想いあってこそ

ねずみ男によって黄泉の国の霊石が元の場所に戻され、横丁の仲間達がそれぞれ帰って行く中、
鬼太郎とネコ娘もゲゲゲハウスに向かって歩いていた。
「まったくアイツはロクなことをせんのぅ。」
「そうですねぇ。」
のんびりとした会話をしている親子をネコ娘は後ろから眺めていたが、その顔には脂汗が滲んでいた。
邪魅に引っ掻かれた
背中の痛みにここまで耐えていたが、そろそろ限界のようだった。
「っ・・・。」
ネコ娘は膝から崩れ落ちるようにその場に倒れてしまう。
「!?ネコ娘!!」
前を歩いていた鬼太郎がネコ娘の元へ駆け寄り、その身体を起こす。
「!すごい熱だ・・・。」
「おそらく邪魅にやられた傷じゃろう。鬼太郎!早く砂かけのところへ運んでやるんじゃ!」
「はい、父さん!」
鬼太郎はそのままネコ娘を抱えて、横丁までの道を急ぐ。
途中その顔を見れば苦しげに息を荒くし、熱のせいで頬は赤く上気している。
(・・・どうして・・・。)
どうして我慢していたのか。
それは彼女の健気な性格からであることはわかっている。
でも納得がいかなかった。
(心配かけたくないなんて・・・、もっと僕に頼ってくれていいのに・・・。)
ネコ娘を守るのは自分しかいないのに、それが出来ずに無理をさせていたことが悔しかった。


やがて長屋に辿り着いた。
「お婆!お婆!!来てくれ!」
危機迫る声に砂かけ婆が慌てて出てくる。
「なんじゃ、なんじゃ!どうしたのじゃ!」
「お婆!ネコ娘が・・・。」
そう言って抱いたままのネコ娘を砂かけ婆に見せる。
「むっ、凄い熱じゃ!とにかく上の部屋に運ぶんじゃ!」
そう促され、鬼太郎は階段を上がり、部屋へと入る。


部屋に入りネコ娘を
布団に寝かせ、鬼太郎は背中の傷のことを話した。
「なるほどの・・・。じゃあまず服を脱がすから、お主は向こうを向いておれ。」
「あ・・・うん・・・。」
そう言われて、鬼太郎は後ろを向いた。
衣擦れの音と、時折苦痛に漏らす声が聞こえて鬼太郎も眉を寄せる。
「もうよいぞ。」
そう言われ、鬼太郎はすぐに顔を上げ振り返る。
布団の側まで近寄るとうつ伏せのネコ娘の姿があった。
そして真っ白な背中には邪魅の爪痕。
それは20cmに渡る大怪我だった。
「っ!!」
鬼太郎はそれを見ると、膝をガクリとついてしまった。
「酷い傷じゃ・・・。薬を取ってくる。」
そう言って、砂かけ婆は部屋を出て行った。
残された鬼太郎は、ただ自分のことを責めた。
(僕が・・・、僕のせいで・・・。)
そんな息子を見ていた目玉おやじが口を開いた。
「のぅ、鬼太郎。ネコ娘はな、ねずみ男が羨ましいと言っておった。
それはおそらく、お前がねずみ男のことを信じていることを知っているからじゃろう。」
「僕は、ネコ娘の事だって信じてます・・・。」
目玉おやじの言葉に、鬼太郎は小さく答えた。
「それはわかっておる。じゃがのぅ・・・鬼太郎、もう少しそれをネコ娘に伝えてやってはどうじゃ?
お前とてネコ娘が大事じゃろう?」
そう言われ、鬼太郎はただ黙ってネコ娘の苦しそうな顔を見つめた。
わかっている。
ネコ娘が何を求めているかは。
「・・・た・・ろ・・・」
うなされているのか、苦しげに名前を呼ばれる。
「ネコ娘・・・。」
そこへ薬を持って、砂かけ婆が戻ってきた。
「消毒してこの塗り薬を塗れば、熱もそのうち下がるはずじゃ。」
そう言って、痛々しい背中に
治療を施していく。
途中痛みに身体をビクつかせるが、意識は戻らないままだった。
やがて薬を塗り終えると、
「包帯を巻くから、向こうを向いておれ。」
と言われ、鬼太郎は素直に反対側を向く。
やがて、
「終わったぞ。」
と、声を掛けられる。
悔しげな表情のまま、鬼太郎はネコ娘を見つめた。
「・・・鬼太郎、あまり自分を責めるでないぞ。」
顔を見ればわかる。
砂かけ婆は静かに口を開いた。
「でもっ!!」
「ネコ娘がそんなことを望むと思うか?」
僕のせいだ。
そう言いかけるのを遮るように、砂かけ婆はやはり静かに問いかける。
「・・・・。」
ネコ娘のことだ。
自分の怪我の責任を、鬼太郎に感じさせることなど望むわけがない。
いつも、いつでも、彼女は鬼太郎のために動いているのだ。
「まったく、おぬしもネコ娘も、似たもの同士じゃのう。」
悔しげに俯く鬼太郎に、砂かけ婆が苦笑しながらそう言う。
「似たもの同士・・・?」
鬼太郎は不思議そうに聞き返す。
「相手を守るためなら、自分がいくら傷ついても構わんと思っておるところがの。」
「あ・・・・。」
ネコ娘も鬼太郎も、相手を守りたいと思う気持ちは一緒なのだ。
「ネコ娘は妖力も体力もお主よりは劣るが、気持ちの強さは誰よりも強いものを持っておる。
じゃから、どんなに相手が強大な敵であっても、おぬしを守るためなら立ち向かっていくじゃろう。
・・・おぬしは幸せじゃのう。」
ゆっくりと静かに、砂かけ婆は鬼太郎に語る。
「・・・幸せ・・・・。でも、僕はネコ娘がこうやって傷つくのを見たくないよ・・・。」
「確かに、これから先もこういうことがあるかもしれん。
じゃがな、それはネコ娘のお主に対する気持ちが故。
わかってやってくれんかの?」
「・・・・。」
ネコ娘の気持ちはわかっている。
だけど、自分にはそれに答える勇気がないのだ。
自分がネコ娘に好意を抱いていることが周りに知れれば、それは最大の弱点となる。
そうなれば、敵は真っ先にネコ娘を狙うだろう。
それだけはなんとしても避けたい。
そう思うからこそ普段から素っ気なく接しているのに。
もしも、自分の気持ちを素直に伝えられたら・・・。
いつか、妖怪と人間が平和に暮らせる日がきたら・・・。
しかし、そんな日が本当にくるのか。
そんな葛藤を自分の中で何度も繰り返してきた。
(僕は・・・どうすれば・・・。)
「うぅっ・・・。」
一人考え込んでいると、ネコ娘の呻き声が聞こえた。
「ネコ娘!?」
「あ・・・たし・・・。」
「おぉ!目が醒めたか!今、水を持ってくるからの。」
そう言って、砂かけ婆は部屋を出ていった。
「ネコ娘・・・、大丈夫かい?」
鬼太郎は優しくそう話しかける。
「きたろぅ・・・・、ごめんね・・・。」
ネコ娘はうつ伏せのまま、顔だけをこちらへ向けてそう呟いた。
「何言ってるんだ。僕のほうこそ、ごめん。気づいてあげられなくて・・・。」
「ううん、あたしが気づかれないようにしてたんだもん・・・。鬼太郎は悪くないよ・・・。」
痛みに耐えながらも必死に笑顔を作るネコ娘に、鬼太郎は決意した。
「・・・・ネコ娘、あんまり無理しないでよ・・・。
もしも君が死んでしまったらって考えると、僕は・・・怖いんだ・・・。」
「きたろ・・・・・?」
いつになく弱気な鬼太郎にネコ娘は戸惑った。
その様子を見て、鬼太郎はネコ娘の手に自分の手を重ねた。
「あっ・・・・。」
鬼太郎から自分に触れてきたことに驚いたネコ娘が声をあげた。

「ネコ娘・・・。君は僕が守るから・・・、だから僕の傍を離れないでくれないか?」

「!!」
「!!」
驚いたのはネコ娘と目玉おやじだった。
「きた・・・ろぅ・・・・、・・・うんっ。」
感激のあまり涙を流し、嬉しそうに笑うネコ娘。
そんな二人を見て嬉しそうにウンウン、と頷く父がいた。
鬼太郎も照れながら微笑む。
そこへ砂かけ婆が戻ってきた。
「ほれ、水じゃ。・・・ん?なんで泣いておるんじゃ?」
「えへへ・・・・、なんでもないの。お水、ありがとう。」
「???」
おいてきぼりの砂かけ婆をよそに、3人はにっこりと微笑む。

ねぇ、ネコ娘。
君が傍にいてくれるから僕は頑張れるって知ってるかい?
君は力がないからって言うけど、僕には凄く力になってるんだよ。
そんな君がいなくなるなんて、僕には考えられないんだ。
だから、何があっても君は僕が守り抜いてみせるよ。

ねぇ、鬼太郎。
あたしはね、鬼太郎の心が少しでも癒されるようにって思うよ。
戦いの毎日でボロボロになったとき、何も言わずに傍にいたいの。
身体の傷を治すことはできないけど、
荒んだ心が少しでも安らぐように、これからもずっと傍にいるよ。

 

あなたを


君を
   

大切に想っているから・・・・・ 。

 


終 

 

 

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