槌の子との戦いに勝利した後、
恐山の病院に入院した鬼太郎を見舞っていたのは、ネコ娘と目玉おやじ、それにかわうそだった。
「それにしても鬼太郎がこんなになっちまうなんて、槌の子の毒ってスゲーんだなぁ。」
「もしもこれが人間なら、触れただけでお陀仏じゃよ。」
「こえ~~。」
かわうそと目玉おやじはそんな会話をしながら、今回の戦いを振り返っていた。
「さて、ワシらはそろそろ帰るとするかの。」
「そ~だな~。」
「あたしはもう少しいるわ。」
「そうか、では鬼太郎を頼んだぞ、ネコ娘。」
「うん、気をつけてね。」
笑顔で見送るネコ娘を背に、かわうそと目玉おやじは病室を出て行った。
「何かあったら呼ぶがいい。」
そう言って、オソレもその場を後にする。
「一緒に帰らなくてよかったのかい?」
井戸仙人の秘薬と持ち前の治癒力でだいぶ回復した鬼太郎が、ベッドに座ったままネコ娘に問いかけた。
「あんな姿見たら、心配で帰れないわよぅ。」
槌の子に噛まれ猛毒に倒れた後、家へと運び込まれた鬼太郎は苦しげに呻きながら床に臥せっていた。
最初は横丁のメンバーも戸口で心配そうにしていたが、
目玉おやじの一声で、作戦を立てるため横丁へと戻って行った。
しかしネコ娘だけは残って看病していた。
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「はぁ・・・はぁ・・・ぐぅっ・・・!!」
「鬼太郎・・・・。」
苦しそうな鬼太郎を見つめることしかできないネコ娘は、歯がゆさに眉を寄せた。
できることといえば、濡れた手ぬぐいを額に乗せることくらいだ。
「・・・きたろぅ・・・・。」
相変わらず苦しそうな鬼太郎の額に手をやったとき・・・。
「ネコ・・・娘・・・・。」
そう名前を呼び、額に乗せられた手を握った。
「鬼太郎!?」
「ネコ娘・・・・、僕を・・・・みんなのところへ、連れて行ってくれないか・・・?」
鬼太郎は途切れ途切れにそう言った。
「何言ってるの!?こんな身体で・・・・、無茶よ!!」
うっすら涙を浮かべながら、ネコ娘は強い口調で言い返す。
「僕なら・・・大丈夫だよ・・・。それに、槌の子を放ってはおけないよ・・・。」
鬼太郎はそう言って起き上がる。
「鬼太郎!・・・・お願いだから・・・・無茶しないで・・・・。」
鬼太郎の上半身を支えながら、ネコ娘は涙を落とす。
それを見た鬼太郎は、ネコ娘に寄りかかるように抱きしめる。
そして耳元で囁いた。
「ごめんよ、ネコ娘・・・・。でも、僕は行かなきゃならない・・・。」
「きたろ・・・・。」
「わかって・・・くれるね?」
優しく諭すようにそう言われてしまえば、ネコ娘には止めることはできない。
「・・・・・鬼太郎の・・・ばか・・・。」
消え入るようにそう呟いたネコ娘を見て、鬼太郎は微笑む。
「肩を貸してくれるかい?」
「うん。」
そう言って右手をネコ娘の肩に回し立ち上がると、ゆっくり家を出た。
普段ならそんなにかからない横丁までの道だが、
一歩歩くだけで痛みが走る身体ではゆっくり進むのがやっとだった。
「鬼太郎・・・・、大丈夫?」
終始心配そうなネコ娘に、鬼太郎は申し訳ない気持ちになる。
「大丈夫だよ。それより・・・。」
「?」
「ネコ娘って、いい匂いがするね。」
「にゃっ!?」
いつもよりも随分と二人の距離が近い分、ネコ娘から漂う甘い香りが鼻を擽った。
「もっ、もうっ!何言ってるのよ!」
そんなネコ娘の反応を、クスクスと笑いながら楽しむ。
身体が密着しているせいで、ネコ娘の鼓動が伝わってくるが、
当のネコ娘は、怒ったような困ったような複雑な表情をしている。
(・・・よかった。)
鬼太郎は心の中で少しホッとした。
泣いてしまうくらい心配させているのは、心が痛かった。
こんな、いつものようなネコ娘でいてくれたほうが、鬼太郎には心地がよかった。
(心配かけて、ごめんよ。)
そんな風に思いながら、横丁に向けて歩いていく。
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「まったく・・・・、無茶するんだから、鬼太郎は!」
「ははは、まぁ、こうして無事なんだし、ね?」
「も~~・・・・。少しは心配するあたしの身にもなってよね~?」
「ははは・・・・あ、ネコ娘、ちょっと耳を貸してくれないか?」
誤魔化すように笑いながら、鬼太郎は手招きした。
「耳?」
言われるがまま、鬼太郎の顔に耳を近づける。
すぅっと息を吸う音がしたと思ったら、
「・・・やっぱりネコ娘はいい匂いがするね。」
と、耳元で囁いた。
「!!??」
匂いを嗅がれたのだと理解すると、ネコ娘は飛ぶように離れた。
「にゃっ・・・にゃっ・・・!!!」
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら怒っている姿を見て、
鬼太郎はまたもクスクスと笑っていた。
「~~~っ!!もう!!病人は寝なさい!!!」
悪戯っぽい顔の鬼太郎が妙に憎らしくて、思わずそう言い放つ。
「そうするよ。おやすみ、ネコ娘。」
鬼太郎は笑顔のまま、布団に潜り込んだ。
「・・・・・ばか・・・・。」
膨らんだ布団を見つめ、ネコ娘は赤い顔のままボソッと呟いた。
空はそんな二人のやりとりを見ていたかのように、辺りを真っ赤に染めていた。
終