『悪い冗談はやめてくださいよ』
そう言われてから一週間、ネコ娘は鬼太郎の家には行っていない。
(鬼太郎の・・・バカ・・・。)
まさかないとは思うが自宅に訪ねてくるかもしれないと、
ここのところは朝早くから夜遅くまでバイトに明け暮れている。
長年想い続けている相手に言われる台詞としては、あまりにも傷つくものだった。
(そんなにはっきり否定しなくてもいいじゃない・・・。)
思い出せば鼻の奥がツーンとしてくる。
「ネコさん!」
バイトからの帰り道、一人泣きそうなところへ後ろから声を掛けられた。
「あ、伊藤くん。」
振り返るとバイト仲間の青年がいた。
「帰りですか?」
「あ、うん。伊藤くんはこれから?」
「はい。」
ネコ娘は現在コンビニでバイトしている。
そのため、夜中のシフトに入っている仲間に会うことも珍しくない。
「そっか、頑張ってね!」
笑顔でそう言うが、目の前にいる青年は何やらもじもじしている。
「?」
高校2年の割に幼い顔の彼がほんのり頬を染めているのがなんだか可愛く見えてしまうが、
人間界に長く馴染んでいるネコ娘にはこの先の展開がわかってしまう。
(参ったなぁ・・・。)
「あ、あの、ネコさん!もし、彼氏とかいなかったら・・・、オレと・・・」
「ネコ娘。」
「!?」
勇気を振り絞った彼の告白は、突然現れた少年によって遮られてしまった。
「き、鬼太郎!?」
振り返ればいつからいたのかすぐ後ろに鬼太郎が立っていた。
「最近家にこないから心配したよ。さ、帰ろう。」
にっこり笑ってそう言うと、ネコ娘の手をとって歩き出した。
「え、ちょ、ちょっと鬼太郎!?」
さっきまで頬を染めていた青年は完全においてきぼりで、
ただただぽかんと突っ立っていた。
「伊藤くん!気持ちは嬉しいけど、ごめんね!」
鬼太郎に引っ張られながら、ネコ娘は告白の返事を返す。
「は、はぁ・・・。」
まだ最後まで言ってないのに、あっさりとフラれてしまった。
「なんだったんだろ・・・アイツ・・・。」
段々遠くなる二人の姿を、伊藤青年はただ見つめるしかなかった。
「ちょっと、鬼太郎ってば!」
相変わらず手を引っ張ってスタスタと歩いている鬼太郎に、ネコ娘が抗議する。
「感心しないな。いくら君が働き者でも、こんな夜遅くまで出歩いてるなんて。」
そう言う声は怒っているように聞こえる。
「・・・鬼太郎には関係ないでしょ・・・?」
心配してくれたことは嬉しかったが、誰のせいでこうなっているのかを考えればつい反発したくなる。
しかし、ネコ娘の言葉を聞いて握っている手がピクリと動く。
「ふぅん、僕には関係ないんだ・・・?」
振り向きもせず、鬼太郎はそう言い放つ。
「・・・そうよ。鬼太郎にとってあたしはただの仲間でしかないもの・・・。
仲間なんて、他にもたくさんいるじゃないっ・・・。
あたし一人いなくなったって・・・っ・・・。」
ずっと堪えていた涙が、大きな瞳に滲む。
声が震えているのに気付き、鬼太郎は振り向いた。
「ネコ娘・・・?」
なんで好きになんてなったんだろう。
鬼太郎に特別な感情を持たなければ、こんなに辛い気持ちにならなくて済んだのに。
ぽろぽろと落ちる涙は、まるで胸にしまってある鬼太郎への想いが溢れているように、次から次へと流れ出す。
「ぅ・・・ひっく・・・悪い冗談・・・なんてっ・・・ひどいよぉ・・・!
鬼太郎は・・・そんなにあたしじゃイヤなの・・・?」
「ネコ娘・・・、それで最近家に来なかったのか・・・。」
そう声を掛ける鬼太郎にさっきまでの不機嫌さはなくなり、心配そうに見つめている。
「・・・だから、もう放っておいてよ・・・。」
そう言って鬼太郎の手から自分の手を抜こうとするのを、鬼太郎はギュッと握り止めた。
「!?離・・・してよぉ・・・。」
「イヤだ。・・・離したら、君は僕の前から消えるつもりだろう?」
「・・・・。」
黙って俯くネコ娘を、鬼太郎はぐっと引き寄せた。
「にゃっ!!??」
「・・・ごめん。ごめんよ、ネコ娘。そんなに君を傷つけてたなんて思わなかったんだ・・・。」
耳元で聞こえる鬼太郎の声にドキドキしながら、ネコ娘は呟いた。
「・・・でも、本心に違いないんでしょ・・・?」
「あれは・・・照れ隠しだよ・・・。」
「・・・いいよ、そんな嘘つかなくても・・・。」
一瞬嬉しかったが、すぐには信じられない。
すると両腕を掴まれ、向かい合うように立たされた。
そして、鬼太郎はネコ娘の頬に軽く触れるだけのキスを落とす。
「!!??」
あまりのことにネコ娘は固まる。
すると鬼太郎は照れた様子で口を開いた。
「・・・これで嘘じゃないって信じてくれるかい?」
「・・・・。」
大きな瞳を見開いていたネコ娘は、やがて無言のまま小さく頷いた。
「よかった・・・。」
それを見て鬼太郎はホッとしたような笑顔を浮かべた。
「さ、帰ろう。」
今度はゆっくりとネコ娘の手を引いて歩き出した。
「・・・ねぇ、鬼太郎。」
半歩後ろを歩きながら、ネコ娘が呼びかける。
「なんだい?」
鬼太郎は振り向かずに答える。
「おやじさんの言う通り、あたしってあと200年もしないと見れない・・・?」
鬼太郎の言葉もだが、密かに目玉おやじの言葉にも傷ついていたネコ娘は思い切ってそう切り出した。
すると、それを聞いた鬼太郎がきょとんとした顔でこっちを向く。
「君は今でも十分モテてるみたいだけど?」
「へっ・・・?あ・・・。」
すっかり忘れていたが、そう言われさっきの出来事を思い出した。
「・・・・鬼太郎以外の男の人にモテたって、嬉しくないもん・・・。」
さっきの鬼太郎の行動のせいか、今日はいつもよりも素直になっていた。
いつだって一途なネコ娘だが、こうして言葉にされると想いの強さを感じられて、
鬼太郎の胸に温かい気持ちが溢れる。
「・・・僕は、今のままの君が・・・」
好きだよ。
そう言いかけたが、突如妖怪アンテナが激しく反応した。
「妖気!?」
「えっ!?」
言葉の続きを待っていたネコ娘に対し、鬼太郎の意識はすでに辺りに潜む妖怪に向いていた。
「・・・あっちだ!!急ごう!ネコ娘!!」
険しい顔つきでそう言うと、下駄を忙しく鳴らし駆け出した。
「え、あ、ちょっと、鬼太郎!続きは・・・って、待ってよぉ!!」
せっかく鬼太郎の気持ちが聞けると思ったのに、なんとタイミングの悪い妖怪か。
ネコ娘はそんなふうに考えながら、鬼太郎の後を追う。
その後、悪さをしている妖怪を見つけるが、いつも以上に気合いの入ったネコ娘にあっさり倒された。
「まったく!邪魔しないでよね!!」
「・・・。」
フーフーと息を荒くしているネコ娘を、鬼太郎はぽかんと見ていた。
「さぁ、鬼太郎。さっきの続き、聞かせて?」
猫化を解き、クルッと笑顔で振り向いた。
「えっ?僕何か言ったっけ?」
「にゃっ!?」
「さぁ~て、悪い妖怪も倒したし早く帰ろう。
ふぁぁ~・・・僕、眠くなってきたよ・・・。」
これでもかという惚けっぷりに、ネコ娘は唖然としてしまう。
「・・・ちょっと!鬼太郎っ!!」
「置いてくよ、ネコ娘。」
鬼太郎はそう言って一人歩き出す。
「もうっ!待ってよぉ!!」
ネコ娘は怒りながら鬼太郎の後に続いた。
その後いくら聞いても鬼太郎は惚けてばかりで、結局肝心なところは聞けず仕舞いだった。
大丈夫だよ、ネコ娘。
その時が来たら、ちゃんと僕から伝えるから。
それまではもう少しこのままで・・・。
終