妖怪事件で滅茶苦茶になった修学旅行から一年。
二宮は学校から自宅へと歩いていた。
(腹減ったなぁ・・・。)
そんなことを考えながらぼーっと歩いていると、
「お願いしまーす。」
と、どこかで聞いた声が聞こえてきた。
パッと顔を上げ前方を見ると、
20mほど先にカゴを抱えポケットティッシュを配っている女性の姿が見えた。
(あ、あれはっ!!)
見間違えるはずがなかった。
あれからもずっと心のどこかで気になっていた女性。
自分達を命がけで助けてくれたあの人。
前方にいるのはネコ娘だった。
二宮はとっさに隠れた。
なぜ隠れたのかは自分でもわからなかったが、心臓が煩く高鳴るのを感じた。
(まさかこんなところで会えるなんて・・・。)
嬉しさと緊張で顔が熱い。
するとハッとしたように顔を上げ、キョロキョロと周りを見回す。
そして右手をズボンのポケットに突っ込んで中に入っていたお金を確認すると、
千円札が一枚と小銭が少しあった。
二宮はそれを見て走り出す。
向かったのは花屋だった。
あの修学旅行の後、自分達を助けてくれたお礼をしようと思ったのだが、
肝心の連絡先を聞きそびれてしまい、こちらから連絡出来ずに今に至る。
しかし二宮は、いつか会えたときのことを考えていた。
相手は妖怪だが女性。
何をもらったら喜ぶだろうか?
まったく思い浮かばなかったが、ふと自分の母親が花好きなことを思い出した。
花が嫌いな女性はいないだろう。
そう考え、もし会うことがあったら花を贈ろうと考えていたのだ。
花屋の店先まで来た二宮は、どんなものがいいか悩んでいた。
するとある花が目に入った。
小さな花がたくさん集まって、とても可愛らしい。
色も、赤とピンクとオレンジの3色が一緒になっていて、とても綺麗だ。
「カランコエ・・・?」
そう書いてある。
(うん、これにしよう!)
花束よりも鉢植えのほうが長持ちする。
自分のあげたものを長く側に置いてくれたら、そう思った。
「プレゼントですか?」
ふと店員が話し掛けてきた。
「あ、はい。これ・・・。」
そう答えてカランコエを指差す。
「ではラッピングしますね。」
店員はにこやかにそう言って、手早くラッピングしてくれた。
「ありがとうございました。」
二宮は店員から花を受け取り、来た道を急いだ。
もういなかったら、そう考えると焦ったが、
ネコ娘は相変わらずさっきの場所でティッシュを配っている。
しばし建物の影に隠れて、その姿を見つめていた。
(・・・やっぱりキレイだな・・・。)
そんなことを考えていると、ネコ娘が歩き出した。
どうやら仕事が終わったようだった。
それを見て、二宮は急いで追いかける。
そして追いつき声を掛けた。
「あっ、あの!」
「はい?」
振り向いたネコ娘が自分の顔を見つめている。
「あ、俺のこと覚えて・・・ますか?」
緊張で声が震えているのが恥ずかしかった。
「・・・もしかして二宮君?」
「は、はい!」
覚えてくれていた。
それだけで笑顔になる。
「わぁー!久しぶりね!随分背が伸びてて、一瞬わからなかったぁ!」
一年前はネコ娘より小さかったが、今は並ぶ位になっていた。
久しぶりの再会に嬉しそうな笑顔を見せるネコ娘を、
二宮はぼーっと見つめていた。
「学校の帰り?」
そう言われて我に返る。
「は、はい!・・・あの!この後、時間・・・ありますか?」
「う~ん、せっかく久しぶりに会ったんだものね!少しなら大丈夫よ。」
そう言ってネコ娘は微笑んだ。
「じゃあ、着替えくるから、あそこの公園で待っててくれる?」
「は、はい!」
手を振って小走りに去っていく後ろ姿をしばらく見つめてから、
二宮は公園へ向かった。
(どうしよう・・・スゲー緊張する・・・。)
何を話したらいいのか、そればかりを考えながら、目的の公園までやってきた。
そして、ひとまずベンチに腰掛ける。
(そうだ、まずはあの時のお礼を言わなくちゃ・・・。)
そんなことを考えながら10分ほど待つと、
「お待たせー!」
と、ネコ娘が手を挙げて走ってくる。
二宮はそれを見て、思わず立ち上がる。
こちらへ向かってくるネコ娘は、いつもの赤いジャンパースカートだった。
初めて見るネコ娘の普段着が、意外と幼いことに驚いた。
「待たせてごめんね。」
呆けている二宮にそう言って微笑むと、ベンチに腰掛けた。
「あっ、いえ!あの、これ・・・。」
相変わらず緊張のせいでどもってしまうが、
なんとか先ほど買った花を差し出した。
「これは?」
ネコ娘は不思議そうな顔で花を見ている。
「遅くなっちゃったけど・・・、助けてもらったお礼です・・・。」
じっと見つめられて、つい目を伏せる。
「わぁぁ!ありがとう!!」
よほど嬉しかったのかほんのり頬を染め、
花を受け取るネコ娘を見ると、こちらまで嬉しくなる。
「可愛い花・・・。大事に育てるね!」
どちらが花か分からないくらいの笑顔に、二宮は見とれてしまう。
それからしばらく話をしながら、夢のような一時を過ごした。
空は夕焼けに染まり、どこかから17時を告げる音楽が流れてきた。
「あっ!いっけない!もうこんな時間!?ごめんね、あたしそろそろ帰らなくちゃ!」
あの人のところへ帰るのかもしれない。
そう思うと少し切なかった。
「二宮君・・・?」
黙っている二宮を不思議に思い、ネコ娘が顔を覗き込む。
すると二宮の顔が近づいてきた。
そして一瞬頬に温かいものが触れたと思ったら、パッと視界が明るくなる。
何が起こったのか理解できずにいると、後ろから声がした。
「それじゃ・・・サヨナラ!!」
振り向くと駆け出す二宮の後ろ姿が見えた。
ようやく動き出した頭で理解した。
頬にキスをされたのだ。
「なっ・・・!」
途端に顔が熱くなってくる。
頬といえどもキスをされたことなど初めてだった。
少しの間、その場で茹だっていたが、ハッと我に返る。
「そうだ!買い物して帰らなくちゃ!」
そして、顔の熱を払うかのように走り出す。
この日の朝のこと。
「昨日凄く美味しそうな料理のレシピを教えてもらったの。
今日の夕飯はあたしが作るから、楽しみにしててね!」
「それは楽しみじゃのぅ。」
「助かるよ、ネコ娘。」
「じゃあ、いってくるね!」
ゲゲゲハウスでそんな会話を交わし、ネコ娘はバイトに出掛けたのだった。
公園を出て、いつも行くスーパーで材料を買い、急いで鬼太郎の家へと向かう。
「ただいまー!遅くなってごめんね!」
息を切らしながら靴を脱ぎ、部屋に上がる。
「やぁ、おかえり、ネコ娘。残業かい?」
それを鬼太郎が笑顔で迎える。
「ううん、そうじゃないんだけど・・・。さてと、すぐに作るからね!」
「では、夕飯ができるまで風呂にでも入るかの。」
いそいそと準備を始めるネコ娘を見ていた鬼太郎は、
「はい、父さん。」
と、父の茶碗に湯を注ぐ。
ふと買い物袋の横に置いてある、もう一つの袋が目に入った。
「ネコ娘、それは?」
そう言われ、鬼太郎の指差す方を見る。
「あぁ、今日ね、二宮君に会ってね。」
「二宮君?」
名前を言われてもピンと来ない鬼太郎に、ネコ娘は手を動かしながら説明する。
「前にバスガイドのバイトで京都に行ったじゃない?
あの時の生徒で、狂骨に襲われた男の子がいたの。」
「あぁ、あの時の・・・。」
そこまで聞いて、鬼太郎も思い出したようだった。
「で、あの時のお礼に、ってくれたの。」
「ふぅん・・・、花かい?」
「うんっ!可愛い花よね。」
そう言って微笑む顔を見た途端、鬼太郎の中でザワザワと何かが蠢いた。
「・・・そうだね。」
鬼太郎はそう短く返し、再びネコ娘の後ろ姿を見つめていた。
やがて食事の用意も整い、3人でちゃぶ台を囲む。
「いただきます。」
手を合わせ、早速料理に箸をつける。
ネコ娘は、初めて作る料理の時、必ず鬼太郎の反応を見つめる。
凝視と言ってもいいだろう。
鬼太郎はそんなネコ娘の様子にも慣れているせいか、
まったく気にする素振りも見せないが、一口食べて、
「うん、美味しいよ。」
と、微笑む。
そんな鬼太郎の反応が、ネコ娘を最高の笑顔にする。
「わぁ~、よかったぁ!」
鬼太郎はその笑顔を見れば、先ほどのザワつく気持ちなど忘れてしまう。
そして、鬼太郎の反応を確認すると、ネコ娘もようやく食べ始める。
鬼太郎と同時に食べ始めていた目玉おやじは満面の笑みで、
「うむ、こりゃ美味い!ネコ娘はいい嫁さんになりそうじゃの。」
と、褒め称えた。
「えぇ~!?もうっ、おやじさんったらぁ!」
ネコ娘はそんな褒め言葉を素直に受け止め、両手で頬を挟み嬉しそうに笑う。
「でも、ネコ娘がお嫁に行ったら、美味しい料理が食べれなくなりますね。」
まだ目玉おやじの言葉に酔いしれているネコ娘をよそに、鬼太郎はサラッと言ってのける。
「にゃっ!?」
笑顔が一転、なんでそうなるのよ、と言いたそうに口をパクパクさせている。
「何を言っとる!お前がもらってやればいいじゃろうが。」
「僕がですか?」
ネコ娘は二人の会話を口を開けたまま聞いていたが、
(どうせまた悪い冗談はやめてくださいよ、とか言うに決まってるわ!)
と、心の中で覚悟していた。
すると、う~ん、と考えていた鬼太郎がくるっとネコ娘を見つめた。
「!?」
「お嫁にくるかい?」
「・・・は?」
突然のプロポーズ(?)に、ネコ娘はぽかんとするばかりだった。
しばらく固まっていると、
「さて、冗談はこのくらいにして、ご飯をいただきましょう。」
鬼太郎はそう笑顔で言い、前を向いて食べ始めた。
「まったく、お前は・・・。」
「なんです?父さん。」
「・・・なんでもないわい。」
目玉おやじは半ば呆れたように、溜め息をついた。
そんな二人のやり取りを間でぽかんと見ていたネコ娘は、
からかわれたことにやっと気付き、
「!!も~~~!!鬼太郎っ!!」
と、顔を真っ赤にして怒りだした。
「ほら、早く食べないとなくなるよ?」
鬼太郎は至って穏やかにそう言うと、
自分の箸でつまんだ料理をネコ娘の口に放りこんだ。
「っ!?」
反射的にパクリと口を閉じる。
もぐもぐと咀嚼しながら、恥ずかしさから鬼太郎を睨むが、
鬼太郎はまったく意に介さずニコッと笑う。
「む~~。」
相変わらず真っ赤な顔で料理を食べ始めるネコ娘を、
鬼太郎はクスリと笑いながら横目で見ていた。
これはちょっとした仕返し。
君が他の男からのプレゼントに嬉しそうだったから。
君は知らないだろう?
僕がこんなにも嫉妬深いなんて。
何時でもそうやって、僕にだけ夢中になっておいで。
いつの日か、君を迎えに行く時まで・・・。
終