「えぇ~~~!?あたしがCDデビュー!?!?」
ある日のこと。
都内某所の雑誌出版社で、ねこ娘は大きな目を更に大きく見開いてそう叫んだ。
「ど、どういうことですか!?」
「実はさ、この間撮らせてもらったゴスロリの写真がある人の目に止まってね。」
そう説明するのは、以前『しょうけら』という妖怪との闘いのときに協力してくれた、
ゲーム雑誌のライターだ。
「で、そのある人っていうのが僕の学生時代の先輩で、
音楽プロデューサーやってる人なんだ。」
二人は学生時代からゲームが好きで、後輩ということもあり彼の書く雑誌は毎月
読んでいて、そこでたまたまねこ娘がお礼に、と撮らせた写真を目にしたらしい。
「それで、ネコさんの写真を一目見て気にいったんだって。」
「は、はぁ・・・。」
捲くし立てるように喋る男を前に、ねこ娘は終始ぽかんとしていた。
「僕も先輩には随分世話になっててね、なんとか協力してあげたいんだよ。」
「そ、そうなんですか・・・。」
ねこ娘はどう答えていいものやら、返答に困っていた。
「ここは一つ、僕を助けると思って、引き受けてくれないかなぁ?」
「そ、そう言われても・・・。」
「バイトだと思ってさ!CD1枚出すだけでいいんだ!頼む!!」
男は両手を合わせて拝むように頼み込む。
「でっ、でも、あたし歌の経験なんてないんですよ~!?」
「大丈夫!!求めてるのはアーティストじゃなくてアイドルだから!」
「そ、そう言われても・・・。」
ねこ娘はう~ん、と考えこんでいる。
「何も今すぐ返事しなくてもいいからさ!考えてみてくれないかな?」
「まぁ、考えるだけなら・・・。」
「本当!?いい返事待ってるよ!あ、そうだ、これは今日わざわざ来てもらった
お礼だよ!」
そう言って何かのチケットを手渡される。
「これは?」
「このあいだ新しくできたアミューズメントパークの1日フリーパスさ!
ペアだから、彼氏とでも行ってくるといい。」
「で、でもまだ引き受けるかどうかは・・・。」
「それは話を聞いてくれたお礼だって!第一僕ももらったモンだしね。
だから気にしないで使ってよ!」
「・・・それじゃ、遠慮なく!ありがとうございます!」
出版社を出て、ゲゲゲの森へ帰ろうと歩いていると、
本屋の前で見慣れた姿を見つけた。
「鬼太郎?」
「やぁ、ねこ娘。今帰りかい?」
「うん!鬼太郎は夕飯の買い物?」
そうだ、と答える鬼太郎の手には一冊の本があった。
「何読んでるの?」
と、覗きこんでみると・・・。
「あれ?これって、こないだ出来たばっかりのアミューズメントパーク・・・?
鬼太郎がこういうところに興味があるなんて、ちょっと意外・・・。」
鬼太郎は基本的に、物事に興味が薄い。
まして遊園地などまったく見向きもしない。
実際、どんな怖いジェットコースターより、一反もめんに乗ってるほうがスリル満点だ。
「今月いっぱい、ここの劇場で舞台をやるらしいんだ。
映画は観るけど、舞台ってどんな感じなのか、ちょっと気になってね。」
「ふ~ん・・・あれ?」
「どうした?」
思い出したように、バッグを探る。
「これ!」
出したのはさっきもらったチケットだ。
「これって、ここのだ!」
「ねこ娘、これどうしたの?」
「知り合いにもらったのよ。ほら、前にしょうけらを倒すのに協力してくれた、
ゲーム雑誌のライターさん!」
あえてCDデビューの話はしなかった。
なんだか照れくさかった。
「今月いっぱいか~、ねぇ、じゃあ来週の土曜日に行かない?」
「ねこ娘と?」
「・・・イヤなの?」
ちょっとムッとして聞き返す。
「あ、いや、そうじゃなくて、ねこ娘は誰かと行くつもりだったんじゃないかと思ってさ。」
「さっきもらったばっかりだから、誰も誘ってないわよ!」
そうなんだ、とちょっと嬉しそうに笑っている。
でもこれはねこ娘と行くのが嬉しいわけじゃなく、観たかった舞台が観れるから
だろうということはいい加減分かっている。
しかしこれは又とない『デート』だ。
「じゃあ、あたしお弁当作って行くね!」
そう言ってにっこり笑う。
「楽しみにしてるよ。」
鬼太郎も珍しく楽しみなのだろう、機嫌がいい。
二人は楽しそうに笑いながら、ゲゲゲの森へと消えていった。
自宅へと戻ったねこ娘は鬼太郎との約束が嬉しくて、
まだ一週間以上もあるのにウキウキしていた。
(何着て行こうかな~。)
鼻歌混じりに着替えていたが、ふと動きが止まる。
(あ、CDデビューの話、忘れてた・・・。う~ん、やっぱり断わろ!)
今は鬼太郎とのデートのことで頭がいっぱいな上に、
そもそも乗り気ではなかったので、明日にでも電話しようと考えていた。
夜になり、手土産を持って鬼太郎の家に向かう。
それはそれはご機嫌な様子で、跳ねるように歩いていた。
「きたろ~、おやじさん?」
言いながら戸口から中を覗くと、
「やぁ、ねこ娘。」
いつものように鬼太郎が出迎える。
「お土産持ってきたよ!」
「いつも悪いね。」
そうは言っても嬉しそうなこの顔を見るのが、ねこ娘にとってはささやかな幸せだった。
「今日は何かのう?」
「今日は和菓子よ!」
持ってきた土産を開けると、いろんな和菓子がきれいに並べられていた。
「おぉ~、これはうまそうじゃわい。」
鬼太郎とねこ娘は喜ぶ目玉おやじを微笑ましく見ていた。
ふと、何かを思い出したように目玉おやじがこちらを向く。
「実はのぅ、さっき鬼界ヶ島のミウから手紙が来ての。」
「ミウちゃんから!?」
「うむ、今度鬼界ヶ島で祭りがあるそうでな、
それに、横丁の皆を招待してくれるというんじゃよ。」
「へぇ~!お祭りかぁ~、楽しそうね!!」
「鬼太郎や横丁の皆にはもう話したんじゃが、お前さんにはまだじゃったからの。」
そう言うと和菓子にかぶりつく。
「それで、いつ行くの?」
「来週の土曜日じゃ。」
「そうなんだ~!・・・?来週の土曜日?」
そこまで言って数秒考える・・・。
「えぇ~!?来週の土曜日~!?」
「どうしたんじゃ?」
目玉おやじは、いきなり大声を出したねこ娘を不思議に思って見ている。
「あ・・・。」
その奥ではしまった、という顔の鬼太郎。
「何か都合でも悪いのか?」
目玉おやじの問いかけには答えず、奥の鬼太郎を見る。
「ごめん!」
と両手を合わせて謝る鬼太郎。
「・・・仕方ないよね・・・。」
そう言って俯くねこ娘。
その間にはさっぱり理由がわからず困っている目玉おやじ。
しーんと静まりかえるゲゲゲハウス。
「ごめんね、おやじさん。あたし、バイトが入ってて行けないから、
皆で行ってきて。」
今にも泣き出しそうな気持ちを抑え、必死に笑顔で話す。
「そ、そうか・・・、残念じゃのう。」
鬼太郎は申し訳なさそうにねこ娘を見ていた。
「じゃあ、あたし帰るね。」
そう言って立ち上がる。
「ね・・・ねこ娘・・・。」
鬼太郎の呼ぶ声にも答えずに家を出た。
「あ・・・。」
鬼太郎は追うこともできず、ただ呆然としていた。
「鬼太郎、一体何があったんじゃ?」
「・・・実は・・・。」
「・・・うぅっ・・・鬼太郎のばかっ・・・。」
家を出てすぐに、耐えていたはずの涙が溢れた。
ミウのいる鬼界ヶ島に行く事よりも、自分との約束を忘れていたことが悲しかった。
その後も泣きながら、トボトボと歩いていた。
「バイトだなんて嘘ついて、おやじさんには悪いことしちゃったかな・・・。」
しばらく考えていたが、ふと昼間のことを思い出した。
(どうせなら本当にバイトしちゃおうかな・・・。)
携帯電話を取り出し、電話を掛ける。
「あ、ネコですけど、昼間の話・・・。」
「う~む、そうじゃったか・・・。」
鬼太郎から話を聞いた目玉おやじは、唸りながら腕組みをしている。
「どうしたらいいんでしょう・・・。」
「もう行くと返事もしてしまったしのぅ・・・、ねこ娘には帰ってきてから埋め
合わせしてやるんじゃな。」
「・・・はい。」
そして・・・。
鬼界ヶ島の港にはミウをはじめアマミ一族の者が大勢出迎えに来ていた。
「鬼太郎さ~ん!!」
船の上に鬼太郎の姿を見つけ、ミウが手を振る。
「ミウちゃ~ん!」
それに答えて、鬼太郎も手を振り返す。
やがて船が港に着き、横丁の妖怪がぞろぞろと降りてくる。
「鬼太郎さん!お待ちしてました。」
「招待ありがとう、ミウちゃん。」
「いえ、大勢のほうが楽しいですから!
・・・あの、ねこ娘さんはいらしてないんですか?」
次々に降りてくる妖怪の中にねこ娘の姿が見当たらない。
「ねこ娘はどうしても抜けられんアルバイトがあるようでの、
よろしく伝えてくれと言っておった。」
ミウの問いに鬼太郎が口を開く前に、目玉おやじが説明した。
「そうですか・・・、お会いしたかったのに、残念です。」
二人のやりとりを見ていた鬼太郎は、ねこ娘は今頃どうしているのか、
そればかり気になっていた。
それというのも、あの日からねこ娘は鬼太郎の家にはおろか
横丁にも顔を出していなかった。
鬼太郎は何度か人間界にも買い物と称して探しに行ったのだが、
一向に行方が掴めなかった。
「それではご案内しますね。」
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、鬼太郎はミウについていく。
夜になり、広場では盛大な祭りか繰り広げられる。
横丁の妖怪たちもアマミ一族と溶け込み、陽気に踊っている者や
呑み比べをしている者もいる。
だが、鬼太郎はどうにも心から楽しめずにいた。
「鬼太郎さん?」
よほどおかしな顔をしていたのだろうか、ミウが心配そうな顔で声を掛けてきた。
「あ、ミウちゃん。」
「どうしたんですか?なんだか辛そうな顔で・・・。」
「えっ!?いや、なんでもないよ!」
「・・・それならいいんですけど・・・。」
(そんな顔してたのか・・・。)
自分でもびっくりした。
普段あまり表情が豊かではないと言われている鬼太郎が、
珍しくそんな顔をしていたのだ。
「・・・もしかして、ねこ娘さんと何かあったんですか?」
ドキッとした。
女の勘というやつなのだろうか。
「い、いや、別にそういうわけじゃ・・・。」
引き攣った笑いでそう答える。
「・・・私、ねこ娘さんが羨ましいって思ったんです。」
「えっ?」
突然語り出すミウを不思議そうに見た。
「鬼太郎さんとねこ娘さんって、凄くいいパートナーなんだな~って。」
「いいパートナー?」
「私が赤エイに捕まったとき、お互いがお互いをサポートして闘ってた。」
「・・・・。」
夜空を見つめながら話すミウの言葉を、鬼太郎は黙って聞いていた。
「私じゃ、ああはいかないなって。」
「でも、あの時はミウちゃんの能力のおかげで解決したんだよ。」
するとミウは静かに首を横に振る。
「このあいだ、ねこ娘さんに凄いって言われたんです。
でも、本当に凄いのはねこ娘さんのほう。
一生懸命で真っ直ぐで、誰にも負けない想いを持ってる。」
その時鬼太郎の中に、最後に見せたねこ娘の後ろ姿が浮かんだ。
いつも側にいて、他人の事にも一生懸命で、真っ直ぐな笑顔を自分に向けてくる。
ねこ娘の自分に対する想いに気付かないわけもなく、
ただ自分に受け止めてやる勇気がなかった。
そこまで考えると、いてもたってもいられなくなった。
その時。
「鬼太郎、ちょっとこれを見てくれ!」
「どうした、バケロー?」
バケローは人間界で放映されているテレビ番組を映していた。
「こっ、これは!?」
そこに映し出されているのは、可愛らしい衣装を着て歌っているアイドルだが、
どう見てもねこ娘だった。
「・・・・。」
鬼太郎は開いた口が塞がらず、ただただその画面を見ている。
少しして歌の歌詞が耳に入ってきた。
~ほら前髪切ったの かわいいでしょ
チラッと見て 素っ気ないふり
私の気持ち知ってるの
もうイライラしちゃう~
「・・・これって・・・。」
ミウが呟いた。
「・・・ごめん、ミウちゃん!!」
そう言って鬼太郎は走り出した。
「鬼太郎さん・・・。」
ミウは鬼太郎の後ろ姿を見つめ、少しだけ悲しい顔をしていた。
「一反もめん!すまないが急いで戻ってくれないか!?」
「どっ、どうしたでごわす、鬼太郎どん。」
「頼む!急いでくれ!!」
気分よく酒を呑んでいた一反もめんはブツブツ言いながらも、
鬼太郎のあまりの必死さに頷くしかなかった。
こうして鬼太郎は一反もめんと共に鬼界ヶ島を飛びたった。
3時間後・・・。
「はぁ・・・疲れたぁ・・・。」
歌番組の生出演を終え、用意されていたホテルの部屋へと帰ってきたねこ娘は、
この一週間を振り返っていた。
鬼太郎の家を出て、この仕事を引き受けると電話をしてから、あっというまだった。
翌日には音楽プロデューサーと顔合わせをし、早速いくつか曲を渡された。
その中から好きなものを選んで欲しいとのことだった。
更にそのまま写真撮影や、CDのジャケット撮影をした。
その後自宅へ帰り、早速曲を聴いてみた。
その中でも一つ気になる歌詞があった。
それはまるでねこ娘の気持ちを歌ったもののようだった。
ねこ娘は迷わずこの曲を選んだ。
そして、それから一週間で曲を覚え、
今日の新人歌番組に出演することになったのだ。
あまりの忙しさにあの日のことを思い出すことはなかったが、
それでも鬼太郎のことを忘れることなど出来るはずもなく、
会いたい思いだけが募っていた。
「今頃は、ミウちゃんと・・・・。」
仕事が一段落したこともあり、張り詰めていた気持ちが解けていく。
ベッドに横になったまま、目を瞑って鬼太郎のことを考えていると、涙が溢れた。
「きたろ・・・会いたいよぉ・・・。」
うとうとしながら呟く。
「会いにきたよ、ねこ娘。」
!!
突然の声にカバッと飛び起きた。
そこには月の光に照らされた鬼太郎がいた。
「きっ!鬼太郎!?」
あまりの驚きに口をパクパクさせながら、大きく目を見開く。
「まったく、不用心だなぁ。いくら13階だからって、窓の鍵は閉めないとね。」
そう言ってにっこりと笑う。
と思ったら、急に頬を染め、ねこ娘から目を反らす。
「?」
ねこ娘は不思議そうな顔で鬼太郎を見る。
「ねこ娘・・・、さすがにその恰好じゃ目のやり場に困ってしまうよ・・・。」
「へっ?」
突然の鬼太郎の登場に、自分が今どんな恰好かなんてまったく気にしてなかったが、
そう言われて自分の恰好を見てみると・・・。
「ンニャ~~!!!」
途端に耳まで真っ赤になって叫び声を上げ、頭から布団を被った。
(みっ、見られた!!)
ねこ娘はあまりの恥ずかしさに泣きそうになっていた。
「ねこ娘・・・。」
名前を呼ばれてビクッと体が跳ねる。
するとすぐ側に気配を感じ、ベッドが沈む。
「顔、見せてよ。」
そう言われて布団から顔だけ出すと、
ベッドに腰かけこちらを見ている鬼太郎がいる。
まだ恥ずかしかったが、布団を纏ったまま鬼太郎と向き合うように座る。
「・・・・どうして・・・。」
「ここが分かったのかって?」
言い当てられてびっくりしたが、無言のままコクコクと頷く。
「さすがに探したよ。でもなんとか妖気を辿ってこれた。」
「・・・鬼界ヶ島にいたんでしょ?」
ちょっとむくれたまま聞いてみる。
「うん。でもバケローがあの番組を見せてくれてね。
心配になって、戻ってきたんだ。」
「何が心配なの?」
ただのバイトだという意識しかないねこ娘には、何が心配なのかわからなかった。
「・・・だって、アイドルって水着とか・・着させられたりするだろう?
そう言いながら少し恥ずかしそうに顔を背ける。
「・・・ぷっ、あはははは!!」
一瞬ぽかんとしたねこ娘だが、今度は吹き出して大笑いしている。
それを見て、今度は鬼太郎がぽかんとしている。
「ごっ・・・ごめんね!でも、鬼太郎があまりにもおかしな事言うから・・・。」
まだ笑いが治まらないねこ娘は必死に喋ろうとする。
「・・・僕、おかしな事言ったかな?」
当の鬼太郎はちょっと頬を膨らませてこっちを見ている。
「ふぅ・・・、あのね、このバイトはCD1枚出すだけなのよ。」
「へっ?」
「だから、あとはレコーディングしておしまい!水着とかは着ないよ!」
「そ、そうなんだ・・・。」
鬼太郎は自分がとんでもない勘違いをしていたことが、
もの凄く恥ずかしくなった。
珍しく赤くなって黙っていると、
「でも、ありがとう。心配してわざわざ戻ってきてくれたんだよね・・・、
凄く嬉しい。」
そう言ってにっこりと微笑む。
それを見て鬼太郎も冷静になった。
「・・・いや、元はと言えば僕が約束を忘れていたのがいけなかったしね。」
「もういいよ。謝ってくれたんだし。」
いつものねこ娘だ。
鬼太郎は自分の心がほどけていくのを感じていた。
「・・・ねぇ。」
突然、ちょっと甘えるようなねこ娘の声にドキッとした。
「・・・なんだい?」
心なしか自分の声も優しげになる。
「・・・寂しかった?」
俯きながら上目使いでそう問いかける。
鬼太郎の胸は更に高鳴る。
「・・・寂しかったよ。・・・ねこ娘は?」
鬼太郎に寂しかったと言われ、自分のこの一週間の気持ちを思い出すとまた涙が落ちる。
「・・・寂しかったに決まってるじゃない!!」
泣きながらそう言って、鬼太郎に抱きついた。
肩を小刻みに震わし自分の腕の中で泣く少女を、鬼太郎は黙って抱きしめた。
肌の露出が多いぶん、直に体温が伝わってくる。
(あったかい・・・。)
体だけでなく、心まで満たされるような感覚だった。
「・・・ねこ娘、ごめんよ。」
それまで泣いていたねこ娘が顔を上げた。
「・・・どうして謝るの?」
「・・・素直になれなくて、君に悲しい思いばかりさせた・・・。」
「・・・えっ?」
不思議そうに見つめていると、鬼太郎の顔がどんどん近づいて、唇を重ねられる。
「!?」
ねこ娘はただただ何も考えられずにいた。
やがて唇が離れると、
「ねこ娘、もう僕に黙っていなくならないでよ。」
少し悲しそうな顔で、ねこ娘を見つめる。
「それって・・・。」
「うん、僕にはねこ娘がいないと駄目みたいだ。」
「鬼太郎・・・。」
どんなにこの日を夢見ただろう。
今度は嬉しさで涙が溢れる。
さっきまで辛くて仕方なかったのに、こんなに気持ちになるとは思わなかった。
このバイトを引き受けてよかったな、とねこ娘は思っていた。
「ねぇ、鬼太郎。朝までいてくれる?」
「!?・・・ねこ娘、それ本気で言ってるのかい?」
月明かりしかない薄暗い部屋で、しかもあられもない恰好で、
ねこ娘は簡単にそんなことを言う。
「?本気だよ。・・・駄目なの?」
まだ潤んでいる瞳で不安そうに自分を見つめられてはひとたまりもない。
「・・・ねこ娘!!」
意を決してねこ娘に覆い被さった。
「にゃっ!?ちょ、ちょっと、鬼太郎!?」
「本当にいいんだね?」
鬼太郎の顔は真剣そのものだ。
「にゃっ!?」
ハッとしてようやく理解した。
「ちちち・・・違~う!!」
「えっ!?」
今度は鬼太郎が驚く。
「あ、あたしは、朝までお喋りしたかっただけ!」
「えぇ~~!?」
よく考えれば、純情なねこ娘らしい。
勘違いしたこととおあずけを喰らったことに、鬼太郎はがっくりうなだれた。
それを見ていたねこ娘は、鬼太郎がちょっと可哀想に思えてくる。
「・・・大丈夫。もしもそうなることがあっても、
あたしには鬼太郎しかいないから。」
落ち込んでいた鬼太郎だったが、ねこ娘の一途な言葉で胸がいっぱいになる。
「・・・ありがとう、ねこ娘。」
「えへへ、でも鬼太郎もあたし以外の人となんて、
絶対ダメだからね!」
初めての束縛に、ねこ娘自身が嬉しかった。
「出来るわけないよ。」
そう言って照れ笑いをする。
「ふふっ。」
「あはは。」
なんだかいろんなことがおかしくて、二人して笑ってしまった。
それから、他愛ない話をしていたが、そのうちうとうとし始めたねこ娘に、
鬼太郎はそっと布団を掛けてやる。
そして隣に向かい合うように横になると、
(離れて初めて気づくなんて、僕は愚かだな・・・。)
そう呟いて目を閉じた。
幸せそうに眠る二人を、月だけが見ていた。
おまけ
翌日・・・。
一足先に帰っていた鬼太郎は、鬼界ヶ島からまだ帰らない父と、
昨夜正式に恋人となったねこ娘を待っていた。
しばらくして、梯子を登ってくる足音が聞こえてきた。
程なく戸口からねこ娘が入ってきた。
「おかえり、ねこ娘。」
とにこやかに声をかけたが、
「・・・ただいま・・・。」
返ってきたのは元気のない声。
「ど、どうしたんだい?」
はぁ、と一つため息をついて鬼太郎の横にぺたんと腰を下ろす。
「それが大変だったのよぅ・・・。」
今日は朝からレコーディングをしたのだが、その帰りのこと。
レコーディングスタジオを一歩出たところで、
一人の少女に「NEKOさんですよね!?」と声をかけられたのをきっかけに、
あっという間に人だかりができてしまった。
どうやら昨晩の歌番組の影響のようで、思いの他大人気となったようだ。
あまりの人の多さに、ねこ娘は怖くなってしまった。
その場にいる全員が全員、皆ねこ娘を見つめているのだ。
人だかりに揉まれながらもねこ娘は隙を見つけて逃げ出した。
その後はゲゲゲの森まで全力疾走。
「はぁ・・はぁ・・、あ~びっくりした・・・。」
ここまでくれば大丈夫と一息ついていた。
(困ったなぁ・・・、これじゃしばらくバイト出来ないじゃない・・・。」
そうボヤキながら、ふと顔にかかる髪に気づく。
「・・・せっかくつけてもらったエクステンションだけど、
このままじゃ買い物にも行けないわ。」
そう言って、編んであるエクステンションを全部ほどいて取ってしまった。
そしてその足で鬼太郎の元へと向かったのだ。
「それは大変だったね。」
「あ~あ、しばらくは人間界には行けないなぁ・・・。」
「仕方ないさ、たまにはゆっくりしたらいいよ。」
そう言って微笑む。
ねこ娘はちゃぶ台に顎をつけてブツブツ言っている。
その姿を見て慰めるように、
「・・・でも、長い髪も可愛かったよ。」
途端ねこ娘は頬を染める。
(さらっと恥ずかしいことを・・・。)
そう思いながら照れ隠しするかのように、
「あ、ありがと!でも、闘うときは邪魔になるし、
やっぱりこのほうがあたしらしいと思ったの。」
そう言ってにっこり微笑む。
それを見て鬼太郎は安心する。
「あ、お茶入れるね!」
鬼太郎の笑顔を見て、ねこ娘もいつもの顔になる。
すっと立ち上がりお茶を入れに行こうとしたが、ふと立ち止まり後ろ向きのまま
ボソッと口を開く。
「・・・あの歌、聴いたの?」
聴かれたくなかったとでも言いたげな口調だ。
「うん、それですぐに戻ってきたんだ。」
鬼太郎は素直に答える。
恥ずかしいのか一向にこっちを向かないねこ娘に、
「あれって、ねこ娘の気持ちなの?」
と聞いてみる。
「あっ、あれはあたしが作った わけじゃないから!!」
慌てて弁解するねこ娘に、
「そうなんだ、でも嬉しかったよ。」
と畳み掛ける。
ぼふん、と顔から湯気が出そうなくらい真っ赤になったねこ娘を、
(本当に可愛いな。)
などと考えながら見つめる。
当のねこ娘は何も言えずにお茶を入れに行ってしまった。
その後、目玉おやじが帰宅し、ねこ娘の真っ赤な顔を不思議そうに見ていた。
終