僕が望むのは・・・

その日、鬼太郎とネコ娘、それに横丁の何人かで妖怪退治に来ていた。
相手の妖怪は手強く、鬼太郎達は苦戦していた。

「くそっ!」
「なんとかあやつを捕らえることができればのぅ・・・。」
先程からちゃんちゃんこで捕らえようとするものの、動きが素早く避けられてしまっていた。
鬼太郎は立ち上がり、敵に向かって走り出した・・・が、
「うわっ!!」
勢いよく駆け出そうとしたその時、突然
下駄の鼻緒が切れた。
鬼太郎はバランスを崩し、そのまま前に倒れこむ。
すると、その隙を見逃さなかった敵が鋭く長い爪を、鬼太郎に向かって振り降ろした。
「鬼太郎!!!」
ネコ娘の悲痛な声が聞こえた。
「!!」
ヤラれる。
そう思って目を閉じたが、予想していた衝撃はない。
不思議に思って目を開けると、目の前にはネコ娘が倒れていた。
「ネコ娘っ!!」
急いで身体を起こそうと手を伸ばしたとき、
「鬼太郎!今じゃ!!」
と、少し離れたところで敵を抑えつけることに成功した子泣き爺と砂かけ婆、
それに一反もめんが鬼太郎にトドメを刺すよう呼び掛けてきた。
それを見て、鬼太郎は一先ず敵に意識を戻した。
鼻緒の切れた下駄を脱ぎ捨て全力で走り、
ちゃんちゃんこに体内電気を帯電させ敵に投げつけた。
「ギャアアアァァァ・・・!!!」
敵は断末魔を残し消滅した。
鬼太郎はそれを見届けるとすぐに踵を返し、倒れているネコ娘の元へと向かう。
「ネコ娘!!」
名前を呼びながらうつ伏せの身体を起こし仰向けにすると、
胸から腹にかけて引き裂かれていた。
「!!!」
そしてその傷口からは夥しい出血。
鬼太郎はネコ娘の痛々しい姿に愕然とした。
そこへ砂かけ婆と子泣き爺、一反もめんも駆け付けてくる。
「なんと!酷い傷じゃ!!」
三人ともネコ娘の姿に眉を寄せる。
「お婆!早くネコ娘を!!」
「いや、これはワシでは無理じゃ・・・。すぐに恐山に運ぶんじゃ!」
「っ・・・!・・・わかった!一反もめん、頼む!!」
「任せんしゃい!」
「お婆、父さんを頼む!」
「わかった。」
鬼太郎はネコ娘を抱え、一反もめんに飛び乗った。
余程のことでない限り、こういった時の
治療は砂かけ婆に任せてきた。
しかし、今回は頼みの砂かけ婆でも治せる自信がないようだった。
鬼太郎はそのことに不安を覚えた。

(まさか・・・助からないんじゃ・・・。)

その時、鬼太郎の腿に温かい何かが流れてきた。
見ればネコ娘の傷口から滴る血だった。
「!!ネコ娘っ!!」
あまりに酷い出血に、鬼太郎は堪らず名前を呼ぶ。
すると、ずっと閉じていた瞼が少し開いた。
「ネコ娘っ!!」
「・・・きた・・・ろぅ・・・。」
消え入るようなか細い声で鬼太郎の名前を呼ぶ。
「ネコ娘、今
病院に向かってるから・・・。」
刺激してはいけないと、なんとか自分を落ち着かせそう説明すると、
ネコ娘は少し考えるような間を置いてから口を開いた。、
「・・・そっか・・・。鬼太郎が無事でよかった・・・。」
病院に向かっているということは、余程の傷なのだろう。
ネコ娘は理解した。

(もしかしたら、助からないのかもしれない。)

と。
「良くないよ!なんであんな無茶を・・・。」
こんなになってまで鬼太郎のことを心配するネコ娘に、鬼太郎は憤りを隠せなかった。
「だって・・・、鬼太郎は人間と妖怪の希望だもの・・・。
それにあたしは、鬼太郎の役に立つために、側にいるんだよ・・・。」
ネコ娘は苦しそうに顔を歪めながら、必死に笑って見せる。
そんなネコ娘を見て、鬼太郎は言葉にならないほどの悔しさに襲われた。
「・・・ごめんっ・・・ネコ娘・・・っ!!」
普段から側で
サポートしてくれるネコ娘に甘えていた。
側にいるのが当たり前になってしまった。
だからこそ守らなければいけないのに。
そんなふうに自分を責めていると、ネコ娘が目を閉じて口を開いた。
「・・・鬼太郎が前に葵ちゃんに言ってくれた言葉、嬉しかった・・・。」

『もしもネコ娘が死んだら、僕も同じ怒りに襲われるに決まってる。』

「・・・・。」
「あれがもし他の誰かでも、鬼太郎は同じことを言ったかもしれない・・・。
だけど、例え仲間としてでも大事に思ってくれてるんだって思ったら、
やっぱり嬉しかったよ・・・。」
「・・・ネコ娘・・・?」
なぜ急にそんなことを言うのか。
まるでいなくなるような話し方に、鬼太郎の胸に不安が広がる。
「鬼太郎・・・、ちゃんとご飯食べて、寝てばっかりいちゃ・・・ダメだからね・・・。」
そう言ってネコ娘は涙を滲ませて微笑んだ。
「何言ってるんだ!!ネコ娘!!」
ネコ娘の笑顔があまりにも優しくて、まるで天使のようだと思った。
そしてこのまま空へと帰ってしまうような気がして、鬼太郎の
心臓は煩く鼓動する。
「鬼太郎・・・、最後のお願い・・・聞いてくれる?」
「!!・・・最後って・・・。ネコ娘!しっかりするんだ!
僕にできることならなんでも聞くから!!」
必死になって自分を思ってくれている鬼太郎の姿を見て、ネコ娘は眉を下げる。
「・・・キス・・・してくれる?」
恋人になることは叶いそうにない。
だからこれは最後の我が侭。
「っ!!できないよ!もしもその願いを聞いたら、君は死んでしまうんだろう!?
そんなのダメだっ!」
苦しげにそう言って、今度はすぐに優しくネコ娘を見つめた。
「だから、そのお願いは君が元気になったら聞くよ・・・。」
泣き出しそうな笑顔で、鬼太郎はそう言った。
「鬼太郎・・・、ありがとう・・・。」
そんな鬼太郎の顔を見て、ネコ娘は少しホッとする。
目を閉じればフワフワと浮いているような、幸せな感覚に包まれた。
「・・・・。」
「ネコ娘・・・?」
目を瞑り微笑んでいるネコ娘の胸に耳を近づければ、心臓はまだ動いている。
鬼太郎は胸を撫で下ろした。
すると一反もめんが声を掛けてきた。
「到着したとよ!」

病院の中へネコ娘を運び、直ぐ様オソレに事情を説明した。
「こりゃマズイ。出血が酷くて体温が下がってきておる。輸血が必要じゃな。」
「輸血・・・。」
「生憎この病院には常備しておらん。今輸血できるのは鬼太郎、お主だけじゃ。」
「僕の血でいいなら!!」
自分の血液でネコ娘を助けられるかもしれない。
ならば迷うことは何もない。
「・・・しかし、うまくいくとは限らん。」
「!!なぜです!?」
「この娘は猫族。お前さんは幽霊族。只でさえ幽霊族の力は他の妖怪を超越しておる。
お前さんの血がこの娘に合うかどうかはやってみんことにはわからんのじゃ。」
「じゃ、じゃあ・・・、もし合わなかったら・・・。」
「この娘は助からん。」
「!!・・・そんな・・・。」
自分なら助けられる。
そう思ったのも束の間。
もしかしたら自分がネコ娘を死なせてしまうかもしれない。
どうしたらいいのかわからず、腕の中で少しづつ冷たくなっていくネコ娘を見つめた。
「どうする?このままでは確実に死ぬぞ。」
オソレの声に、鬼太郎は弾かれたように顔を上げた。
「・・・このまま死なせるなんて・・・絶対にできない!!僕の血を使ってください!!」
何もしないで死なせるわけにはいかない。
少しでも可能性があるのなら、それに賭けるしかなかった。
「・・・わかった。」
オソレにもその決意は痛い程伝わった。
短くそう言うと、
手術室へと歩きだした。


数時間後。

手術室の入口付近で待っていた鬼太郎と一反もめんの前にオソレが現れた。
「ネコ娘は!?」
「ひとまず傷口は塞いだ。あとは本人の生命力に賭けるしかない。」
「・・・・。」

オソレに連れられ病室に入ると、ベッドに横たわるネコ娘の姿があった。
「ネコ娘・・・。」
相変わらず顔は青く、時々苦しげに呻いている。
「手は尽した。あとは目覚めるのを待つしかない。」
「・・・ありがとうございました。」
オソレは一つ頷くと、病室を出て行った。
「一反もめん、一度戻ってみんなに今の状況を説明してくれないか?」
「任せんしゃい。
・・・鬼太郎、あんまり自分を責めちゃいかんばい。ネコ娘はそがんこと望まんけん。」
「・・・ありがとう、一反もめん。」
一反もめんとてネコ娘が心配に違いない。
なのに自分のことまで心配してくれる優しさに、鬼太郎は申し訳ない気持ちでいた。
一反もめんが飛び去ったあと、鬼太郎はただただネコ娘を見つめていた。
時折汗を拭ってやることしか出来なくても、今自分に出来るのは側にいることだと思った。

いつしか窓からは朝日が差し込み、すっかり夜が明けていた。
ネコ娘は相変わらず眠ったまま。
その時、誰かがドアをノックする音が聞こえた。
ドアを開けて入ってきたのは一反もめんと砂かけ婆、それに子泣き爺と目玉おやじだった。
「ネコ娘の様子は?」
心配そうに砂かけ婆がそう言ってベッドに近寄る。
「まだ、眠ったままだよ・・・。」
明らかに落ち込んでいる鬼太郎に、目玉おやじが声を掛ける。
「鬼太郎や、一度帰ろう。お前まで参ってしまうぞ。」
「・・・僕は、ここにいます・・・。」
普段あまり父に反抗することのない鬼太郎だが、今回ばかりは聞きそうにない。
「お前の気持ちはよくわかる。しかし、妖怪ポストに手紙がきとるんじゃ。
もしもネコ娘がそれを知ったら、なんと言うかわかるじゃろ?」
ネコ娘なら迷わず「行って!」と言うだろう。
そんな彼女の優しさが、今は少し憎い。
「・・・わかりました。」
鬼太郎は静かにそう呟いた。


ポストに届いた手紙による依頼もなんとか解決し、2日が経った。
その間も考えるのはネコ娘のこと。
目が覚めたという連絡はない。
「・・・父さん。」
「どうしたんじゃ?」
「・・・もしも、もしもこのまま・・・、ネコ娘の目が覚めなかったら・・・。」
「こりゃ!縁起でもない!それに、お前が信じてやらんでどうする!」
終始俯いたまま絞り出すように呟く息子に、父はそう強く言って聞かせる。
「・・・・。」
そんな父の言葉にも、鬼太郎は顔を上げない。


その日の夜。
鬼太郎は
布団を抜け出し、病院へ向かった。
行っても何も出来ないことはわかっている。
しかしじっとなどしていられなかった。
やがて病院へとやってきた鬼太郎は静かに病室のドアを開け、ネコ娘の眠るベッドへと近寄る。
「・・・ネコ娘・・・。」
顔を見つめながら、掠れた声で名前を呼ぶ。
しかしネコ娘に目覚める様子は見られない。
鬼太郎はただただネコ娘の顔を見つめていた。

『きたろ~』

『もうっ!鬼太郎ったら!』

『ねぇ、鬼太郎ってばぁ!』

そんないつもの自分を呼ぶ声、そして嬉しそうに微笑む顔。
それらが鬼太郎の中に浮かんでは
消える

「ねぇ・・・、ネコ娘・・・。」
絞り出した声は震えていた。
「早く・・・起きて、また僕を呼んでよ・・・。」
寂しくて、無性に恋しくて・・・。
ただいつも傍にいて、笑ってくれるだけでいい。
「・・・もう、約束忘れたりしないからっ・・・。
だから、目を開けて僕を見てよ・・・。ネコ娘っ・・・。」
たった一つの大きな瞳に、じわりと涙が滲む。
こんなに悲しくて寂しいなら、もっと素直に接すればよかった。
(こんなふうにならなきゃわからないなんて、僕はバカだ。)
「ごめん・・・、ごめんよ、ネコ娘っ・・・。」
眠っているネコ娘の手を握り、鬼太郎は謝り続けた。
そしてもう一度ネコ娘の顔を見つめると、ゆっくりと近づいていく。
月明かりに照らされたネコ娘の青白い顔を影が覆う。
やがてその唇に落とされたのは鬼太郎の唇。
(最後のお願いになんてさせない・・・。)
重なり合った唇の隙間から、鬼太郎は自分の想いを注ぐようにゆっくりと生気を送り込む。
これで目覚めるかどうかなどわからない。
だけどせずにはいられなかった。
(ネコ娘・・・ネコ娘・・・。)
そう心の中で名前を呼び続けた。
すると、ネコ娘の唇がほんの僅かに動いた。
鬼太郎は顔を上げてネコ娘を見た。
「ネコ娘・・・?」
怖々と名前を呼ぶ。

数秒の後、ずっと閉じられていた瞼がゆっくりと開いた。
「っ!!ネコ娘っ!?」
焦点の定まらない視線が、やがて鬼太郎の顔を捉えた。
「きたろ・・・」
声はほとんど出ていないが、唇の動きでわかる。
「ネコ・・・娘・・・。」

鬼太郎は呟くようにそう名前を呼び、月明かりを浴びてキラキラと輝くその瞳を見つめた。
今にも泣き出しそうな鬼太郎の顔に、ネコ娘は眉を下げて微笑んだ。
『大丈夫だから。』
そう言うように。
それを見て、鬼太郎の隻眼から涙が溢れた。
「・・・ネコ娘っ・・・よかった・・・。」
そう言って白くて細い手を、自分の頬に充て目を閉じた。
(鬼太郎・・・。)
ネコ娘はそんな鬼太郎の姿を微笑みながら見つめていた。
しばらくして、鬼太郎が口を開く。
「ネコ娘・・・、ごめんよ。
これからは何があっても、君は僕が守るから。
・・・だから、もう二度と僕の傍からいなくなったりしないでよ・・・。」
そう言って、悲しげに眉を寄せた。
「・・・鬼太郎・・・、ありがとう・・・。」
そう言って見せる笑顔は鬼太郎が見たかった、とても綺麗な笑顔だった。
それだけで鬼太郎の心は温かいもので満たされていく。
すると、それまで張り詰めていた気持ちがふっと弛む。
「・・・ごめん・・・、少しだけ・・・」
そう呟き、そのままベッドに顔を埋めた。
そしてすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。
そんな一瞬の出来事に、ネコ娘は驚いた。
余程疲れていたのだろうか。
それほどまでに自分を心配してくれていたのか。
そしてさっきの涙。
自分はなんて幸せなのだろう。
ネコ娘はそんなふうに考えて、握られたままの手に少しだけ力を入れた。
「ありがとう、鬼太郎・・・。ずっとずっと、鬼太郎の傍にいるよ。」
そう言って、ネコ娘は幸せな気持ちで目を閉じた。

微笑んで眠る二人を、月は優しく照らしていた。


終       

 

 

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