甘い魔力

南方&中国妖怪との戦いの翌日、
プライベートビーチで思う存分遊んだ横丁メンバーは、
ホテル代わりの南方妖怪のアジトで思い思いの時間を過ごしていた。
そんな中、ネコ娘は
水着パーカーを羽織り、一人砂浜へと向かう。

空はすっかりオレンジに染まり、海は夕陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
「綺麗・・・。」
誰もいない砂浜で、ネコ娘はただただその美しい景色を眺めていた。
本当は鬼太郎と二人で来たかったが、
前日の戦いで疲れ果てた彼をゆっくり休ませてあげたかった。

(ねずみ男には騙されたけど、少しはのんびりできたかな・・・。)
甘い妄想とは別に、いつも戦いに明け暮れている鬼太郎にとって、
少しでも気分転換になればと考えていた。
もちろん家でのんびりするのが一番だが、海には解放感がある。
だからこそ鬼太郎を誘ったのだ。

砂浜に腰を下ろし目を瞑る。
聞こえてくるのは波の音だけ。
頬を撫でる風は心地よく、いつしかネコ娘は眠りへと誘われていく。


ネコ娘は夢を見ていた。

何もない白い世界。
目の前には鬼太郎の姿があった。
「鬼太郎・・・。」
そう声を掛けると、感情のない顔で遠ざかっていく。
「待って!」
慌てて追いかけようとしても、うまく走れない。
急に不安な気持ちに駆られる。
「イヤ!行かないで、鬼太郎!!」
そう叫んで追いかけるが、鬼太郎の姿はどんどん遠ざかる。
「鬼太郎ー!!」
力の限り名前を呼ぶが、その姿はもう見えない。
ネコ娘はその場に崩れ落ちる。
「きたろ・・・どうして・・・?
置いていかないでよぉ・・・。」
ポロポロと涙を流しながら、ただ鬼太郎の名前を呼び続けた。

ふと意識が戻る。
すると目の前には鬼太郎の顔があった。
ぼんやりする頭で必死に考える。
頬が冷たい。
パッと目を見開き、現状を理解する。
「きっ、鬼太郎!?」
砂浜で膝を抱えたまま眠ってしまったのだ。
「ネコ娘、どうしたんだい?」
鬼太郎はきょとん顔で見つめている。
「えっ・・・?」
夢の中で泣いていたつもりが、実際も涙を流していたのだ。
頬の冷たさは涙の痕だった。
「泣いたりして・・・。
嫌な夢でも見たのかい?」
今度は少し心配そうに聞いてきた。
「あ、うん・・・、ちょっとね・・・。」
誤魔化すように涙を拭いながら、笑って見せる。
何故あんな夢を見たのか?
おそらく、妖怪との戦いの度に傷つく姿を見て、
いつか自分の前から消えてしまうのではないかという不安からだろう。
明るく振る舞ってはいても、常に心のどこかで危機感を持っているのだ。
しかしそんな気持ちは鬼太郎に知られたくない。
この先も自分の中にだけしまっておくつもりでいる。
ネコ娘は悟られまいと
話題を逸らした。

「ところで体はもう大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ。」
「そう、よかった。」
そう交した後は、二人とも無言だった。


「・・・綺麗ね。」
「・・・そうだね。」
光る海を二人っきりで見つめている。
それだけでネコ娘の心は温かい気持ちで満たされていく。
「・・・なんか、幸せだなぁ・・・。」
心にある気持ちが自然に言葉となっていた。
そしてゆっくりと鬼太郎の肩に頭を傾ける。
鬼太郎は海を見つめたまま、何も言わずに微笑んでいた。
「・・・鬼太郎?」
肩に凭れたまま、静かに名前を呼ぶ。
「・・・ん?」
相変わらず前を見つめたままだが、その声は優しく響く。
「えへへ・・・あたし、『鬼太郎』って呼ぶのが好きなんだぁ・・・。」
目を瞑ってそう呟く。
鬼太郎は何も言わずに全てを受け入れていた。

「・・・ねぇ鬼太郎?」
「・・・なんだい?」
「これから先もずーっと、こうして傍で『鬼太郎』って呼んでいい?」
「・・・うん。」

辺りが夕闇に包まれていく。
ずっと海を見つめていた鬼太郎がゆっくりと動いた。
ネコ娘は鬼太郎の肩にもたれたまま少しだけ顔を上げ、目を瞑る。
やがてネコ娘の顔が鬼太郎の顔で影になると、すぐ近くで声がした。

「・・・ネコ娘・・・。」

そう名前を呼ぶ声は甘く、そしてどこか切ない。
ネコ娘の胸はキュッと締め付けられる。

「鬼太郎・・・、好き・・・。」

息がかかるほど近くで呟いた。
すると程なくして、ネコ娘の唇に温もりが降ってきた。
さらさらと鬼太郎の髪が頬を擽る。
そして、重ねられた唇が名残惜しそうにゆっくりと離れた。
トクントクンという鼓動が頭まで伝わる。
ネコ娘は少しだけ目を開けて、鬼太郎を見つめた。
すると鬼太郎は優しく微笑んで、

「僕も君が・・・。」

そう言って、もう一度その柔らかい唇を塞いだ。
ネコ娘は、心も身体も蕩けそうな感覚に堕ちていく。
それを察してか、鬼太郎は愛しおしそうにネコ娘の身体を包みこむ。
海の魔力にかかったように甘い時間に酔いながら、
二人は景色に溶け込んでいった。

誰もいない、二人だけの海に・・・。

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