見つけたものは

ヤトノカミとの戦いが終わり日本に平和が戻った後、
それまで毎日のように鬼太郎の元に訪れていたネコ娘が、あまり姿を見せなくなった。
何日かは訪れていたのだが、目当ての鬼太郎はあれ以来ぼーっとしていて、
ネコ娘が来たことにも気付かない始末。
その度寂しそうに帰っていくネコ娘を、目玉おやじは不憫に思っていた。
するとある時から、ネコ娘がパッタリと来なくなった。

「鬼太郎、最近ネコ娘の姿が見えんようじゃが・・・。」
「え?あぁ・・・
バイトが忙しいんじゃないですか?」
「・・・そうならいいが・・・。」
目玉おやじにはわかっていた。
鬼太郎が華に少なからず好意を持っていたこと。
そして、それをネコ娘が感じ取っていたことを。


ある日、親子は横丁を訪れていた。

「ねぇ鬼太郎、ネコちゃんの姿が見えないんだけど、知らない?」
そう心配そうに声を掛けてきたのはろくろ首。
「いや。バイトが忙しいんじゃないのかい?」
「バイトどころか、横丁にもいないみたいなのよ。」
てっきりバイトが忙しいとばかり思っていた鬼太郎は驚いた。
「何か事件に巻き込まれてたりしてないといいんだけど・・・。」
ろくろ首はそう溜め息をつく。
(ネコ娘・・・。)


遡ること2週間。
ヤトノカミとの戦いの後、華のことを引きずっている鬼太郎を見ていたネコ娘は、
あることを決意していた。

ある日、ネコ娘は横丁にいた蒼坊主に話しかけた。

「蒼さん。」
「よぅ、ネコちゃん。」
「ねぇ蒼さん、今度はいつ旅に出るの?」
「明日の朝にでも出発しようと思ってるけど、なんかあったか?」
ネコ娘の暗い表情に気付いた蒼坊主は、そう聞いてみる。
「・・・あのね、あたしも連れて行って欲しいの。」
そう言って俯いてしまう。
「一体どうしたってんだ?ネコちゃん。」
急な申し出に、何かあったのだろうと穏やかに聞く。
「・・・鬼太郎の側には、もういられないから・・・。」
そう言って、泣き出しそうな笑顔を見せる。
それを見た蒼坊主には、なんとなくわかっていた。
(ったく・・・、アイツもしょうがねぇなぁ・・・。)
「・・・よし、わかった!一緒に行くか!」
方向音痴な自分と違って、ネコ娘ならいつでも帰ってこれる。
それに、少しは鬼太郎にわからせてやる必要がある。
蒼坊主はそんなふうに考えていた。
「本当!?」
「 あぁ!ちゃんと明日の朝までに準備しといてくれよな!」
「うん!あ・・・蒼さん、この事、鬼太郎には言わないでね・・・。」
「・・・あぁ、わかった。」
こうして翌日の早朝、二人は誰にも気付かれずに旅に出たのだった。


ネコ娘が横丁から消えて1ヶ月。
華の事を考える時間も少なくなると、さすがに鬼太郎もネコ娘が心配になってくる。
元々華に抱いていたのが恋心だったのかどうかも定かではない。
似た境遇から既視感を覚えていただけなのかもしれない。
所詮は人間と妖怪。
生きる時間が違いすぎる。
時間が経てばお互いに忘れていくだろう。
しかしネコ娘は妖怪だ。
そして、今までずっと側にいた。
毎日のように訪ねてきていた少女がある日からパッタリと姿を見せなくなった。
(一体どこへ・・・。)
「のぅ鬼太郎、あの後暫くはネコ娘が来ておったのを知っておるか?」
「えっ?」
「いつものようにお前に話しかけておったが、
肝心のお前はぼーっとして聞いてなかったからのぅ。
その度、寂しそうに帰って行ったんじゃよ・・・。」
「・・・そう・・・だったんですか・・・。」
鬼太郎は、ネコ娘の寂しげな姿を思った。
(もしかして、それが原因で・・・。)
「鬼太郎、本当に大切なものを失ってから気づいても遅いんじゃよ。」
「・・・本当に、大切なもの・・・。」
父の言葉を噛み締めるように呟く。
(僕にとって、本当に大切なものって・・・。)


ネコ娘がいなくなって2ヶ月。
鬼太郎はいつにも増してぼーっとすることが多くなっていた。
たまに階段を上がってくる足音を聞けば、ガバッと起き上がり戸口を見つめていた。
しかしそこにネコ娘の姿はなく、大抵はねずみ男か横丁の仲間。
その度鬼太郎は溜め息をつく。

「鬼太郎、探しに行ってはどうじゃ・・・。」
見ているほうが辛くなるほど、鬼太郎の姿は痛々しかった。
「・・・。」
一体どこを探せばいいのか。
手掛かりも何もない状態で、鬼太郎には見当もつかない。

「父さん・・・、ネコ娘は僕が嫌いになったんでしょうか・・・。」
「嫌いになれたほうが楽かもしれんのぅ・・・。」
どんなにアプローチされても素っ気なくあしらってきた。
ネコ娘の気持ちを知らないわけじゃない。
だけど、あまりにも近すぎて自分の気持ちに気付けなかった。
いつでも、どんなときでも側にいたネコ娘。
彼女が自分から離れていくなんて、考えたこともなかった。
いつでも自分を想ってくれるネコ娘に甘えていたのだ。
(いなくなって初めて気づくなんて、僕は・・・バカだ・・・。)

「・・・父さん、ネコ娘を探しに行ってきます。」
鬼太郎はそう言ってスッと立ち上がる。
「何が大切か、わかったんじゃな?」
「はい!」
そうはっきりと返事をする鬼太郎の顔は決意に満ちていた。
するとそこへ化け烏が手紙を咥えて飛んできた。
「手紙?ありがとう。」
クチバシから手紙を取り差出人を見ると、蒼坊主からだった。
「誰からじゃ?」
「蒼兄さんからです・・・。」
そう言いながら封を開ける。


『よう、元気か?
連絡が遅くなっちまってすまねぇ。
口止されてたんだが・・・、一応知らせとくぜ。
ネコちゃんはオレと一緒にいるから心配するな。
最初はすぐに帰るって言うだろうと思ったんだが、なかなか頑固でな。
でもよ、旅に出てからずっと無理して明るく振る舞っててよ。
見てるこっちが辛いくらいだ。
鬼太郎、ネコちゃんがお前を想って側にいるのは知ってるな?
近すぎてわかんねぇかもしれねぇが、お前にとってもネコちゃんは大事なはずだ。
お前自身がそれに気付いたら、迎えにきてやれよ。
今は
長崎の五島に向かってるところだ。
失って気づくのは、バカのすることだぜ!』


「・・・よかった。」
「どうした?」
「ネコ娘、蒼兄さんと一緒だそうです。」
「そうか。」
二人に安堵の笑みが浮かぶ。
「ははは・・・蒼兄さんにも言われちゃいました。」
「ん?」
なんのことかわからない目玉おやじの前に手紙を置き、
「行ってきます!」
と、鬼太郎は元気よく出かけていった。


「五島っていったら、
釣りの名所なんだ。美味しい魚もたくさんあるぜ!」
「うん、楽しみね!」
そう笑顔を返してはいるが、この旅に出てからネコ娘は確実にやつれた。
食事があまり喉を通らないのだろう。
そんなネコ娘になんとかして最低限食べさせてはきたが、そろそろ限界も近い。
そう思い、蒼坊主は鬼太郎に手紙を出したのだ。

「さて、ちょっと休憩するか。」
「あ、うん。」
二人は浜辺に腰を下ろし、海を見つめていた。

「なぁ、ネコちゃん。」
「?」
「男ってのはいつまでたっても
子供だからさ、
当たり前に側にいるとそれがどれだけ大事なのかがわからねぇんだ。」
「蒼さん・・・。」
海を見つめたままの蒼坊主の言葉を、ネコ娘は黙って聞いていた。
「だけど、離れた今ならアイツもわかると思うぜ?
だから、これからもアイツの側にいてやってくれねぇか。」
そう言って、ニカッと笑う。
「・・・でも、鬼太郎は華ちゃんの事を・・・。」
「確かにあのコに好意は持ってたかもしれねぇが、
それが恋心かどうかは本人にもわからねぇと思うぜ?
それに相手は人間だ。
鬼太郎だってそんなことわかってるはずだ。」
「・・・・。」
どんなに信頼している蒼坊主の言葉でも、やはり本人の言葉ではない。
ネコ娘はどうしても信じることができなかった。
「まっ、オレが言うより本人から聞いたほうがいいかもな。」
まるでネコ娘の気持ちを読んだかのように、苦笑いを浮かべる。
「まだ・・・帰れないよ・・・。」
ネコ娘はそう呟いて涙を溢す。
「大丈夫さ。」
何が大丈夫なのかと顔を上げれば、目の前にはいつの間にか鬼太郎が立っていた。
「きっ、鬼太郎!!??」
「やぁ、ネコ娘。」
そう言って眉を下げる。
「ど・・・どうして・・・。」
あまりに突然の出来事に、ネコ娘は目を見開いてそう呟くことしかできなかった。
(まったく、世話の焼ける奴らだぜ・・・。)
二人の様子を見ていた蒼坊主はそう心で呟き、静かにその場から去った。
「心配したよ。」
そう言ってネコ娘の顔を見れば、
ふっくらとしていた頬は少しコケていて、
どれだけ悩んでいたのかが見て取れた。
「・・・ネコ娘、帰ってきてよ。」
膝をつき、ネコ娘の瞳を見つめながら優しくそう切り出す。
「・・・あたしは・・・鬼太郎の仲間でしょ?
・・・仲間なら他にもたくさんいるわ。
あたし一人いなくても、鬼太郎は困らないでしょ?」
ネコ娘にはネコ娘なりの覚悟があった。
だから簡単に戻ることは出来なかった。
「確かに君は仲間だよ。だけど、他の仲間とは違うって気付いたんだ。」
気づくのが遅くなっちゃったけど、と付け加えて頭を掻く。
「・・・何が違うの?」
袖で涙を拭いながら、ネコ娘はそう聞き返す。
「僕は、いつも側にいてくれる君に甘えて、本当に大切なのが誰なのかわかってなかった。
居なくなって気付くなんてバカだよね・・・。」
鬼太郎の言葉は嬉しかった。
でもまだ引っかかっていることがあった。
「・・・・華ちゃんは・・・?」
「あれから一度も会ってないし、多分僕と似た境遇にあったことに惹かれていたんだと思う。
今ならわかるよ。あれは多分恋じゃなかった。」
ネコ娘が居なくなってから考えたのは、華の事ではなかった。
それが答えなのだろうと、鬼太郎自身も気付いた。
「華ちゃんだけじゃないわ!大体鬼太郎は惚れっぽいもの!
・・・あたし、誰かを想う鬼太郎の側には、もういられない・・・。
心が、壊れてしまいそうなくらい、苦しいの・・・。」
こんなに苦しいなら、好きになんてなるんじゃなかった。
何度そう思ったかわからない。
そんな胸の内を言葉にすれば、気持ちが溢れ出すように涙がポロポロ落ちる。
そんなネコ娘の想いが、鬼太郎の胸に突き刺さる。
(こんなにも苦しめていたのか・・・。)
「・・・ごめん。ごめんよ、ネコ娘・・・。」
そう言って、包み込むようにネコ娘の身体を抱きしめた。
「!!」
鬼太郎の行動に、ネコ娘は目を見開いた。
「きた・・・ろ・・・?」
「君が傍にいてくれないと、僕が僕じゃないみたいなんだ。
だから、戻ってきてよ・・・。」
いつになく弱気な声でそう懇願する。
「・・・でも、鬼太郎はきっとまた人間に恋をするわ・・・。」
鬼太郎の言葉は心から嬉しい。
だけどそれで不安が
消えるわけではない。
それは長年想ってきたからこそだ。
「もう、君以外見ないよ・・・。君を失うなんて、もう考えられないんだ。」
そう訴える声は掠れていた。
「・・・信じて・・・いいんだよね?」
流れる涙を拭うこともせず、ネコ娘は呟くように問う。
「約束するよ。この先ずっと、君だけを見つめていくから。」
言い終わるとネコ娘の顔を見つめた。

「誰よりも君が大切なんだ。これから先も、ずっと傍にいて欲しい。」
真剣な顔でそう誓う。
それを見て、ネコ娘の瞳からは次々に涙が溢れた。
「ひっく・・・きたろ~!!」
今まで押さえつけてきた想いが一気に溢れ出す。
鬼太郎に飛びつきわんわん泣くネコ娘を、鬼太郎はギュッと抱きしめた。
戦闘以外で
抱きしめることなどなかった。
自分より背の高い少女の身体は、びっくりするほど華奢だった。
強く抱きしめたら折れてしまいそうだ。
鬼太郎は改めて決意する。
この少女だけは、何があっても守り抜くと。
いつしかネコ娘は泣き疲れたのか眠ってしまった。
そんなネコ娘を抱き上げ、鬼太郎は歩き出す。

さぁ、帰ろう。
僕らの森へ・・・。


 

 

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