思いを形にして

「それは本当かい!?」
ゲゲゲハウスの窓際で化け烏に向かって強めの口調で問いかけたのは、
普段あまり取り乱すことのない鬼太郎だった。
そして、
「カァ」
という短い返事を聞き、すぐさま家を飛び出した。

所変わって妖怪横丁。
妖怪
アパートの前では、大家である砂かけ婆にバイトが休みなネコ娘とろくろ首、
更にはかわうそ、アマビエのコンビと、いつものメンバーが揃っていた。
楽しげな会話の内容は他愛もなく、平和そのものだ。
するとそこへ、忙しく
下駄を鳴らした鬼太郎がやってきた。
「あっ、鬼太郎!」
いち早く気付いたネコ娘が、弾んだ声で呼びかける。
しかし当の鬼太郎はそんなネコ娘の声には応えず無言で近寄ると、
少々強めにネコ娘の手首を掴んだ。
「えっ?」
突然の行動に不思議そうなネコ娘にも構わず、
鬼太郎は手首を掴んだまま踵を返した。
「ちょっ、ちょっと鬼太郎!?」
わけも解らずただ戸惑うネコ娘を連れ、鬼太郎は足早にその場を去っていく。
残された横丁メンバーはただただ唖然とし、二人の
背中を見つめていた。
相変わらず黙ったまま鬼太郎はズンズンと歩いていたが、
やがて細い道に入るとその歩みを止めた。
「鬼太郎!一体どうしたっていうのよぉ!」
やっと離された手首を擦りながら、ネコ娘は鬼太郎を見つめる。

「・・・どうして・・・。」
未だ俯いたまま顔を見せないで、鬼太郎は小さく呟いた。
「えっ?」
「どうして僕に黙ってたんだ。」
顔を上げた鬼太郎はネコ娘の顔を真っ直ぐ見つめ、そう問いかける。
それは怒っているようにも心配しているようにも聞こえる。
「鬼太郎・・・?一体なんの・・・。」
たった一つの目で真っ直ぐに見つめられ、ネコ娘は戸惑った。
「・・・飛騨に修行に行くんだって?」
「!!・・・あ・・・、うん・・・。でも、どうして・・・」
知られたくなかった。
だから言わなかった。
ネコ娘の瞳が揺れた。
「化け烏が教えてくれたんだ。」
「そ・・・そう・・・。」
疚しいわけじゃない。
ただ重荷になりたくなかった。

『鬼太郎のために』

そう考えるのはネコ娘の鬼太郎に対する想いが故だ。
しかしそんな想いを抱いているのは自分だけで、
鬼太郎からしてみれば自分は仲間でしかない。
いわばこれは自分のエゴ。
それを鬼太郎に押しつけるわけにはいかない。
ネコ娘はそんなふうに考えていたのだ。

「・・・で、どうして僕に黙ってたんだい?」
「・・・だって、これはあたしが勝手に考えたことだし・・・。」
 どう説明したらいいのか、ネコ娘は困ってしまう。
「・・・ふぅん、僕には関係ないってこと?」
「そっ、そうじゃなくて・・・。」

力をつけ、戦いの最前線に立つということは、それだけ危険に晒されるということ。
できれば彼女を戦いに巻き込みたくはない。
ネコ娘の傷ついた姿など、絶対に見たくない。
もしもネコ娘の身に何かあったら、後悔では済まないことはわかっている。

・・・そして飛騨に行くということは、黒鴉の元に行くということ。
ネコ娘が自分以外の誰かに靡くことなど考えられないが、
それでもネコ娘に好意をもっている男の側に黙って置いておくことなど、鬼太郎にはできない。
しかしそんな鬼太郎の想いなど知らないネコ娘は・・・、
「だって・・・、鬼太郎に言ったら反対されると思って・・・。」
そう、言いづらそうに俯く。
それを見て鬼太郎は、ふぅ、と小さく息をつき、
「どうしてそう思うんだい?」
と、穏やかに問いかける。
「・・・あたしは鬼太郎の力になりたいの。
・・・でも、鬼太郎にとってあたしは・・・ただの仲間でしかない・・・。
だから・・・だから・・・。」

ただの仲間

自分で言って、なんだか悲しくなってくる。
最後は涙声になってしまった。
拒絶されるのが怖かった。
だからこそ自分一人で決めたのだ。
鬼太郎はネコ娘の思いを知り、自分を責めた。
元はといえば自分の態度が原因なのだ。
普段から素っ気なく接し、想いを悟られないようにしてきた。
そのことでネコ娘を追い込んでしまった。
「・・・ごめんよ、ネコ娘。」
「・・・えっ?」
突然謝られて、ネコ娘は潤んだ瞳で鬼太郎を見つめた。
「僕はただ、君を危険な目に合わせたくなかったんだ。
・・・それがどういう意味か、わかるかい?」
「えっ・・・、それって・・・。」
「あぁ、そうだよ。僕にとって、君は仲間以上に大切な存在なんだ。」
そう言って照れくさそうに笑う。
「・・・ウソ・・・だって、そんな素振り・・・。」
大きな目を更に大きく見開き、ネコ娘は困惑している。
すると鬼太郎が近づいてきた。
そして次の瞬間、ネコ娘は鬼太郎の腕の中に包まれていた。
「っ!!きっ、鬼太郎・・・。
・・・本当に・・・、本当に鬼太郎もあたしのことを・・・?」
まだ信じられない様子のネコ娘に、どれだけ自分の態度が素っ気なかったのか、
鬼太郎は改めて気付かされた。
(僕はバカだな・・・。)
そう心で呟き、自潮気味に笑う。

「・・・君が好きだよ、ネコ娘。」
静かに耳元で囁く声に、ネコ娘の頬を涙が伝う。
「ふっ・・・くっ・・・きたろぉ・・・っ!!」
長い間募らせてきた想いが止め処なく溢れ出す。
鬼太郎の肩に顔を埋め、回した腕にギュッと力を込めた。
泣きじゃくるネコ娘の頭を、鬼太郎は優しく撫でる。
「ネコ娘、君が飛騨に行くのを止めたりはしないよ。
でも無茶はしないと約束できるかい?」
「鬼太郎・・・、うん、約束するわ。」
未だ止まらない涙で頬を濡らしながら、鬼太郎の首筋に顔を埋めた。
それを見て鬼太郎は安心したように微笑んだが、
思い出したように、
「あ、それともう一つ約束。僕以外の男に隙を見せないこと。」
ネコ娘は不思議そうな顔で、念を押す鬼太郎を見つめた。
「?・・・うん、わかった。」
なんのことだかよく分からない様子のネコ娘に、鬼太郎は笑顔を向ける。

「さぁ、皆のところに戻ろうか。」
鬼太郎はネコ娘の返事を待たずに歩き出す。
「あ、待ってよ、きたろ~!」

一生懸命な君は好きだけど、そう思ってるのは僕だけじゃないんだよ。
君は気付かないだろうけど。

そんなふうに考えて、鬼太郎はネコ娘を見つめた。
「?鬼太郎?」
きょとんとしたネコ娘の顔が愛おしくて、つい魔がさした。
鬼太郎はネコ娘の柔らかそうな頬にチュッと口付けた。
「にゃっ!?」
途端真っ赤になり固まってしまった。
「置いてくよ。」
そんなネコ娘に背を向けて、鬼太郎は人知れず笑みを浮かべた。
「もっ、もう!鬼太郎!!」
照れて怒っているネコ娘を置いて、鬼太郎は歩き出す。

さて、お婆達にはなんて言い訳しようか。

そんなことを考えながら、鬼太郎はゆっくりと下駄を鳴らして歩いていく。

 

 

 

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