夢は夢のまま

「うわ~ん!寝坊するなんてぇ~!!」
 

朝からバイトが入っていたにも関わらず寝坊したネコ娘は急いでいた。
「今日は近道しちゃお!」
そう言って、ゲゲゲの森を疾走する。
すると、途中何か紐のようなものに引っかかった。
「あれ?なんだろ?あ~!それより急がないと遅刻しちゃう!」
一瞬気にはなったが、焦っていたためそれ以上気に止めなかった。

なんとかバイトには間に合い、夕方までの仕事をこなした。
しかし、この日は寝坊したのに一日眠気が取れなかった。
だが、おそらく朝走ったせいで疲れているのだろうと考えた。

帰り道、手土産を持って鬼太郎の家へと向かっている間も、
瞼が重くて異常に眠たかった。
やがてゲゲゲハウスに到着し、
「きたろ~、おやじさ~ん、ただいま~。」
と、中に入る。
「やぁ、おかえり、ネコ娘。」
「はい、これお土産。」
「いつもすまんのぅ。」
悪いといいながらも嬉しそうな目玉おやじに、いいのよ、と言って腰を下ろした。
「ネコ娘、随分疲れてるみたいだけど・・・。」
瞼が半分閉じていたため、そう見えたのだろう。
「あ、ううん、疲れてるわけじゃ・・・ないんだけど・・・なんだか凄く・・・
眠くって・・・。ごめん・・・ちょっと寝かせて・・・。」
そう言ってそのまま横になると、すぐに眠りについてしまった。
「え・・・?あ、ネコ娘・・・?」
来て早々に眠ってしまったネコ娘を、
鬼太郎と目玉おやじは不思議そうに見ていた。
「よっぽど疲れておったのかのぅ?」
「疲れてはないって言ってましたけど・・・珍しいですね。」
「しばらく寝かせておいてやろう。」

それから数時間が経った頃、鬼太郎の妖怪アンテナが突如反応した。
「父さん、この妖気は一体・・・。」
「ふぅむ、どうやらかなり近いようじゃが・・・。」
もしも敵意を持った妖怪なら危険だと思い、急いでネコ娘を起こす。
「ネコ娘、起きるんだ。」
しかし起きる気配はない。
「ネコ娘!」
身体を揺すって起こすが、まったく反応がない。
「父さん!ネコ娘が・・・。」
鬼太郎が慌てて振り向くと、目玉おやじが
ちゃぶ台の上でココンを開いていた。
「鬼太郎、どうやら妖気の元はネコ娘のようじゃ。」
「!?どういうことですか!?」
「うむ、ネコ娘はこの夢魔という妖怪にとり憑かれておるようじゃ。」
そう言って、ココンを指さす。
「夢魔・・・。」
鬼太郎がココンに目を落とす。
「こいつは、人間や妖怪の夢の中に入り込み、
その者の一番大事にしている相手や物の夢を見せて、
目覚めさせないようにする。
そして、弱ったところで魂を喰らってしまうんじゃ。」
「じゃあネコ娘は・・・。」
「うむ、夢の中に閉じ込められておるのじゃろう。」
「そんな!一体どうすれば・・・。」
そう言って、眠ったままのネコ娘を見つめる。
「鬼太郎、ワシは砂かけのところに行ってくる。
お前はネコ娘についててやるんじゃぞ。」
「わかりました。」
そう言葉を交わすと、目玉おやじはすぐに化け烏を呼んで家を出ていった。
それを見つめていた鬼太郎は、目玉おやじの姿が見えなくなるとネコ娘に視線を移した。
(一体どうして・・・。)
そう考えていたが、すぐにココンの夢魔のページを見る。
夢魔を倒す方法を調べようと思ったのだ。
ココンによると、夢魔を倒すにはまず夢の中に入り夢魔を見つけ出すこと。
しかし夢の中では夢魔を倒すことができないので、実体化させる必要がある。
実体化させるには、とり憑かれている者が『出ていけ』と言わなければならないという。
とにかくまずは夢の中に入る方法を見つけなければならない。
そのため、目玉おやじは何かいい方法がないかと砂かけの元へと向かったのだ。
一通りココンに目を通し終わり、再びネコ娘を見つめた。
「・・・ネコ娘、僕が必ず助けるから・・・。」
そう呟いて、その白い頬に
触れる

それからしばらくすると、目玉おやじが化け烏に乗って帰ってきた。
「父さん!」
「鬼太郎、これを飲めば夢の中に入れるぞ!」
そう言って、
背中に背負っていた砂袋を下ろす。
「これは?」
「おばば特製の薬じゃ。
いいか、これを飲んだらすぐにネコ娘に接吻するのじゃ!」

「・・・え?」
ようするに薬を飲んでネコ娘にキスをすることで、魂を夢の中へと送れるということらしい。
「恥ずかしがっとる場合か!このままではネコ娘が死んでしまうぞ!」
父の必死の言葉に鬼太郎はハッとした。
「・・・わかりました。」
ネコ娘の命がかかっていることを思い出し、鬼太郎は決意した。
砂袋から手の平に薬を乗せ、
サラサラと飲み干す。
最後の砂を飲む音なのか、それとも緊張からなのかゴクリと喉が鳴る。
「父さん。」
「うむ、頼んだぞ!」
そう短く会話を交わし、その可愛らしい唇にそっと口づけた。
(やっ・・・柔らかい・・・。)
と思ったのも束の間、鬼太郎の意識がふっと途切れた。

「う・・・ん・・・、ここは・・・。」
そこは海だった。
空は夕陽に彩られ、美しい砂浜はどこまでも伸びていた。
その場で辺りを見回していた鬼太郎は、少し先に二つの人影を見つけた。
(もしかして、ネコ娘・・・?)
鬼太郎は様子を伺おうと、砂浜の後ろにある木々の影に隠れながら近づいていった。
すると、二つの影がネコ娘と自分であることがわかった。
その時、鬼太郎の頭に目玉おやじの言葉が浮かんだ。

『一番大事に思っている人や物の夢を見せる。』

(ネコ娘・・・。)
ネコ娘にとって一番大事な人が自分なのだと思うと嬉しさもあったが、
何よりネコ娘の一途な想いが伝わってくるようで、胸がキュッと締め付けられる。
すると会話が聞こえてくる。
「ねぇ、ネコ娘。」
「なぁに、鬼太郎?」
「今まで言えなかったけど、僕は君が好きなんだ。」
「!!」
(!!)
突然の告白に、二人とも驚いた。
「鬼太郎・・・、嘘じゃないよね?」
ネコ娘は潤んだ瞳で鬼太郎を見つめる。
「嘘なんかじゃないよ。君が好きだ!」
そう言って、ネコ娘を抱きしめた。
(!!)
木の影から見ていた鬼太郎は、複雑な思いに囚われていた。
「鬼太郎・・・、嬉しい・・・。」
ネコ娘は涙を流して感動している。
それを見て、
「ネコ娘、君が欲しい・・・。」
そう言ってネコ娘の顎を持ち上げる。
「あっ・・・鬼太郎・・・。」
ネコ娘もそれに応じるように目を瞑る。
(ネコ娘・・・。)
複雑な思いで見ていたいた鬼太郎は、どうすればいいのかわからなかった。
目の前にいる自分は、ネコ娘の欲しい言葉をいとも簡単に口にしている。
もしかしたらネコ娘にとって今が幸せなのではないか、
そんな思いが鬼太郎の足を前に出させないでいた。

「鬼太郎・・・。」
ふいに名前を呼ばれ我にかえると、今まさに口づけを交そうとしていた。
その時、鬼太郎の中で何かが弾けた。
と、同時に飛び出していた。
「ネコ娘!!」
そう、あれは自分ではない。
夢魔なのだ。
突然呼ばれたネコ娘は、弾かれたようにこちらを向く。
「鬼太郎!?」
そう言って目の前の鬼太郎と、走って近づいてくる鬼太郎を見比べる。
すると、夢魔が化けている鬼太郎が混乱した様子のネコ娘の肩に手を置いて、
「君は誰だい?」
と、鬼太郎に問う。
「僕は、ゲゲゲの鬼太郎だ!」
「鬼太郎は僕だ。」
鋭く睨みつける鬼太郎に対し、夢魔は涼しげに言ってのける。
「お前の正体はわかってるんだ!」
「何!?」
ネコ娘は、そのやり取りを困惑した表情で見つめていた。
「ネコ娘から離れるんだ、夢魔!!」
「えっ!?」
ネコ娘は横にいる無表情の鬼太郎を見つめた。
「ネコ娘、あいつは君を騙そうとしてるんだ。」
「違う!ネコ娘!そいつは夢魔という妖怪なんだ!」
「妖怪・・・?」
夢魔は、二人の鬼太郎の間で終始困惑しているネコ娘に、
「ネコ娘、僕を信じてくれないのかい?」
と、悲しげに訴える。
「きた・・ろ・・・っ!!」
不安そうに見つめていたネコ娘だったが、突然その唇を塞がれた。
「!!」
それを見ていた鬼太郎は、考えるよりも先に行動していた。
「ネコ娘から、離れろっ!!」
そう言って夢魔に向かって走り出す。
それを見た夢魔はネコ娘をその場に残し飛び退いた。
リモコン下駄!!」
鬼太郎は空中に向けてリモコン下駄を放つ。
しかし相手も同じくリモコン下駄で攻撃してきた。
お互いのリモコンゲタが激しくぶつかり、弾け飛ぶ。
鬼太郎は、その隙にネコ娘の元へ駆け寄る。
「ネコ娘、アイツは夢の中では倒せない。実体化させるには・・・。」
そこまで言うと、夢魔は髪の毛針で攻撃してきた。
鬼太郎はとっさに、ネコ娘を抱いて横に避けた。
「鬼太郎!大丈夫!?」
ネコ娘は心配そうに鬼太郎を見る。
「僕は大丈夫。ネコ娘、アイツを実体化させるには、君が『出ていけ』と言わな
ければならないんだ。」
鬼太郎は相手の動きを見ながら説明する。
「わかった!」
ネコ娘がそう言った時だった。
夢魔がちゃんちゃんこをこちらめがけて投げつけてきた。
するとちゃんちゃんこが紐状になり、ネコ娘の身体に巻き付いた。
「にゃっ!!」
「ネコ娘!!」
鬼太郎も応戦しようとするが、ネコ娘の身体はそのまま空中に舞い上がる。
「鬼太郎ー!!」
「ネコ娘ー!!」
すると夢魔は、空中のネコ娘の身体にちゃんちゃんこを通し体内電気を放っ
た。
「にゃああああぁ!!!」
「やめろーーー!!!」
しかし、鬼太郎の叫びも虚しく、ネコ娘はぐったりと意識を手放した。
「安心していいよ。気絶させただけだから。」
夢魔はそう言って、ネコ娘の身体を引き寄せた。
「ネコ娘を返せ!!」
「嫌だね。大体僕は、彼女の願望を叶えてあげただけなんだよ。
それに、僕も彼女が気に入ったんだ。」
夢魔は鬼太郎の姿のまま、そう言い放った。
「何っ!?」
「だから君には渡さない。」
夢魔は冷たくそう言うと、ネコ娘を抱えたまま消えた。
「待てーーー!!」


「鬼太郎!!」
そう名前を呼ばれた次の瞬間、鬼太郎は目を覚ました。
「あ・・・、父さん・・・。」
目の前には心配そうに見つめる目玉おやじがいた。
「どうやら薬の効果が切れたようじゃ。」
「そんな・・・。」
「夢魔はいたのか?」
そう聞かれ、鬼太郎は経緯を話した。
「う~む、そうか・・・。
よし、ワシはもう一度砂かけのところに行って、薬をもらってくる。お前は少し休んでおれ。」
「・・・わかりました。」
目玉おやじが再び出て行った後、鬼太郎は夢の中でのことを思い出していた。

『彼女の願望を叶えてあげただけ』

夢魔はそう言った。
あれがネコ娘の願望。
ただ好きだと言って欲しいという純粋な望み。
だが自分はどうだ。
そんなささやかな望みも叶えてやれない。
それはもちろん敵の多い鬼太郎の、ネコ娘を巻き込みたくないという気持ちからだ。
しかしそれをネコ娘に説明したところで、納得するとは思えない。
ならばいっそなんでもないふりで、素っ気なく接していたほうが、
ネコ娘の身に降りかかる危険は少なくて済む。
そう自分に言い聞かせてきた。

「・・・・もしも、僕の本当の気持ちを伝えたら・・・・、君は幸せになれるのかな・・・・。」
切なさを湛えて、たった一つの瞳が眠っているネコ娘を見つめる。
するとネコ娘の唇が僅かに動いた。
「・・・き・・・たろ・・・」
「ネコ娘!?」
目を覚ましたのかもしれないと、鬼太郎は必死に呼びかけるがどうやらそうではないようだった。
「・・・ネコ娘・・・・。」
鬼太郎は悔しそうに眉をひそめる。

やがてバサバサという羽音がすると、目玉おやじが帰ってきた。
「父さん!」
「鬼太郎、さっきよりも強力なのを作ってもらったぞ。」
「今度こそ必ずネコ娘を救い出します!!」
そう言って再び砂薬を飲み、ネコ娘に口付けた。


「・・・・・・ここは・・・・」
気がつくとそこはゲゲゲハウスの前だった。
上を見上げれば部屋の明かりが見える。
「あそこか・・・・。」
すると中から声が聞こえてきた。
「そんなに睨まないでよ。」
「ん~~~~っ!!!!」
「悪いけど、それははずしてあげられないんだ。」
「んん~~!!!」
「どうしたんだい?そんなに怒ってさ。・・・あんまりうるさいと・・・。」
「っっんん~~~!!!!」
「フフフ・・・、じゃあここはどうかな?」
「っ!!!ん~~~っっ!!!」

「!!??」
声だけでもなにやら妖しい状況にあることがわかった鬼太郎は、すぐさま梯子を駆け上っていった。
「やめろ!!!」
「やっぱりきたか・・・。邪魔しないでくれないか?」
「・・・・ネコ娘に何をしたっ!!??」
見れば手足を縛られ猿轡をされたネコ娘が梁から縄で吊るされていた。
「彼女の望みを叶えてるんだ。」
「望み・・・・?」
「こうして僕と二人っきりで過ごしたいっていう望みさ。」
「それはお前とじゃない!!!」
「夢の中では僕が鬼太郎さ。」
「くっっ・・・」
これ以上話をしても埒があかない。
鬼太郎はネコ娘に目線を移す。
(なんとかしてあれをはずさないと・・・・。)
猿轡さえはずせれば『出て行け』と言える。
「どうした?かかってこないのかい?」
挑発するように夢魔は笑う。
「・・・・霊毛ちゃんちゃんこ!!」
そう言い放つと、ちゃんちゃんこを大きく広げ、夢魔の周りを囲む。
「っ!?」
そして夢魔の姿が見えなくなった一瞬の隙をつき、
髪の毛を一本引き抜き、梁から吊るされている縄を断ち切る。
「っ!!」
そして落下しそうになっているネコ娘の身体をフワリと抱いて着地すると、
すぐに猿轡をはずしてやる。
「ぷはっ!」
「大丈夫かい?ネコ娘。」
「鬼太郎っ・・・・、うんっ!」
するとそこへちゃんちゃんこが戻ってくる。
「くそっ!!!」
「さぁ、ネコ娘!」
「うんっ!」
「ネコ娘・・・、僕は君の望む鬼太郎だよ?」
「違う・・・。・・・あんたは鬼太郎じゃない!!『出て行け』!!!!」
「くっ・・・ぁぁぁあああ~~!!」
ネコ娘の言葉に、夢魔は苦しげに叫びながら姿を消す。
「ネコ娘・・・・。」
「鬼太郎・・・・。」
夢魔の消えたゲゲゲハウスで、二人は見つめあった。
そしてどちらからともなく顔を近づけると、ネコ娘は目を閉じた。
それを見た鬼太郎はゆっくりと唇を寄せていく・・・。

「ネコ娘!!!」

「にゃっ!?」
突然耳元で名前を呼ばれ、ネコ娘は目を開けた。
「あ・・・あれ・・・?」
そこはさきほどと変わらぬゲゲゲハウス。
しかしなぜか天井が見える。
そして声のする方を見ると、目玉おやじが心配そうにこちらを見ていた。
「おやじ・・・さん?あたし・・・・。」
「おぉ!目が覚めたか、ネコ娘!」
「あたし、夢を・・・。」
「うぅ~ん・・・。」
起き上がると、隣には鬼太郎。
やはり今目を覚ましたようだった。
「鬼太郎・・・。」
「・・・ネコ娘、身体は大丈夫かい?」
「う、うん。あたしは大丈夫・・・。」
「鬼太郎!一刻も早く夢魔を探すんじゃ!!」
「は、はい、父さん!」
目玉おやじに促され、鬼太郎はすぐに立ち上がる。
「あっ・・・。」
猫娘は何か言いた気に鬼太郎を見上げた。
しかし、鬼太郎の険しい横顔に言葉を発することができなかった。
そんなネコ娘の気持ちを知ってか、鬼太郎が少し表情を和らげてこちらを向いた。
「・・・ネコ娘、一緒に来るかい?」
「きたろ・・・・、うん!」
ネコ娘はそんな鬼太郎の気遣いが嬉しくて、笑顔で返事をする。
その笑顔を見て安心した鬼太郎は、目玉おやじを頭に乗せて、
「行こう。」
そう静かに言った。

ゲゲゲの森は暗闇に包まれていた。
そんな中を鬼太郎とネコ娘は妖気を探りながら進む。
明かりはないが二人が闇に足を捕られることはなかった。
むしろ鬼太郎にとっては妖気を探るのに集中できる環境だ。
「・・・いないな・・・・。
それにしても、夢魔はなぜネコ娘の夢に現れたんだろう・・・・。」
落ち着きを取り戻した鬼太郎は、ふとそんなことを口にした。
「そういえばそうよね・・・。」
鬼太郎に言われて初めて不思議に思ったネコ娘も首を傾げた。
「ネコ娘、最近何か変わったことはなかったかい?」
「変わったこと・・・・、う~ん、特には・・・。」
「そう・・・。父さん、夢魔はどこかに封印されてたんですか?」
まったく覚えがなさそうなネコ娘はう~んと考え込んでいる。
ここは生き字引の父を頼るしかない。
「そうじゃ。封印の祠はこの森にあるはずじゃが・・・。」
「じゃあとりあえずそこへ行ってみましょう。」
こうして鬼太郎とネコ娘は父の案内で祠へと向かうことにした。


しばらく森を歩いていると、
「ほれ、あそこじゃよ。」
目玉おやじが指差す方向に小さな石の祠が見えた。
「これは・・・・。」
近くまで来てみると、祠は倒れていた。
「一体誰が封印を解いたんでしょうか・・・。」
「うむ、もしかすると小さな祠に気づかず、張り巡らせてある縄に足でも引っ掛けたのかもしれん。」
目玉おやじの推測を聞いて、ビクッと肩を震わせたのはネコ娘だった。
「ネコ娘、どうかしたのかい?」
「・・・・・・あ・・・あの・・・・、
あたし、朝
バイトに行く途中何かに足を捕られたんだけど・・・・。」
「・・・・・もしかして・・・。」
「うん、・・・あたしが封印を解いちゃったかも・・・・。」
3人の間に生温い風が通り抜けた。
「・・・・うっ・・・。」
自分が封印を解いてしまったかもしれない事実に、
申し訳なくて涙が滲む。
「まっ・・・まぁ、悪気があったわけじゃないんだし・・・。
ねぇ、父さん?」
ネコ娘の姿を見て鬼太郎が必死にフォローする。
「そうじゃよ、ネコ娘。誰にでも間違いはあるもんじゃ。」
目玉おやじもそう言って優しく慰める。
「うっ・・・ごめんなさい・・・・。」
「だっ、大丈夫だよ、ネコ娘!また必ず封印できるさ!」
「うん・・・、あたし、できるだけ協力するから・・・。
だから鬼太郎、お願いっ!」
暗闇でも顔が見えるほど目が慣れた鬼太郎を、
ネコ娘は潤んだ瞳で見つめた。
するとネコ娘の頬を、その大きな瞳から溢れ出した涙が伝う。
それを見た鬼太郎の腕が無意識に動き、ネコ娘の涙を拭った。
「にゃっ・・・・。」
鬼太郎の行動にびっくりしたネコ娘が小さく声をあげた。
その声で鬼太郎も我に返る。
「あ・・・いや・・・その・・・。」
「オホン。二人とも、仲がいいのは構わんが、ひとまず夢魔を倒してからじゃ。」
頭上からの声に、二人はハッとする。
「そっ、そうよね!早く見つけて封印し直さなくちゃ!」
「あっ、あぁ!早く見つけよう!」
照れからやたらと声の大きい二人を、目玉おやじはやれやれといった表情で見つめていた。

歩き出して10分ほど経った頃、鬼太郎がふと立ち止まった。
「鬼太郎?」
「・・・父さん。」
「うむ、どうやらこの先のようじゃな。」
二人の目線は10mほど先の洞窟に向けられていた。
「じゃあ、あの洞窟に・・・・。」
「あぁ、間違いない。・・・行こう。」
鬼太郎の静かな合図で洞窟へと進む。

洞窟内は暗く、足元は苔でヌルついていた。
そんな中を二人は用心しながら歩いていった。
奥へと足を進めていくと、やがて少し開けた場所に出た。
そして地面には大きく黒い塊が見える。
どうやら夢魔のようだが、鬼太郎たちの侵入にも気づかず呑気に寝ているようだった。
「父さん・・・。」
「うむ。今のうちに捕まえるんじゃ。」
「はいっ。」
小声でそう返事をすると、鬼太郎はちゃんちゃんこを脱ぎ、静かに投げた。
ちゃんちゃんこはみるみる大きく広がり、夢魔の身体を覆いつくす。
「なっ!!??なんだ、これは!!」
「僕だよ、夢魔。」
突然ちゃんちゃんこに締め付けられて驚く夢魔に、鬼太郎は
下駄の音を鳴らして近づいていく。
「なっ!?貴様はゲゲゲの鬼太郎!!」
「ネコ娘を傷つけた代償は払ってもらうよ。」
鬼太郎は隻眼に闇を湛え、そう言い放つ。
しかし夢魔はその深い闇に怯みながらも息巻いてみせる。
「フンッ!!傷つけた?本当に傷つけているのはお前じゃないのか?」
「なんだって・・・・?」
「ネコ娘は夢の中で泣いてたんだぜ?お前が冷たいってよ。」
「!!」
「なっ!!ちょっと!!やめてよ!!」
それまで鬼太郎の後ろで見守っていたネコ娘が怒りと恥ずかしさで口を挟む。
「なぁ、ネコ娘。お前本当にこのままでいいのか?
オレならずっと幸せな夢を見せてやれるんだぜ?
夢の中の鬼太郎は優しかっただろう?
お前以外には目もくれないし、お前のことだけを想ってる。
それに比べて目の前にいるコイツはどうだ?」
捲くし立てるようにそう話す夢魔を、ネコ娘はじっと見つめていた。
鬼太郎はそんなネコ娘を見つめていた。
夢魔を見つめるネコ娘の目は揺れていた。
それほどまでに、自分はネコ娘を傷つけていたのか。
「・・・っ!!」
自分に腹が立った。
思わず拳を握り締めた。
しばし辺りを静寂が包んだ。


「・・・・・夢魔、ありがとう。」
最初に口を開いたのはネコ娘だった。
「!?」
その場にいた全員が驚いた。
ネコ娘は夢魔に礼を言ったのだ。
「とっても素敵な夢を見せてくれて、ありがとう。」
もう一度そう言うと、ネコ娘は微笑んだ。
「じゃ・・・じゃぁ・・・・。」
「ネコ・・・娘・・・・?」
期待に満ちた目の夢魔。
そして信じられないといった表情の鬼太郎。
二人に見つめられたネコ娘は続けた。
「・・・確かに夢の中の鬼太郎は素敵だったわ。
だけど、あたしが一緒にいたいのは、ここにいる鬼太郎なの。
だから・・・・。」
「ネコ娘・・・・。」
そう言ったネコ娘の声に迷いはない。
それを聞いて鬼太郎はホッと胸を撫で下ろした。
「夢魔・・・。」
「・・・・・そうかよ!わかった、わかった!ほら、とっとと封印しやがれ!」
少しだけ何かを考えて、夢魔はそう言い放つ。
「本当にいいんだね?」
「いいからさっさとしやがれ!だがな、次に封印が解けたときは容赦しねぇからな!!」
「あぁ・・・、わかった。
・・・・夢魔、ありがとう・・・。」
鬼太郎の最後の言葉にフンと鼻を鳴らした夢魔はそれ以上何も言わなかった。

 

洞窟を出て、夢魔を元の場所に封印し直した3人は、ゲゲゲの森を歩いていた。
空は白んで、鳥たちの声が聞こえる。
鬼太郎の後ろを歩きながら、ネコ娘は先ほどのことを考えていた。
なぜ最後に鬼太郎は、夢魔に「ありがとう」と言ったのか。
聞きたいけれど、なぜか聞けずにいた。
「・・・・おやじさんは?」
口を開いても出てくるのはそんな言葉だけ。
「寝ちゃったよ。」
後ろを振り返るでもなく、鬼太郎はただ短く答えた。
「そう・・・。」
すると鬼太郎がふと立ち止まった。
「?」
そしてゆっくり振り返り、ネコ娘を見つめた。
「・・・きたろ・・・?」
鬼太郎は静かに息を吐いて、
「ネコ娘、これからも一緒にいてくれるかい?」
と、少し恥ずかしそうに切り出した。
「!?」
あまりに唐突な言葉に、ネコ娘は驚きを隠せない。
「・・・・・・。」
鬼太郎はさっきより恥ずかしそうに目線を外している。
そんな鬼太郎の姿がなんだか可愛く見えてしまう。
ふふっと笑ってから、
「一緒にいるわ。ずっと・・・。」
そう笑顔で返した。
「・・・・。」
ネコ娘の声に反応するように顔を上げた鬼太郎は、
朝日に照らされたネコ娘の笑顔に見惚れてしまう。
(・・・
キレイだ・・・。)
「・・・鬼太郎?」
何も言わず惚けている鬼太郎を、ネコ娘は不思議そうに見つめた。
「あっ、いや・・・あはは・・・・。」
「ふふっ・・・、変な鬼太郎。」
「はは・・・・。
帰ろう、ネコ娘。」
「うんっ!」

いつか・・・・
いつか素直になれたら・・・・・
君に伝えたい・・・・・

 


 

 

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