夢か現か

ある日のこと。

「きたろ~?」
いつものようにネコ娘はゲゲゲハウスを訪れた。
「やぁ、ネコ娘。」
「はい、妖怪ポストに手紙が来てたわよ。」
そう言って、手紙を手渡す。
「あぁ、ありがとう。」
鬼太郎はそれを受け取ると、封を切り中身を
取り出した。
すると便箋が1枚と、2枚の紙が入っていた。
ひとまず便箋を広げて読んでみる。
「ハヤテ君からだ。」
「あぁ、
ゲームのときの!」
数ヶ月前、文車妖妃によりモンモン
モンスターというゲームに
閉じ込められてしまった少年だ。
「『この前のお礼に
映画のチケットを送ります。
ネコ娘さんと観に行って下さい。』だって。」
「なんの映画なのかしら?」
そう言って同封されていたチケットを見ると、
「これって・・・。」
「うん、モンモンモンスターが映画化されたって書いてある。」
「へぇ~、面白そうね!」
事件が
口コミで広がり予想以上のヒットとなったため、
急遽映画が制作されたらしい。
「父さんはどうします?」
目玉おやじは相変わらずゲームにハマっているようで、
ネコ娘が来てからもゲーム機にかじりついていた。
「わしはゲームで忙しいから、二人で行ってくるといい。」
ゲームに集中しながら答える姿に、二人は苦笑いした。
「じゃあ行こうか、ネコ娘。」
「うんっ!」
「それじゃあ行ってきます。」
そう目玉おやじに告げるが、もう聞いていなかった。

人間界までやってきた二人は、最近出来たばかりの映画館に入った。
「二人っきりなんて久しぶりね。」
「そうだっけ?」
「んもぅ。」
相変わらずの鬼太郎の態度に多少頬を膨らますが、
それよりもこうして二人っきりになれたことが嬉しくて、
それ以上は何も言わなかった。

二人は早速席に座り上映を待った。
平日の昼間ともあって、客はまばらだった。
これならゆっくり観れそうだと、二人揃って安心する。
やがて照明が暗くなる。
ネコ娘がちらっと横を見れば鬼太郎もこちらを見ていて目が合った。
「あっ・・・。」
「あ・・・。」
お互い見てないと思っていたのに目が合ってしまい、さっと反らした。
暗闇という状況が不思議な気分にさせるのか、二人は妙にドキドキしてしまう。
やがてそんな二人をよそに上映が始まった。

映画の舞台は実在しないファンタジーの世界。
主人公の少年とヒロインの少女は同じ村に住む幼なじみで、
魔王の出現により旅立つことになる。
主人公の少年は、正義感は強いが幼なじみの少女に対してはぶっきらぼうで、
そのくせ他の
女の子には優しい。
幼なじみの少女はしっかり者で、主人公に想いを寄せているが、
説教癖があって顔を合わせれば口ゲンカになってしまい、その想いを伝えられずにいる。
物語はそんな二人の心の成長を描いていた。
ネコ娘はそんな二人を、つい自分達に重ねてしまう。
そのため、映画の世界に入りこんでいった。
最初はお互い素直になれずにいたが、旅を続けるうち
少しづつ心の距離が縮まっていく。

物語も終盤に差し掛かり、ヒロインの少女が主人公の少年を
敵の攻撃から身を挺して守る場面。

-どうしてこんなことをしたんだ- 
という主人公に、
ヒロインは、
-あなたのためなら私の命など惜しくない-
 と答えた。
ネコ娘はそれを聞いて胸が熱くなり、思わず涙を溢した。
(あたしと同じだ・・・。)
そう思った。
その時、膝の上で握りしめている手に微かな温もりが降ってきた。
見ると鬼太郎の手がネコ娘の手を包むように置かれていた。
パッと隣を見れば、鬼太郎はまっすぐに
スクリーンを見つめている。
そんな何気ない優しさが、ネコ娘には嬉しかった。
やがてネコ娘もスクリーンに目を移す。
主人公の少年は、ぐったりとしている少女を力いっぱい抱きしめて、

-お前がいない世界なんてオレがいる意味がない-

と叫ぶ。
それを聞いて、ネコ娘は更にポロポロと涙を流す。
すると鬼太郎の手に少しだけ力がこもる。

傷ついたヒロインもなんとか回復し、
最後の魔王との戦いは、二人の同時攻撃によって決した。
その時鬼太郎とネコ娘の頭には、文車妖妃との戦いが浮かんでいた。
映画と同じく、二人で止めを刺したからだ。
物語の最後には、魔王を倒し平和が訪れた世界の、
幼なじみの二人が住んでいた村が映し出される。
そこには元気に走り回る小さな男の子。
すると後ろから声がする。
男の子が振り向き、
お父さんお母さん
と言って駆け寄る。
そこにはすっかり大人びた幼なじみの二人の姿。
映画はそこで終わった。
スタッフロールが流れ、やがて照明が明るくなる。
鬼太郎がネコ娘を見ると、まだ涙は止まらないようだった。
「ネコ娘、終わったよ。」
そう優しく声をかける。
「・・・うん、ひっく・・・ごめ・・・。」
必死に喋ろうとする姿を見て、少し困ったように笑う。
「さぁ、帰ろう、ネコ娘。」
そう言ってネコ娘の手を引いて映画館を出る。

歩いているうちに、ネコ娘も落ち着いたようで、
「面白かったね!」
ともういつもの笑顔だった。
「そうだね。」
その笑顔を見て、鬼太郎も笑顔で返す。
すると、ネコ娘の向こうに公園が見えた。
「ネコ娘、少しあそこで座ろうか。」
「えっ?あ、うんっ!」
鬼太郎が自分から話をしようと誘ってくれたのだ。
ネコ娘は嬉しくて更に笑顔になる。

公園に入り少し歩くと大きな池があり、
桟橋には貸しボートが何隻か泊めてあった。
「あっ!」
ボートを見つけたネコ娘が、思わず声をあげた。
「どうした?」
「あ、ううん・・・。」
ボートに乗りたいと思ったが、
鬼太郎は面倒だと言うかもしれないと思うと言えなかった。
しかし鬼太郎は、そんなネコ娘を優しく見つめ、
「ボート、乗る?」
と聞いてきた。
それを聞いて、ネコ娘の顔がパッと明るくなる。
「・・・うんっ!」
本当に嬉しそうな笑顔に、鬼太郎も思わず頬が弛む。

二人はボートに乗りこみ、しばらく光る水面を眺めていた。

「・・・あたしね、ゲームに閉じ込められてた時、少しだけ嬉しかったんだ。」
静かに語り出すネコ娘に鬼太郎は聞き返した。
「嬉しかった?」
「うん、だってゲームの世界では鬼太郎と肩を並べて戦えたんだもん。」
伏し目がちに、思い出しながらそう呟いた。
「現実の世界では、鬼太郎に頼ってばっかりで、
最前線で一緒に戦うことなんてできないから・・・。」
そこまで言って、少し悲しそうな目をする。
「ネコ娘・・・。」
「さっきの映画のヒロインの気持ち、凄くわかる。」
そこまで聞いて、鬼太郎は少し考えてから口を開いた。

「・・・でも僕は、僕のために命を投げ出して欲しくなんかないよ。」
「えっ?」
鬼太郎の少し険しい声に、ネコ娘は顔を上げた。
「・・・僕も主人公と同じ気持ちだよ。」


『お前がいない世界なんて、生きる意味がない』


主人公は確かにそう叫んだ。
鬼太郎もそれと同じだと言う。
それを理解したネコ娘は、一筋の涙を流して綺麗に笑う。

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「鬼太郎・・・、ありがとう。」
それを見つめて、鬼太郎も穏やかに笑う。
そしてギシッとボートが軋み、二つの影が一つになった。

 P3170918.JPG 

まるで映画のワンシーンのように。

       

 

 

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