祭りの夜に

梅雨も明け、夏らしい日差しと共に蝉の声が響き始めた7月のある日。

「どうじゃ?鬼太郎。」
「とってもよく似合ってますよ、父さん。」
ちゃぶ台の上で目玉おやじが得意げに見せたのは、その小さな身体にぴったりの甚平。
「お前も似合っとるぞ。」
「ありがとうございます。」
そう言われて笑う鬼太郎も、お揃いの甚平を身に着けていた。
「ネコ娘には感謝せんとのう。」
「そうですねぇ。」
二人が着ている甚平は、数日前にネコ娘が持ってきてくれたものだった。
「おっと、そろそろ時間じゃぞ、鬼太郎。」
「あ、はい。じゃあ、行きましょうか、父さん。」
そう言って、揃いの甚平姿で親子は出掛けていく。

「あ、鬼太郎っ!」
向こうから歩いてくる鬼太郎の姿を見つけたのは、長屋の前にいたアマビエだった。
「やぁ、アマビエ。」
親子が向かったのは妖怪横丁。
今日は夏祭りの日だったのだ。
鬼太郎はネコ娘に誘われて、長屋の前で
待ち合わせをしていた。
「さて、わしは早速子泣きと一杯やってくるかの。」
頭の上で嬉しそうな父に、飲みすぎないでくださいね、と笑顔で言うと、
鬼太郎は長屋の中へと父を下ろした。
「あら、鬼太郎。」
「やぁ、ろくろ首。」
父を見送る鬼太郎に声を掛けてきたのはろくろ首だった。
「ネコ娘は?」
「ネコちゃんは今、奥で浴衣に着替えてるわ・・・あぁ、出来たみたいね。」
そういうろくろ首の視線を追うと、奥からネコ娘が出てきた。
「あ、鬼太郎!ちゃんと着てくれたのねっ!」
鬼太郎の甚平姿に、ネコ娘は嬉しそうに笑う。
「・・・・・・・・・・。」
しかし、当の鬼太郎は無言のままだった。
「鬼太郎??どうしたの??」
「えっ!?あっ・・いやぁ・・・、なんでもないよ!」
慌ててそう返事をする鬼太郎を不思議そうに見つめるネコ娘だが、
その姿はいつもよりも随分と大人っぽく、鬼太郎は見惚れてしまったのだ。
薄桃色の生地に、蝶や花の模様があしらわれた浴衣に、落ち着いた紫の帯。
髪は結ってあり、後ろの高い位置でお団子になっている。
そこから少しだけ垂らされた髪が可愛らしい。
耳には蝶の形の
イヤリングをしており、
いつもはしない薄化粧まで施されていて、その唇には淡い色の紅が引いてある。
普段とは違う女らしさに、鬼太郎はほんのり頬を染めた。
「ふふっ、変な鬼太郎。」
しかし本人は気づいていないようで、小首を傾げている。
(参ったな・・・・。)
鬼太郎は一人心で呟いた。
「よう!みんな!」
突然そう言って現れたのは蒼坊主と黒鴉だった。
「蒼兄さん!黒鴉さん!」
「いや~、せっかくネコちゃんに祭りがあるから、って教えてもらったのに道に迷っちまってよ。
だが、偶然黒鴉と出会ってな。一緒にどうかって誘ったんだ。」
「えぇ、ちょうど
パトロールを終えて帰るところでしたし、少しお邪魔しようかと。」
「そうだったんですか。ゆっくりしていってください。」
「賑やかになりそうね!」
「ネコ娘殿・・・。」
嬉しそうに笑うネコ娘の姿を、黒鴉はまじまじと見つめた。
その頬は、鬼太郎同様やはり仄かに赤い。
「おっ!ネコちゃん!今日は随分と大人っぽいな!」
「えぇ~??本当~?」
二人と違い思ったことを素直に口にする青坊主の言葉に、ネコ娘は照れ笑いする。
「本当さ。これなら、並んで歩いても兄妹には見られねぇかもな!」
「やだ~、蒼さん!そんなに褒めても何も出ないわよ~?」
そう言いながらもその顔は嬉しそうだった。
「いえ、本当に美しい。いつも美しいですが、今日は一段と・・・。」
蒼坊主の意見に賛同するように、黒鴉も素直に褒める。
「やっ、やだぁ!黒鴉さんまで・・・・。でも、ありがとうございますっ!」
頬を染めながら笑顔を振りまくネコ娘を、一人面白くなさそうに見ていたのは鬼太郎だった。
(お~お、怖い顔しちゃって・・・。)
本人に自覚はないのだろうが、明らかに不機嫌そうな顔を蒼坊主は見逃さなかった。
「じゃあ、そろそろ行きましょ!」
そう言ってネコ娘は皆を先導していく。

この日の横丁はいつにも増して賑やかだった。
元々騒ぐことが好きな妖怪たちは、ここぞとばかりに盛り上がっていた。
左右を見渡せばいろいろな出店が立ち並んでいる。
「やっぱりお祭りは賑やかでいいわね~!」
「まぁ、ここいらの連中は年中騒がしいけどな。」
そんな会話を交わしながら歩いていると、ネコ娘が突然ぴたりと止まった。
「ん?どうした?ネコちゃん。」
そう言ってネコ娘の視線の先を見ると、そこは金魚すくいの店だった。
「なんだ、金魚すくいがしたいのかい?」
「あ、うん・・・。でもあたし、魚見るとつい手が出ちゃって、取れたことないの・・・。」
そう言ってしゅんとするネコ娘を、黒鴉が見つめる。
(なんと儚げな・・・。)
そんな風に考えて頬を染めるが、その後ろで眉間にしわを寄せている人物がいるとは夢にも思っていない。
「よっしゃ!んじゃあ、ネコちゃんのためにオレが一肌脱ぐとするか!」
そう言って蒼坊主は店主に代金を渡し、ポイを受け取る。
「蒼さん!やったことあるの!?」
「まぁ、何度かな。・・・・それっ!」
「わぁ~!取れた!!蒼さん、上手~!!」
一匹掬うごとに嬉しそうに手を叩くネコ娘が可愛らしくて、蒼坊主は次々に金魚を掬っていく。
しかし6匹ほど掬ったところでポイが破けてしまった。
「あ~あ、6匹か~。」
「十分よ!器用なのね、蒼さんって!」
掬った金魚をビニールに入れてもらい、ネコ娘が受け取った。
「喜んでくれたかい?」
「うんっ!凄く嬉しい!ありがとう、蒼さん!」
最高の笑顔でそう言うネコ娘に、蒼坊主は屈託のない笑顔で答える。
そんな二人の様子を黒鴉も笑って見ていたが、その後ろで笑っていなかったのは鬼太郎だった。
(・・・まったく。そんなに焼くぐらいならもっと素直になればいいものを・・・。)
普段からネコ娘に対して素直じゃない鬼太郎を煽っているのだが、当の鬼太郎はまだ行動を起こさないでいた。


それからしばらく横丁を歩き、いろんな店を見て回った。
「あっ!」
そう声をあげてネコ娘が指差す先には、輪投げの店。
「やってみたらどうだい?」
そう勧める蒼坊主に、ネコ娘もやる気満々のようだった。
「うんっ!」
右手で輪を持ち、左手で右腕の袂を押さえ狙いをつける。
「・・・・それっ!」
気合を入れて投げてみたものの、はずれてしまった。
「あ~、はずれた~・・・もう一回!えいっ!」
そう言って4つの輪を投げるが、どれもはずれてしまった。
「あ~~ん、あと一つしかないのに~~・・・。」
「ネコ娘殿、よければ私にやらせてもらえませんか?」
黒鴉はそう言って、ネコ娘に並んだ。
「えっ?あ、はい!」
ネコ娘から輪を受け取ると、狙いを定めて輪を投げる。
すると見事に棒に通った。
「わ~!黒鴉さん、すご~い!!」
目を
キラキラさせて喜ぶネコ娘を、黒鴉も嬉しそうに見つめていた。
「おめでとう!さぁ、好きな景品を選ぶといい。」
店主にそう言われ景品を見てみるとそこには、
前に鬼太郎グッズで盛り上がったときに作ったであろう、
鬼太郎のマスコットやちゃんちゃんこなどが並べられていた。
売れ残りを景品にするあたりがさすが妖怪か。
「あはは・・・・、じゃあ、コレ!」
「はいよ。」
苦笑いしながらも、ネコ娘は景品を選び店主から受け取ると、すぐに袂にしまってしまった。
「黒鴉さん、どうもありがとう!」
「いえ、ネコ娘殿に喜んでもらえるならこれくらいのこと・・・。」
「おっ、もう日も暮れてきたな!黒鴉、一杯どうだい?」
そう言って、蒼坊主は猪口を口に運ぶ仕草をする。
「そうですね。せっかくですし。」
「よし!んじゃ、オレと黒鴉は長屋に戻るから、あとは二人で回りな!」
「えぇっ!?ネコ娘と二人で??」
「ちょっと、鬼太郎!あたしと二人じゃ嫌なわけ!?」
「え、いや・・・そういうわけじゃ・・・。」
「ほらほら、仲良くしねぇか。せっかくの祭りだってのに。」
相変わらずのやり取りを見て、蒼坊主は二人の頭に手を置いた。
「さ、行った、行った!」
「じゃあ、また後でね、蒼さん、黒鴉さん!」
「おう!」
「また後ほど。」
そう言って二人は長屋へと戻っていった。

「さぁ、あたしたちも行きましょ!」
二人を見送り、ネコ娘も歩き出す。
「・・・ネコ娘、足痛いんじゃないのかい?」
「えっ・・・・?」
前を歩くネコ娘を見て、鬼太郎が突然そう切り出す。
「さっきから歩き方がおかしかったじゃないか。」
「・・・鬼太郎、知ってたの・・・?」
履きなれない
下駄で指の間にマメができてそれが潰れてしまっていたのだが、鬼太郎は気づいていた。
「まったく・・・。そんな履きなれないもの履いてるから・・・。」
「っ!!だ、だって!!・・・・。」
鬼太郎に見せたくて・・・そう言いたかったが言葉がでてこなくて俯いてしまう。
俯いたままのネコ娘の耳に、ふぅ、と溜め息が聞こえたかと思うと、突然身体が宙に浮いた。
「にゃっ!?」
気づけば鬼太郎に抱えられていた。
「きっ・・・鬼太郎!?」
「ちゃんと掴まって。」
そう言われ、おずおずと首に腕を回す。
「いくよ。」
「?」
どこへ?と聞く間もなく、鬼太郎はそのまま飛び上がった。
「にゃっ!?」
びっくりして声をあげるネコ娘などお構いなしに、鬼太郎は店を飛び越え山へと登っていく。
その間、鬼太郎はさっきまでのことを思い出していた。
蒼坊主や黒鴉に向けられていた笑顔。
それが悔しくてつい尖った言い方をしてしまった。
履きなれない下駄もその浴衣も、きっと自分に見せるために選んだのだろう。
それがわかっていたのに、自分は褒めてやることもできなかった。
今この腕の中にいる少女は、いつだって自分のことしか見ていないのに。
つまらない嫉妬で悲しませた自分に腹が立った。
チラッとネコ娘を見れば、頬はほんのり赤く恥ずかしそうに俯いている。
その伏せている睫がやけに色っぽい。
ずっとこうして抱いていたいのに、そこから手を離してしまうのはいつだって自分だ。
(僕も、蒼兄さんみたいに、素直になれたらな・・・。)
そんな風に考えていると、やがて小高い丘に辿り着いた。
「着いたよ。」
そう言えば、頬を染めたままきょとんと見上げる瞳と目が合う。
その顔があまりにも可愛らしくて、鬼太郎の胸が跳ねる。
名残惜しげにゆっくりと降ろしてやると、きょろきょろと周りを見渡している。
「ネコ娘、座りなよ。」
そう言って、腰を下ろした自分の横をポンポンと叩く。
「あ、うん。」
ネコ娘短く返事をして、ちょこんと腰を下ろす。
「もうすぐ
花火が上がるからね。ここからだとよく見えるだろう?」
鬼太郎は前を向いたままそう言う。
それを聞いたネコ娘は、二人きりで花火を見ようと誘ってくれたことが嬉しくて笑顔になる。
すると、思い出したように袂から何かを出した。
「あ、そうだ!鬼太郎、見て!さっき輪投げでもらった景品!」
そう言って
取り出した景品に目をやれば、ネコ娘の手の平には鬼太郎のマスコットがあった。
「・・・これ・・・。」
「えへへ・・・、これ、あたしの宝物にしようと思って・・・。」
「宝物・・・・。」
そう。
ネコ娘が誰に笑顔を向けていても、考えているのはいつでも自分のこと。
そんな一途な想いに、鬼太郎の胸は締め付けられた。
すると、ネコ娘の身体がそっと引き寄せられた。
「え・・・・?」
「・・・ありがとう、ネコ娘。」
ネコ娘の頭に自分の頭をくっつけて、鬼太郎は静かにそう言った。
「えっ・・・あ・・・どう・・・いたしまして・・・。」
突然引き寄せられたことに顔を赤くしているネコ娘には、
何がありがとうなのか
さっぱりわからなかったが、沈黙に耐えられずそう言った。
まるで時が止まっているのではないかと思うほど、永遠にも感じられる時間だったが、
ヒュウ、という音で二人は現実に引き戻される。
「あ・・・。」
二人揃って空を見上げれば、大輪の花火が夜空に咲き誇っていた。
「わぁぁ・・・・、キレイ・・・。」
「・・・そうだね。」
ネコ娘は花火を見て感激しているが、鬼太郎は花火ではなくネコ娘の横顔を見つめていた。
本当にキレイだと思った。
ふと視線が気になりネコ娘が横を向くと、自分を見ている鬼太郎と目が合った。
「あっ・・・・。」
見られていたことに気づき頬を染めると、鬼太郎は優しく笑う。
そんな優しい笑顔が自分に向けられているとわかり、ネコ娘は嬉しくなる。
「ねぇ、鬼太郎。来年も・・・再来年も・・・こうして一緒に見れるかな・・・?」
遠慮がちにそう言えば、
「あぁ、きっとね・・・。」
と答える。
そしてネコ娘の手には、鬼太郎の手がそっと乗せられていた。
二人の胸には温かいものが溢れ、この時が永遠ならばいいと夜空に願った。

 

 

 

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