ある冬の日。
バイト帰りのネコ娘は溜め息をつきながら歩いていた。
手に持っている紙袋にはあの親子へのお土産。
それを見つめて再び溜め息を吐いた。
「きたろ~、おやじさ~ん、ただいま~。」
そう言って筵を捲り中へと入る。
鬼太郎は、
「おかえり、ネコ娘。」
と迎え入れるが、少々元気のない姿を見て尋ねる。
「何かあったのかい?」
「うん・・・、実はね。」
そう切り出し、鬼太郎の向かいに座り手土産を渡す。
「実は、来週から1ヶ月、長野に行かなきゃならないの。」
「長野?どうして?」
「今行ってるバイト先の店長の弟さんが、
長野でペンションを経営してるらしいんだけど、
スキーシーズンの今、人手がなくて困ってるんだって。」
「なるほどね。
頼まれて断れなかったってことか。」
「そういうこと。」
一通り経緯を話すと、ネコ娘は溜め息をついた。
「確かに期間は長いけど、何か心配なことでもあるのかい?」
乗り気じゃないのには何か理由があるのだろう、と鬼太郎は思った。
「心配なのは鬼太郎のことよ!
あたしがいなかったら一日中ダラダラするに決まってるもの!」
そう言って肩を竦めるネコ娘に、鬼太郎は苦笑いするしかなかった。
「それに・・・。」
「それに?」
「あ、ううん、なんでもないの!」
何かを言いかけてやめたネコ娘を、鬼太郎は不思議そうに見つめた。
(会えなくて淋しいなんて、言えるわけないじゃない・・・。)
ぽかんとしている鬼太郎を横目でちらっと見ながら、
また一つ小さな溜め息を洩らした。
長野へと出発する日、ネコ娘は旅立つ前にゲゲゲハウスを訪れていた。
ピンクの大きなスーツケースはこのために買ったものだ。
一ヶ月がどれくらい長いかを、スーツケースの大きさで実感した。
「じゃあ、ちゃんとご飯食べてね。」
「あぁ、わかったよ。」
鬼太郎は苦笑いしながらそう答える。
「じゃあ・・・・。」
そう言って、しばらく会えないのだからと、
目に焼き付けるように鬼太郎をじっと見つめる。
「?どうかした?」
と、当の鬼太郎は平気な様子できょとんとしている。
それを見て、ネコ娘はつい吹き出してしまう。
別に永遠の別れではない。
永い時を生きる妖怪にとって、一ヶ月など一瞬にすぎない。
鬼太郎を見ていたら、そう思えてきたのだ。
「あはは、なんでもない!
じゃあおやじさん、鬼太郎、いってきます!」
「気をつけてな。」
二人に見送られ、ネコ娘はゲゲゲハウスを後にした。
長野のペンションに着くや否や、早速仕事の説明を受けた。
それは朝早くから夜遅くまで、かなりハードな仕事だった。
しかし元々接客の得意なネコ娘は、ペンションという家庭的な雰囲気もあり、
あまり苦に感じることはなかった。
ただ、夜仕事を終え、借りている部屋に戻るとつい考えてしまう。
電話をしようかとも思うのだが、普段あまり電話することがないせいで、
どうにも掛けづらい。
そんな毎日はあっという間に過ぎ、長野に来てから2週間が経った。
仕事にもすっかり慣れ、気持ちに余裕ができたことで、
逆に考える時間が多くなる。
(はぁ・・・、鬼太郎どうしてるかな・・・。)
その頃ゲゲゲハウスでは・・・。
「やはり、ネコ娘がおらんとこの家も静かじゃのう。」
茶碗風呂に浸かったまま、目玉おやじは呟いた。
「・・・そうですね。」
仰向けになり、天井を見つめたまま鬼太郎は答える。
そして、改めて目玉おやじの言葉について考えていた。
静か・・・というより暗い。
当たり前のようにこの家にいるネコ娘。
勿論四六時中いるわけではない。
だが、何かが違う。
ネコ娘がいると、空気が温かく感じる。
そんな風に考えていると、頭の中にネコ娘の笑顔が浮かぶ。
するとその笑顔が無性に見たくなる。
いつもダラダラしているが、ネコ娘が長野に行ってからというもの、
より一層寝てばかりの息子に、父は普段通り接していた。
さっきの言葉も無意識に出たものだ。
目玉おやじにとっても、ネコ娘は本当の娘のような存在だ。
クルクルと変わる、まさに猫の目のような表情に、親子共々元気をもらっている。
殊更息子にとっては特別な存在だということもわかっている。
周りから見れば普段通りに見えるだろう。
本人でさえも自分の態度には気づいていないかもしれない。
しかし、息子にとって唯一無二の存在であることには間違いない。
未来にはきっと、3人でこの家で過ごすことになるのだろう。
そんなことを考えると、無意識に笑みが零れる。
夜になり、もうすぐ日付が変わろうとする頃、
ネコ娘は自室で一人緊張していた。
「・・・どうしよう、なんか凄くドキドキする・・・。」
緊張から、ケータイの通話ボタンが押せずにいた。
「悩んでても仕方ないよね・・・えいっ!!」
意を決してボタンを押すとプルルル・・・と、呼び出し音が聞こえてくる。
ドキドキしながらケータイを耳に充て、相手の声を待った。
「もしもし。」
「あっ、鬼太郎?・・・あたし。」
「・・・ネコ娘?」
互いの緊張した声が伝わる。
「う、うん!げ、元気?」
「え、あ、うん。ネコ娘は?」
「あ、あたしはいつだって元気よ!仕事にも慣れたし!」
まだ緊張はとれないが、誤魔化すように明るく努める。
「そう、・・・ところで、どうしたんだい?」
その声を聞いて少し安心した鬼太郎は、用件を聞いた。
「えっ?あ、用事があったわけじゃないんだけど・・・、
どうしてるかなって思って・・・。」
「あぁ、ここのところ手紙もないし、いつも通りさ。」
「そっか。おやじさんは?」
そう聞かれて、鬼太郎は後ろを見やる。
「父さんなら寝てるよ。」
それを聞いて、布団に入りすっかり眠りこむ目玉おやじを想像すると、
ネコ娘は安心した。
「そう・・・。鬼太郎は寝てなかったの?」
「あぁ、昼間寝過ぎてしまってね。」
「もう!やっぱりダラダラしてるのね!」
電話越しにネコ娘の顔が想像できて、鬼太郎は苦笑いした。
「・・・会いたいな・・・。」
「えっ?」
ふいにネコ娘が呟いた。
「・・・本当は淋しくて電話したの。」
「・・・ネコ娘・・・。」
耳元で聞こえる淋しげな声に、ドキッとする。
「・・・鬼太郎に会いたい・・・。」
普段なら言えないことも、顔が見えないことで素直に出てくる。
そんなネコ娘の気持ちを聞いて、鬼太郎もなんだか切なくなる。
「・・・あと2週間したら会えるじゃないか。」
無意識に、声色も優しくなる。
「うん・・・、そうだよね。エヘヘ、駄目だなぁ、あたし。」
ネコ娘はそう言って明るく振る舞う。
それを聞いて、鬼太郎はいてもたってもいられなくなった。
「ネコ娘、僕もそろそろ寝るよ。」
「あ、うん!ごめんね。
・・・じゃあ、おやすみ、鬼太郎。」
「うん、おやすみ。」
そう交して電話を切った。
たった今まで声を聞いていたのに、会いたい気持ちは強くなってしまった。
思わず涙が零れる。
(鬼太郎は、淋しくないのかな・・・。)
自分だけがそう思っているのかもしれないと思うと、余計に涙が溢れる。
机に突っ伏して涙していたが、やがてそのまま眠りに落ちていった。
しばらくすると、コンコンという音で目が覚めた。
半分しか開いていない目で音の出どころを探すと、窓の向こうに人影を見つけた。
一瞬驚くが、それがある人物だとわかるとすぐに窓を開ける。
「鬼太郎!?」
「やぁ、入っていいかい?」
ネコ娘はあまりの出来事に頷くことしかできない。
部屋に入り、ベッドに腰掛けてこちらを見ている鬼太郎に、
「ど・・・どうして・・・?」
と、真っ白な頭で聞く。
すると、
「会いたいって言ったのはネコ娘じゃないか。」
と、なんともない様子で返された。
「そっ、それはそうだけど・・・、でももう寝るって・・・。」
自分で言ったことを目の前で言われると恥ずかしくなり、頬が赤くなってくる。
「ネコ娘が泣いてるんじゃないかと思ったら、なんだか眠れなくてね。」
心配したのは本当だが、それよりも、鬼太郎自身が会いたかったのだ。
電話を切った後、一反もめんを呼び出し、
つるべ火を使って長野までくると、一反もめんに乗ってネコ娘の妖気を探した。
かなり時間がかかってしまったがなんとか探し出し、
一反もめんには帰りは一人で大丈夫だから、と先に帰した。
「・・・きたろぉ!」
自分を心配してくれたことが嬉しくて、そのまま鬼太郎に飛び付いた。
「わっ!ネコ娘!?」
飛び込んでくるネコ娘を受け止める暇もなく、そのままベッドに押し倒された。
男としてはこれ以上おいしいシチュエーションはなかったが、
当のネコ娘は鬼太郎の胸の上で泣いている。
(やれやれ・・・。)
ふぅ、と一つ息を吐いて、ネコ娘の頭を撫でてやる。
すると落ち着いたのか、胸に頬擦りしながら、
「・・・きたろ・・・、ありがと・・・大好き・・・。」
と、呟いた。
「ネコ娘・・・。」
頭を撫でたままその顔を見ると、幸せそうに微笑んで寝息を立てていた。
「まったく・・・、無防備なんだから。」
そう呟いて眉を下げる。
そして、ネコ娘をベッドに寝かせ、
「まったく・・・、君はずるいな。」
と、耳元で囁く。
するとくすぐったいのか、
「にゃぅ。」
と、まるで返事のように短く声をあげ、鬼太郎の腕の中にすっぽりと収まった。
鬼太郎はそれを見て優しく抱きしめた。
ネコ娘の体温が鬼太郎に伝わり、とても満たされていくのを感じた。
(君はいつでもこうやって、僕を温もりで包んでくれてたんだね。)
「ネコ娘、君が好きだよ・・・。」
起きてるときに言えたらな、と自嘲気味に笑って目を閉じる。
外は雪が降り出し、辺りを白く染めていく。
二人はお互いの温もりを感じながら、幸せな夢を見た・・・。
終