「きたろ~、おやじさ~ん?」
いつものようにそう声を掛け、ネコ娘がゲゲゲハウスを訪れた。
「おぉ、ネコ娘、丁度よかったわい。」
茶碗風呂に浸かったまま、目玉おやじはそうネコ娘を招き入れた。
「あれ?おやじさん一人なの?」
キョロキョロと見回してみるが、いつもそこにいるはずの鬼太郎の姿が見えない。
「うむ、鬼太郎は砂かけのお使いに出掛けておってな。
まぁ、すぐに帰ってくるじゃろう。」
「そうなんだ。」
「それより、湯を足してくれんかのぅ?」
「うん!今沸かすね!」
そう言ってやかんを火に掛ける。
「あ、そうそう!ねぇ、おやじさん、今日って父の日なのよ。」
湯を沸かす間、ネコ娘は茶碗風呂に浸かっている目玉おやじにそう話し始めた。
「おぉ、もうそんな季節じゃったか。」
「うん!それでね・・・。」
そう言いながら、持ってきた包みをちゃぶ台に乗せた。
「これ、あたしからおやじさんに!
いつもお世話になってるから。」
「おぉ、それは嬉しいのぅ。
早速開けてみるかの。」
笑顔でそう言いながら茶碗から出ると一旦身体を拭き、包みによじ登る。
ネコ娘はその様子をニコニコしながら眺めている。
やがて包んであった紙を剥がし終わり、中の物が見えた。
「おぉ!これは新しい茶碗か?」
「うん!今の茶碗もヒビが入ってきてるし、そろそろ新しいのに変えたらどうかと思って。」
茶碗をプレゼントしようと決めてから何件か店を回っていると、
あるギャラリーが目に止まった。
入ってみると色んな焼き物が並べられていた。
「何をお探しですか?」
声を掛けてきたのは作務衣を纏った初老の男性。
「あ、あの父の日に茶碗を贈ろうと・・・。」
「そうですか、もしよろしければお作りしますよ。」
男性はそう言って微笑んだ。
「作って貰えるんですか!?」
「えぇ、ここにあるのは私が作った物なんですよ。」
「そうなんですか!」
そう言われて、ネコ娘は改めて店内を見渡した。
「お父様のイメージでお作りしますから、世界にただ一つの茶碗ができると思いますよ。」
「わぁ~!是非お願いします!」
世界にただ一つ。
そう聞いて、ネコ娘の瞳がキラキラ輝いた。
実の父のように慕っている目玉おやじに喜んで貰えたら、ネコ娘にとってこの上なく幸せだ。
「では、お父様はどんな方か聞かせていただけますか?」
「あ、はい!えっと・・・。」
それから、ネコ娘が思う目玉おやじの姿を伝えた。
焼きあがるのは父の日の前日。
ネコ娘はその日を待ちわびた。
そして約束の日、ワクワクしながら店を訪れると、あの店主が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。出来てますよ。」
笑顔でそう言って、出来上がった茶碗を差し出した。
「わぁぁ・・・。」
それはとても優しい鶯色だった。
大きさも丁度よさそうで、目玉おやじが風呂に浸かっている姿が浮かんだ。
「気に入っていただけましたか?」
「はい!凄く素敵です!」
本当に嬉しそうなネコ娘を見て、店主も思わず笑顔が溢れる。
「それはよかった。
ではお包みしますね。」
そう言ってすぐに包んでくれた。
それを手渡され、代金を支払う。
「お父様に喜んでもらえるといいですね。」
「きっと喜んでくれると思います!
どうもありがとうございました。」
そう言ってペコリと頭を下げた。
「ハハハ、お礼を言うのは店主である私ですよ。」
「あ・・・。」
そう言われ頭を上げた。
「ありがとうございました。」
こうして今に至る。
「こりゃ~いい色じゃのう!」
「でしょ~?おやじさんをイメージして作ってもらったのよ!」
「なんと!わざわざワシのために・・・くぅぅっ!」
ネコ娘の言葉を聞いて感極まった目玉おやじは、滝の如く涙を流している。
「もぅ、おやじさんたら~。」
そうは言っても、これだけ喜んでもらえてネコ娘も心から嬉しかった。
「早速この茶碗で湯に浸かろうかのぅ!」
「そうね!丁度お湯も沸いたし、今入れるね!」
そう言って、ネコ娘は真新しい茶碗に湯を注ぐ。
「どうぞ!おやじさんっ!」
「どれどれ・・・。」
ネコ娘に促され、湯加減を確かめつつ湯に浸かる。
「ふぅ~~、いい湯じゃわい。」
胸まで浸かり満足そうな姿を見て、ネコ娘は満面の笑顔になる。
「どう?おやじさん。」
「う~む、こりゃ~これからの風呂が楽しみになるのぅ。」
「ふふっ、よかったぁ~!」
そう言って心底嬉しそうに微笑むネコ娘に、
「ありがとうよ、ネコ娘。
お前さんには本当にいつも感謝しとるんじゃよ。」
「おやじさん・・・。」
しんみりと語る目玉おやじを見つめていると、鼻の奥がツーンとしてくる。
「ワシはお前さんを本当の娘のように思っておる。
じゃから、困ったことがあったら、いつでも頼っていいんじゃよ。」
肉親のいないネコ娘にとっても目玉おやじは実の父親のような存在だった。
しかし実際には実の親子ではない。
知らず知らず遠慮していたのを、目玉おやじは気づいていたのかもしれない。
「・・・ありがとう、おやじさん。」
ネコ娘はなんとか涙を堪えながら笑顔を作る。
そして思いついた。
「・・・ねぇ、おやじさん、お願いがあるんだけど・・・。」
ネコ娘は少し言いづらそうに身を捩る。
「ん?なんじゃ?」
「・・・あのね、今日一日だけ、『お父さん』って呼んでもいい?」
ネコ娘はそう言って、上目使いでもじもじしながら目玉おやじの返事を待っている。
「なんじゃ、そんなことか。
なんならこれからずっとそう呼んでもいいんじゃよ?
いずれそうなるじゃろうしの。」
目玉おやじは悪びれもなくそう言い放つ。
「にゃっ!?そ、それって・・・。」
ネコ娘は真っ赤になる。
そこへ、
「ただいま帰りました。」
と、鬼太郎が戻ってきた。
「きっ、鬼太郎!」
「やぁネコ娘、来てたのか。
・・・顔が赤いけど、何かあった?」
「にゃっ・・・なんでもないの!!」
慌てるネコ娘にそう?と返し、腰を下ろす。
「あれ?この茶碗は?」
ちゃぶ台の父に目を移すと、真新しい茶碗風呂に浸かっていた。
「ネコ娘がワシのために持ってきてくれたんじゃよ。」
目玉おやじは自慢気にそう説明する。
「ネコ娘が?」
「あ、ほら!今日は父の日だから。
いつもお世話になってるしね。」
「そうなんだ。
ありがとう、ネコ娘。」
経緯を聞いて、鬼太郎は笑顔でそうお礼を言う。
「あ・・・、どういたしまして。」
目玉おやじに喜んでもらいたいと思ってしたことが、
こんな風に鬼太郎にも感謝されるとは思ってなかった。
ネコ娘はなんだかくすぐったい思いだった。
「鬼太郎!ネコ娘はこれからワシのことを『お義父さん』と呼んでくれるそうじゃ!」
「にゃっ!?」
「えっ!?それって・・・。」
嬉しそうな目玉おやじと少し困った顔の鬼太郎の間でネコ娘は一人焦っていた。
「おやじさんっ!今日だけって言ったじゃない!しかも『お父さん』だし!」
ネコ娘は身を乗り出し、必死に言い訳しながら真っ赤になっていた。
「鬼太郎!こんなにいい娘は他におらんぞ!
今のうちに『ぷろぽーず』しとかんと、誰かに取られるかもしれんぞ!」
「プロポーズ!?」
そんな親子の会話を聞いていたネコ娘は頬を染めながらも、
鬼太郎の答えが想像できて切なくなる。
「あっ、あたし、用事があったんだった!」
唐突にそう言って、ネコ娘は立ち上がる。
「えっ?ネコ娘?」
「じゃ、じゃあね!」
鬼太郎の呼びかけにも答えず、ネコ娘は出て行ってしまった。
「・・・・。」
鬼太郎はただ呆然と戸口を見つめていた。
「鬼太郎、ワシはあの娘を本当に娘のように思っておるんじゃ。
それをあの娘に伝えた時の嬉しそうな顔・・・。
お前ももう少し素直になったらどうじゃ?」
背中を向けたまま語る父の姿に、鬼太郎は一言だけ声を掛けた。
「・・・出掛けてきます。」
「お義父さん・・・か。」
ゲゲゲハウスを出てしばらく走ったネコ娘は、
ゲゲゲの森にある泉まで辿り着き、その畔に腰を下ろした。
鬼太郎の返事なんて容易に想像できる。
鬼太郎にとって自分は仲間であって、幼なじみでしかない。
それ故異性だとも思っていないのではないかとさえ思えてくる。
「あたしって、そんなに魅力ないのかな・・・。」
振り向いて欲しい。
それは自分勝手な願い。
だけどそれを望まずにはいられないのが恋だ。
もう長年そんな想いを抱えてきた。
「・・・嫌いになれたらいいのに・・・。」
半分無意識にボソッと呟いた。
「・・・それ、本気で言ってるの?」
後ろから突然声を掛けられ反射的に振り返ると、息を切らせた鬼太郎がいた。
「きっ、き・・・たろ・・・!?」
うろたえるネコ娘をよそに、さすがネコ族だね、と言いながら隣に腰を下ろした。
「で?」
「で・・・って?」
鬼太郎はネコ娘の顔を真っ直ぐに見つめてくる。
なんのことか解らず、また鬼太郎が追いかけてきたことに驚いているネコ娘には
まったく今の状況が理解できない。
「本気で僕のことを嫌いになりたいのかい?」
抑揚のない声でそう聞いてくる。
まさか聞かれていたとは思わず、ネコ娘は焦ってしまう。
「そっ・・・そんなの、本気なわけ・・・ないじゃない・・・。」
目を逸らしてそう言うのが精一杯だった。
「・・・そう、よかった。」
ネコ娘の言葉を聞いて、今度は笑顔でそう言う。
「・・・鬼太郎こそ、嫌われてるとは思わないけど、
あたしのこと女の子だと思ってないんでしょ?」
ホッとしたような鬼太郎の笑顔に、ネコ娘は少しだけ本心をぶつけてみる。
「・・・どうしてそう思うんだい?」
鬼太郎は少し困ったようにそう聞き返す。
「・・・だって、あたしの気持ち・・・知ってるくせに・・・。」
それは遠まわしな告白だった。
そんなことを言わせる鬼太郎を、ネコ娘は少しだけ恨めしそうに見つめる。
それを見て鬼太郎は、つい意地悪をしたくなる。
「君の気持ち?僕の役に立ちたいってことかい?」
「にゃっ!?それはそうだけど!そうじゃなくて!
なんで、そう・・・思うかってことよぉ・・・。」
最初の勢いは段々なくなり、最後は消えるように呟いた。
そんなネコ娘に鬼太郎は、
「う~ん・・・、どうして僕の役に立ちたいんだい?」
そう言って、白々しいまでに惚けて見せる。
意地悪をされていると解ってはいても、ついムキになってしまう。
「もっ、もうっ!!そんなの!
・・・きっ・・・鬼太郎のことが・・・すっ・・・好きだからに決まってるじゃないっ!」
そう言って恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ってしまったネコ娘には、
鬼太郎の満面の笑みは見えない。
「そうならそうと早く言ってくれれば良かったのに。」
その言葉に隠していた顔を上げると、なんでもない表情の鬼太郎がいた。
「へっ・・・?」
ポカンとしているネコ娘に鬼太郎は、
「僕も君が好きだよ。もうずっと前からね。知らなかった?」
そんなふうにサラッと言ってのける。
「・・・は?」
ネコ娘は相変わらず開いた口が塞がらない。
そんな置いてきぼりのネコ娘に、鬼太郎はニッコリと笑顔を向ける。
「・・・・・えぇぇぇ~~~!!??」
それはゲゲゲの森全体に響き渡りそうなくらいの音量で、
さすがの鬼太郎も面食らった。
「だ・・・だって、そんな素振り・・・全然・・・、
っ!!まさか、からかってるんじゃないでしょうね!?」
白い頬を真っ赤に染めたかと思いきや、
今度は伸ばした爪を構え、化け猫化し、鬼太郎に詰め寄る。
「・・・ぷっ。」
一人忙しそうなネコ娘を見て、鬼太郎はつい吹き出してしまう。
「んにゃっ!?やっぱりからかったのねっ!?」
吹き出した鬼太郎を見て勘違いしているネコ娘に、鬼太郎は慌てて否定する。
「違うよ、ネコ娘。からかってなんかいないよ。
僕の本当の気持ちだよ。」
「にゃっ・・・?」
いまいち理解できずに固まっているネコ娘の手を、鬼太郎は優しく引き寄せた。
「きっ、鬼太郎!?」
突然触れられ、すっかり化け猫化も解けてしまったネコ娘は、
ただただ頬を染め、鬼太郎を見つめていた。
「でも、信じられないのは僕のせいだね。
ごめんよ、ネコ娘。」
鬼太郎はそう言って、ネコ娘の手に口付けた。
「~~っ!!」
そんな鬼太郎の行動に、ネコ娘は声にならない声をあげる。
「だけどさ、君だって僕にちゃんと伝えなかったろう?」
今度は悪戯っぽい笑みを浮かべてネコ娘を見つめる。
「っ!!そっ・・・それは・・・そうだけど・・・。」
異性として見られていないのではないかと思っていたネコ娘は、
鬼太郎が自分を想ってくれていたという事実にただ戸惑った。
「ねぇネコ娘、もう一度君の気持ちを聞かせてくれるかい?」
その声は優しく、ネコ娘の胸に響いた。
「・・・・鬼太郎が・・・好き・・・。ずっとずっとっ・・・大好きだったの!」
想いが通じたことをゆっくりと理解し始めると、
今まで心の奥にしまってきた気持ちが涙と共に溢れ出した。
そんなネコ娘の姿を見て、鬼太郎の胸は締め付けられる。
気付いたときにはネコ娘の華奢な身体を抱きしめていた。
(僕は酷い男だな・・・、ごめんよ、ネコ娘。)
そんな風に心で謝り、抱きしめた腕に少しだけ力を込めた。
「ひっく・・・きたろぉ・・・。」
「ありがとう、ネコ娘。僕も君が好きだよ・・・。」
腕の中でしゃくりあげるネコ娘を、ギュッと抱きしめながらそう耳元で呟いた。
小さいけれど、胸の奥深くまで届くような優しい囁きが、
ネコ娘の身体から力を奪っていく。
もたれかかるように全身を預けてくるネコ娘を、鬼太郎はしっかりと抱きとめる。
「・・・鬼太郎、いつかあたしをお嫁さんにしてくれる?」
少し落ち着いた様子のネコ娘が、鬼太郎の首に腕を回しそう呟く。
「あぁ・・・約束するよ。」
鬼太郎がそう返すと、ネコ娘は嬉しそうに笑う。
その時、一陣の風が吹き抜けた。
まるで森が二人を祝福するように。
おまけ
「・・・・。」
「ほれ、はよう呼んでくれんか!」
「う、うん・・・、お・・・おと・・・。」
(ワクワク・・・)
「・・・やっぱりだめぇ~~~!!!」
バシーン
「ひゃあぁぁぁ~!」
「とっ、父さん!!大丈夫ですか!?」
「だっ、大丈夫じゃ・・・。」
「ご、ごめんなさい、おやじさん!!」
「ふぅ~む、慣れるために今から
『お義父さん』と呼んでもらおうと思ったんじゃがのぅ・・・。」
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。」
「ごめんね、おやじさん。やっぱりいざとなると恥ずかしくて・・・。」
「ま、そのうち自然に慣れるかもしれんの。
ところで二人共。」
「なんです?」
「?」
「子供はまだかの?」
「んにゃっ!!??」
「!!父さん!!」
終