「さぁ~、頑張って作ろうね!ろくちゃん!」
「うふふ、ネコちゃんったら張り切ってるわね~。」
「当然よぉ!今年こそ絶対、鬼太郎に想いを伝えるって決めたんだもん!」
「あたしも応援するわ!」
「ありがとう、ろくちゃん!」
冬のある日、妖怪長屋の一室で、ネコ娘とろくろ首は台所に立っていた。
目的は2日後に迫ったバレンタインデー。
それまでに美味しくて気持ちの篭ったチョコレートを作ろうと、
今まさに取り掛かろうとしていた。
「それにしても、鷲尾さんには感謝しなくちゃね!」
「そうね~、あたしも遊園地なんて初めてだから、今から楽しみだわ。」
遡ること一週間前。
鷲尾とのデートから帰ってきたろくろ首が、ネコ娘に2枚のチケットを手渡した。
「これって大きい観覧車で有名な、遊園地のチケットじゃない!どうしたの?」
「ふふっ、鷲尾さんが会社の先輩に貰ったんですって!
4枚貰ったから、ネコちゃんと鬼太郎にもと思って。」
「わぁ~、ありがとう、ろくちゃん!
あ~・・・でも、鬼太郎は行かないって言うだろうなぁ・・・。」
ネコ娘はそう言うと、喜びいっぱいの笑顔から半ば諦めたように項垂れた。
「そこはまかせて!鷲尾さんから誘ってもらえば、いくら鬼太郎でも断らないわよ、きっと!」
しゅんとしてしまったネコ娘に、ろくろ首は自信満々に言い放った。
「それいいかも!ナイスアイディア!」
それを聞いて、ネコ娘はすっかり元気を取り戻した。
「それで日にちなんだけど・・・。」
「待って、ろくちゃん!もうすぐバレンタインデーよ。
二人でチョコレート作って、観覧車の中で渡すっていうのはどう!?」
名案とばかりに、ネコ娘は人差し指を立てた。
「さすがネコちゃん!素敵じゃない!」
「でしょ~!?」
その後も横丁には、二人のキャーキャーいう声が響いていた。
「出来た~!!」
「これならきっと、鬼太郎にも伝わるわよ!」
「うんっ!」
笑顔の二人はその後も楽しそうにラッピング作業に移っていった。
一方その頃長屋の前では、いつもの長屋のメンバーと鬼太郎、
そしてろくろ首に鬼太郎を誘うように頼まれた鷲尾が、他愛ない話で盛り上がっていた。
「鬼太郎さん、ちょっといいですか?」
「?あ、はい。」
鷲尾は鬼太郎を連れ出すと、長屋から少し離れた脇道までやってきた。
「どうしたんですか?鷲尾さん。」
「鬼太郎さん、明後日時間ありますか?」
「明後日ですか?特に何もないですけど・・・。」
「よかった!じゃあ、ちょっと僕に付き合ってもらえませんか?」
「付き合う?」
「実は会社の先輩から遊園地のチケットを4枚貰ったんですけど、
ろく子さんがネコ娘さんを誘いたいって言ってて、
でもそうすると1枚余ってしまうんです。
尊敬する先輩から貰ったものなので無駄にしたくなくて・・・。」
「遊園地・・・ですか・・・。」
「お願いします、鬼太郎さん!」
あまりそういうところが好きではない鬼太郎は乗り気になれなかったが、
鷲尾の真剣な頼みを断るのも悪い気がした。
「いいですよ。」
鬼太郎は笑顔で、快く返事をした。
「本当ですか!?よかった~!」
それを見て、鷲尾はホッとしたように笑う。
「じゃあ、当日の待ち合わせ場所はろく子さんに聞いてください。」
「わかりました。」
こうして、見事鬼太郎を誘うことに成功した。
そしていよいよ当日の朝。
「きたろ~?起きてる~?」
ネコ娘がそう呼びかけながら迎えにきた。
「やぁ、ネコ娘。」
「おはよう、鬼太郎!」
そう言って微笑む姿はいつものジャンパースカートではなく、
ニットのワンピースにロングブーツといった、いつもより大人っぽい服装だった。
「ど~お?似合う??」
「あぁ、うん。」
いつも通りの素っ気ない反応も、今日は気にならないようだった。
「あれ?そういえばおやじさんは?」
「父さんならお爺のところだよ。」
「そうなんだ。じゃあ、出掛けましょ!」
こうして二人は、待ち合わせ場所の駅へと出発した。
「あっ、ろくちゃ~ん!!」
駅に辿り着くと、先に到着していたろくろ首と鷲尾の姿があった。
「おはよう、ネコちゃん。」
「鷲尾さん、今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ!」
一通り挨拶を済ませ、4人は遊園地へと向かった。
土曜のバレンタインデーということもあってか、園内はカップルだらけだった。
「わぁ~、すごい人!鬼太郎、逸れないでね!」
「ははは・・・、気をつけるよ。」
普段から人間界で働いているネコ娘にとって人混みは珍しくもないが、
そういう場所を好まない鬼太郎は知らないうちに逸れ兼ねない。
それから4人はジェットコースターやバイキングといったアトラクションを楽しみ、
気がつけば日も暮れようとしていた。
「はぁ~、楽しかった~!」
普段あまり遊びに行くということがないネコ娘は、鬼太郎との休日を心から楽しんでいた。
「鬼太郎、疲れた?」
「ん、少しね。」
鬼太郎の場合は体力的にというよりも、人混みに疲れてしまっていた。
「じゃあ、観覧車に乗らない?ね、ろくちゃん!」
「そうね!行きましょ、鷲尾さん!」
二人は目配せし、当初の目的である観覧車へと向かった。
観覧車に乗り込む頃には日も暮れて、街の灯りがキラキラし始めていた。
先に乗ったのは鷲尾とろくろ首。
ろくろ首は、中からネコ娘に向かってウィンクする。
それを見てネコ娘は力強く頷いた。
「さっ、鬼太郎、あたし達も乗りましょ!」
「あ、うん。」
順番が回ってきた二人は、ゴンドラへと乗り込み、向かい合わせて座った。
「はぁ~、よく遊んだなぁ~。」
ネコ娘はしみじみそう言いながら伸びをする。
「そうだね、たまにはこうやって羽を伸ばすのもいいかもね。」
鬼太郎はそう言って外を眺めている。
「・・・あたしは鬼太郎と一緒ならいつでも楽しいんだけどね・・・。」
「ん?何か言ったかい?」
「あ、ううん!なんにも!」
それからしばらくは、黙ったまま景色を眺めていたが,
丁度頂上を過ぎたとき・・・
「あ・・・。」
鬼太郎が何かを見て声を発した。
「?」
ネコ娘は不思議に思い、鬼太郎の視線を追う。
すると前のゴンドラの中で、鷲尾とろくろ首が口付けを交していたのだ。
「にゃっ!?」
びっくりしたネコ娘は鬼太郎を見た。
すると鬼太郎は顔が赤いのを誤魔化すように外を見ていた。
「あ、あはは、もう!ホントあの二人って、ラブラブよねぇ!」
「あっ、あぁ、そうだね・・・。」
「・・・・。」
二人の間に沈黙が流れる。
すると思い出したように、ネコ娘が口を開いた。
「あっ、あの、鬼太郎?」
「ん?」
「こっ、これ・・・、受け取ってくれる?」
そう言って綺麗にラッピングされた箱を差し出した。
「これは?」
「今日は・・・バレンタインだから・・・。」
そう説明しながら、ネコ娘の心臓は高鳴る。
「ありがとう、ネコ娘。」
鬼太郎は笑顔でそう言って箱を受け取り、リボンを解き始めた。
その様子を見ながら、ネコ娘は一人ドキドキしていた。
鈍感な鬼太郎のことだ。
ただチョコレートをあげても伝わらない。
そこでネコ娘は、一目で伝わるようにチョコレートに気持ちを書いたのだ。
箱の中には、ハート型をした一口サイズのチョコレートが4つ並んでいた。
そしてその一つ一つに文字が書いてある。
『ダ』『イ』『ス』『キ』と・・・。
「・・・・。」
鬼太郎はそれを目にするとしばし固まってしまった。
(な・・・なんてストレートな・・・。)
鬼太郎がどんな反応をするか想像もできなかったが、まさか固まるとは思っていなかった。
さっきまで恥ずかしかったネコ娘は、段々不安な気持ちになってきた。
「・・・あ、あの・・・鬼太郎・・・?」
「えっ!?」
恐る恐る声をかけると、弾かれたように顔を上げた。
「も、もしかして、迷惑・・・だった・・・?」
ネコ娘はそう言って、悲しげな表情で鬼太郎を見つめている。
「あっ、いや、そうじゃなくて・・・。」
そんな顔をさせるつもりはなかった。
鬼太郎は努めて明るくそう言った。
「・・・じゃあ、あたしの気持ち、受け取ってくれる・・・?」
大きな瞳に涙を溜めて、消えるように呟いた。
(・・・そんな顔されたら、逃げられないじゃないか・・・。)
鬼太郎は、ハァ、と息をつき、
「ネコ娘、ありがとう。」
と、穏やかな笑顔で返した。
それを見てようやく、ネコ娘の顔に笑顔が戻る。
「よかったぁ・・・。」
「食べていいかな?」
「うん!もちろん!」
想いが通じたかどうかなど、今のネコ娘には関係なかった。
鬼太郎が自分に笑顔を見せてくれたらそれで幸せだった。
ネコ娘が見つめる中、鬼太郎はチョコレートを一つ口に入れた。
「・・・どう?」
「・・・うん、甘くておいしいよ。」
鬼太郎は本当においしそうに笑う。
「頑張って作ったもん!」
そんな鬼太郎を見て、ネコ娘も最高の笑顔になる。
「ネコ娘もこっちにおいでよ。一緒に食べよう?」
「えっ?う、うんっ!」
ネコ娘は頬をほんのり染めて、ちょこんと隣に座った。
「僕が食べさせてあげようか?」
「にゃっ!?き、鬼太郎・・・、本気で言ってるの!?」
普段なら絶対に言わないであろうセリフを
恥ずかしげもなくサラリと言ってのける鬼太郎に、ネコ娘のほうが照れてしまう。
「嫌ならいいけど・・・。」
「いっ・・・嫌・・・じゃない・・・。」
顔を真っ赤にしてそう呟くネコ娘を見て、鬼太郎はにっこりと笑う。
(君は本当に正直だよね・・・。)
「じゃあ目を瞑って?」
「?・・・う、うん。」
どうしてチョコレートを食べるのに目を瞑る必要があるのかは謎だが、
とりあえず言う通りに目を瞑る。
すると柔らかい何かが唇に触れて、すぐに甘い味が口の中に広がった。
「!?」
びっくりして目を開けると、目の前には目を閉じた鬼太郎の顔があった。
「~~~!!??」
ネコ娘が一人パニックに陥っていると唇が離れた。
「おいしかった?」
言葉が出ないネコ娘に、鬼太郎は笑顔で聞いてきた。
「にゃ・・・にゃ・・・にゃにを・・・。」
「ん?チョコレートを食べさせてあげたんだけど・・・。」
「・・・・ふにゃ~。」
「わっ!ネコ娘!?」
状況を理解したネコ娘は、頭から湯気を出し意識を失った。
「・・・ぷっ・・・。」
力の抜けたネコ娘の体を支えながら、鬼太郎はつい吹き出してしまった。
(いきなりこれは、やり過ぎだったかな?)
そして可愛らしい寝顔を見つめると、少しと尖ったその耳元で、
「ごちそうさま、おいしかったよ・・・。」
と囁いた。
やがて観覧車が地上に着くと、先に降りていた鷲尾とろくろ首が待っていた。
「ネコちゃん、どうしたの!?」
観覧車から降りてきた鬼太郎が眠ったネコ娘を抱きかかえているのを見て、
ろくろ首が心配そうに声を掛ける。
「ははは、疲れたみたいでさ。」
「そう・・・。ふふっ、ネコちゃんたら幸せそうな顔して・・・。」
あどけない寝顔はいい夢でも見ているのか、本当に幸せそうだった。
「じゃあ、僕はこのまま帰るよ。」
「鬼太郎、ネコちゃんをよろしくね。」
短い挨拶を交して、鬼太郎は二人に背を向け歩き出した。
「鬼太郎もなんだかんだ言って、ネコちゃんのことが大好きなのね。」
「えっ?どうしてわかるの?」
「だって、さっき観覧車から降りてきたときのネコちゃんを見つめる鬼太郎の顔・・・、
すごく愛おしそうに微笑んでたもの。」
本人ですら自覚していなかったであろう瞬間を、ろくろ首は見ていた。
「女性はそういうところによく気がつくっていうけど、さすがろく子さんだね。」
「フフッ、さ、行きましょ、鷲尾さん。」
そう言って鷲尾の腕に自分の腕を絡ませて歩き出す。
吐く息も白い冬の夜空に、白い天使が舞い降りた。
「・・・・雪・・・。」
鬼太郎の腕の中で目を覚ましたネコ娘が、ぼんやりと空を見上げる。
「気がついた?」
「・・・きたろぉ・・・。」
「寒くないかい?」
「・・・寒くないよ。」
そう言って微笑むと、鬼太郎の首に腕を回す。
「・・・あったかい。」
寝ぼけている様子のネコ娘を、鬼太郎はしっかり抱きしめて囁いた。
「君が好きだよ。」
終