、ネコちゃんがいるわ。
ネコちゃん自身は凍える事も、冷たさも感じない。」
「ネコ娘の・心・・・」
「魂だけで、この中を通ってあの娘に辿り着き、
この氷が消えたなら、私が掛けた術は消える。」
「魂だけで? だから、『心で融かせ』か・・」
「・・・この氷はあの娘の『心』。
あの娘が今まで押し殺そうとして、抱え込み、沈めた『全ての想い』を、貴方は見て、感じる事になる。
その想いに耐えて、受け止める事が出来なければ、この中から弾きだされ、『永遠に拒絶』されることになる。
結果、二度とあの娘に『貴方の全て』は届かず、『凍り付いた心』は『次々に凍り続ける記憶』と成り果てる・・・・」
葵の説明を聞きながら、目を閉じて思い浮かべるのは、今まで自分が見て来たネコ娘の仕草、表情。
再び開いた隻眼に宿すは、どれ一つ失う気など無い覚悟。
無言のまま、目の前の“氷”ーネコ娘の心ーに触れた瞬間、肉の重みから放たれ、中に入っていた。
次々に浮かび、通り過ぎるのは、今までの彼女の記憶ー
目の前には苦しげに胸を押さえる別の彼女が何かをみつめていた。
ネコ娘の視線をたどれば、古椿の時に消えてしまった蕾と言う娘を支えたままの格好で俯いたままの僕の姿。
僕は自分の無力さを後悔していたに過ぎないけれど、刻々と過去へ戻る彼女の目に映る情景。
ネコ娘と出掛ける時は渋々ついて行っていたのに、僕から進んで誘いをかける姿。
照れたように頭をかいて、それでも手をつないで歩く二人の姿を見つめるたびに、
ネコ娘はどんどん俯いて、胸の前で組んだ手が細かく震えだす。
それなのに後悔している僕を気遣うように傍で見ていてくれた。
ヨーロッパの古城でアリアさんに見惚れている僕。
モンローに微笑まれて惚けていた僕。
事件の依頼人である、人間の女の子に笑いかけられて、照れたような態度の僕。
どうして、気付いてやらなかったんだろう・・・
ずっと、ずっと僕を思ってくれていた君の目の前で、こんなに君の心を傷つけていた事に・・・
西洋妖怪と戦うにあたって、自分の事で精一杯で、君を冷たく突き放したのに・・・
そんな僕に・・僕たちの為に、『ココン』に頼み込んで霊界符を作ってくれた。
その時の埋め合わせとお礼を兼ねて、ミウちゃんとカイくんがこちらに遊びに来ると知って、ネコ娘に戦い以外の場所で、君を頼りにしている事を解って欲しくて、東京見物の案内を君に頼んだのに。
ミウちゃんの一族に関して、父さんが説明した言葉の中の一言もあったせいだろうけど、僕と笑い合うミウちゃんを見て、諦めた方がいいと自分に言い聞かせながら、涙していたんだね。
“幽霊族”の血を、より濃く次世代へ受け継がせるには、自分はふさわしくないなんてコトまで思っていたなんて・・・
華ちゃんの事を思って惚けている僕。
呼びかけにすら応えない僕を見て、君の目に諦めの色が浮かぶ。
それは絶望の暗さを帯びていて。
ーーー“僕が知らない彼女”がそこにいたーーー
いつも明るく、悩みなどそうそう感じさせない彼女。
なのに、入り込んだ【記憶の中】では、誰の目にもつかない場所で、
幽かに震える体を自分の片腕で抱き締め、声が漏れないよう、
もう片方の手の平を口に押し付けて、一人で泣いているネコ娘だった。
幼い頃は誰はばからず、それこそ喧嘩した僕の目の前で、自分はこんなに傷ついたんだと、大きな声で泣いていたのに。
僕の言動が原因で、泣きそうになる君を見て固まってしまう僕より先に、感情を上手くすり替えるコトを覚えた君は、いつから僕の前で泣かなくなった?・・・
そんな君に甘えていたんだと、こんな形で今さらに思い知る事になるなんて・・・
静かに涙だけを流すその姿は、目を逸らせば消えてしまいそうに“儚い女性”の姿で。
思わず駆け寄り、力加減すら忘れて引き寄せた。
体温の低いー今は幽体の状態だがー僕よりも、暖かいはずの体は、氷のような冷たさで。
僕の熱で出来る限り暖めようと、より深く胸に押し付けるよう抱き締める。
僕に見せた怒ったり拗ねたりしていた姿の裏で、君はどれほどの傷を抱え、涙を流したんだろう・・・
降り積もる痛みと虚しさに、僕を『忘れたい』と願うまで、追いつめてしまっていたのか・・・
どうやったら君に僕の心が伝わるのか、解らないまま。
ただただ、力一杯抱き締めていた。
「・・・ここは・・・」
「気付いたようですね。」
「雪女郎様・・っ!ネコ娘は!?」
「隣に寝ていますよ。術の解除は成功しました。」
「じゃあ・・・」
「ここを訪ねてくる前のネコちゃんよ。『鬼太郎に“恋”』してる、ね。
雪女郎様に感謝しなさい。本当ならこの術、解除方法なんてなかったんだから。」
「解除方法がないって・・」
「『本来の術』の場合です。今回は私達ではなく、『ネコ娘』に掛ける為、未完成だったほうの術を掛けるように指示したまで。」
「だから、『鬼太郎が側にいる』なら、なにもしなくても『術は解ける』んだけどね。
せっかくだから『ちょっと意地悪』してみちゃった。いつもネコちゃんだけからかってばかりじゃ不公平じゃない?」
「『ちょっと意地悪』って程度じゃないじゃないか。それに『不公平』って・・・」
葵の台詞に脱力していまいそうになる。
「もともと、貴方が此所を訪ねて来たときには解除するつもりだったのだが・・・
あの娘(むすめ)の想いを知る良い機会にもなるだろうと、葵に言われてな。」
雪女郎様の言う通り、こんな事がなければネコ娘の想いを本当に『知る』なんて、出来なかっただろう。
「・・・そう、ですね。経過はともかく、結果的には良かったと感謝してます。ありがとうございました。
ネコ娘は連れ帰っても大丈夫でしょうか?」
「鬼太郎が心に触れた影響で少し深く眠っているだけよ。大丈夫。」
「雪女、ありがとう。」
****************************
眠ったままのネコ娘を抱いて、灯籠から横町へ入ると、そのままゲゲゲハウスに向かう。
まだ本当にネコ娘を『捕まえて』はいないから。
木の葉布団に眠り続けているネコ娘を降ろして、父さんに『心配ない』事を告げる。
子泣きと大天狗様主催の『将棋大会』へ泊まりがけで出かける父さんを横町へ送って戻ると、
めくった簾の向こうにネコ娘が手を伸ばしかけたままの格好で立ちすくんでいた。
話しかけても、反応の鈍い彼女に不安になる。
雪女郎様たちは大丈夫だと言っていたが、どこか痛むのだろううか?
「ネコ娘? どこか痛むのかい?」
「っ!・・やッ!!」
心配してネコ娘の方へ差し伸べた手を振り払われたどころか、怯えたように涙を流しながら後ずさる。
逃げ場を求め、視線を逸らしたその隙に、細い手首を掴むものの、僕から逃げようともがく。
だけど、漸く捕まえた君を離すつもりなどなくて。
「僕が君に掛けられた術を解いたからだよ。
雪女郎様に教えてもらった方法でね。」
「・・・え? 術を、解いた??」
雪女郎様に教えてもらって術を解いた事を伝えれば、もがく事すら忘れた隙に、向き合うようにもう片方の手首も掴んだ。
「そうだよ。少し、落ち着いたかい?」
「何の為に、そんなこと・・・・」
「術を掛けられる前の『君のまま』で、僕の傍に居て欲しかったから。」
呆然としている君に、僕の気持ちを正直に伝えたけれど。
「そんな・・・鬼太郎にとって、あたしに術が掛けられる前だろうと後だろうと関係ないでしょう?
なのにどうして、解いてしまうの!?」
「術を解かないと、僕にとっても都合が悪かったからね。」
「鬼太郎の都合なんて、私に関係ない!!」
今まで、知らず彼女を傷つけ続けた為に、僕に対して頑なになってしまっている。
「あるさ。あのままなら、君は僕にだけ『恋』しないんだ。
いつか僕以外の『誰か』に『恋』してしまう。
そんなの、許せる訳ないだろう?」
「良いじゃない! あたしが誰に『恋』しても、『鬼太郎の仲間』で在ることに変わりなければ!!!
どうして鬼太郎の許可がいるのよ!? 幼なじみだからって、そんなこと関係ないじゃない!!!」
只の仲間なんかじゃない。幼なじみでもないから、『関係ない』なんて言わせたくなくて。
「ネコ娘・・・君が好きだよ? 誰にも渡したくないくらいに。」
「・・な・・に・・・? 今、何・・て・・・・??」
「君が好きだよ。」
「・・・・・嘘・よ。 そんな・の・・・・・」
「嘘なんて、言ってない。」
気付かない振りをして、隠して来た気持ちを伝えたけれど、君には信じてもらえなくて。
今まで冷たい態度をしてきたから、仕方ないんだけれど。
「だって『鬼太郎』は、あたしを『好き』になんてならない・・
いつだって、別の女(ひと)を『好き』になるの!!
あたしとは・・正反対の女(ひと)ばかり・・・・・」
「ネコ娘・・・」
「だから・・・こんなの、嘘・・よ・・・・・」
自分で自分を追いつめるように呟いて。
向き合ったまま幽かに震えて、声も無く泣き顔を隠すネコ娘の姿は、
入り込んだ心の中で見た“僕の知らない、儚い女性”の君で。
「ごめん。」
謝罪の言葉を言うと同時に、素早く背中に廻した腕で、ネコ娘の身体を胸の中に引き寄せた。
「きた・ろ・・・・」
「ごめんよ、ネコ娘。」
「も、いい・よ。
そんな、優しい嘘・・吐かなく・ていい・・から・・・・」
さっき伝えた気持ちすら、『嘘』だと泣き声混じりに否定して、
僕を拒むように身を固くする、腕の中の君を強く抱き締める。
「違うよ。君が好きなことは嘘なんかじゃない!!
僕が謝ってるのは、君がそこまで傷ついている事に、
僕自身が気付けなかった事だよ。
君がそんなに僕の事を『想って』くれていたのに、
僕は君の『想いの深さ』に気付きもしないで・・・
君自身を『失う』事態になって、漸く解ったんだ。」
「あたしを『失う』って?? あたしが『想いを凍らせたまま』でも、
『鬼太郎の仲間』に変わりないんだから、『ここに在(い)る』でしょう?」
「存在自体を『失う』んじゃなくて。
『僕の傍に在(あ)る』事を『永遠に失い』そうだったんだよ。」
「・・・どうゆう事、なの??」
僕の言っている事が解らないのか、少し僕を押し返して顔を見返してくる。
どんな“言葉”なら、僕の『想い』を君に伝えられる??
「君がもし、『僕以外の誰か』に『恋』して、『想い合う』事になったらなら、
君にこうやって触れる事も、寄り添うように傍にいる事が出来るのも、
僕じゃなくて、その『誰か』だ。 だけど、そんな事、絶対に嫌だ・・・」
想像しただけで、僕の中から暗い感情が沸き上がる。
嫉妬・・独占欲・・そんな気持ちが、知らず声に滲んで。
「鬼太郎・・・・」
そんな僕に気付いてか、戸惑う君。
「君の笑顔を、君の優しさを、君の纏う柔らかな空気でさえも。
君の傍で、君の隣で、一番に感じるのは、感じられるのは、僕でいたい。」
背中を抱き締めていた腕を解いて、君のもっと深くに気持ちが届くよう、両手でネコ娘の頬を包み込み見つめる。
「君をこの手に捕まえて、離したくないんだ。」
「・・・・・・・」
「君がちゃんと信じられるまで、何度だって繰り返して言うよ。
君が好きだよ、ネコ娘。
誰にも渡したくない、僕以外の誰かに渡すつもりも無い。
いっそ、君を閉じ込めてしまいたいくらいに。
・・・・君が、君だけが、好きなんだ・・・・・」
目の前にいるネコ娘にだけでなく、僕が傷つけて来た過去の君にも伝わるように、
ただただ、『好きだ』と言霊を繰り返す。
「どうして、『鬼太郎』なんだろう・・・」
「ネコ娘?」
ぽつりと落とされた呟きに、僕の気持ちは届かないのかと、不安になる。
「どんな時も、どんな事も。
・・最後の最後で、救ってくれるのは、鬼太郎なんだね。」
君は、僕が『救ってくれる』と言うけれど、それ以上に僕が傷つけた君の『恋心』を、どうやって癒してやればいい??
「ホントに、いいの?」
「ん?」
「ずっと・・言いたかった・・伝えたかった・事・・・
今、言っても・・ちゃんと・・・・」
「言ってよ、ネコ娘。ちゃんと受け止めるから。
聞きたいんだ。君の声で。」
ネコ娘の遠慮がちな、でも少しだけ甘さを含んだ問いかけに、僕も甘く柔らかな声で応える。
確かめるように、上から重ねられた、白く細い、柔らかな手。
その精一杯の笑顔が嬉しくて、閉じた瞳から溢れた涙すら勿体無くて。
「・・・好・き・・・きた・ろう・・が、大・好き・・・・」
ネコ娘の心が、想いが詰まった言霊を、もっと伝えて欲しくて。
「もっと、聞きたい。君の声で僕を、僕だけを呼んで。」
「・・・好き・・・好き・なの・・・鬼太郎が・・鬼太郎だけが・・・大好き・なの・・・」
甘く紡いだ唇が閉じる直前に、自分の唇で塞ぐ。
啄むように2度、3度繰り返す間に、僕を受け入れた証拠のように、力を抜いたその背中と腰に腕を廻して。
隙間も無いくらいに抱き寄せて、深い口付を君に。
腕の中、口付けの合間に、時折漏れる甘い息づかい。
ネコ娘の“全て”を『手に入れる算段』を頭の隅で考えてる、独占欲が強い自分に苦笑するけれど。
今、こうして『僕の傍』にいる君との触れ合いに溺れて行った。
fin
馨迦さんにいただいたss、「慕情」の鬼太郎verです。
挿絵までつけさせていただきました。
切なくていいですね!!
馨迦さん、ありがとうございました!!