夏の魔物

穴ぐら入道のところから帰ってきた鬼太郎とネコ娘は
ゲゲゲハウスでまったりしていた。
目玉おやじは茶碗
風呂に浸かりながら、すっかり眠りこんでいる。

「それにしても、いやけ虫って怖いわねぇ~。」
ネコ娘は先ほどまでのことを思い出しながら呟いた。
「ん?あぁ、そうだね。」
いやけ虫から解放されても、鬼太郎はぼーっとしながらそう答える。
「んもぅ、鬼太郎ってば元に戻ってもこれなんだから~。」
ネコ娘は呆れながら肩を竦めた。

そのとき、

「にゃっ!!」
ネコ娘は大きく目を見開き、ピンと背筋を伸ばして固まった。
「?どうした、ネコ娘?」
鬼太郎は仰向けのまま、顔だけをこちらに向けて尋ねる。
「ひっ!!きた・・・ろ、・・・む・・・虫・・・が・・・。」
ビクンと身体を震わせて、そう絞り出す。
「虫?さっきの?」
ネコ娘は目に涙を溜めてコクコクと頷く。
「どこに?」
鬼太郎は起き上がり、キョロキョロと辺りを見回す。
「せっ・・・
背中・・・にゃっ!!!」
なるべく身体を動かさないようにしていたが、
背中に入りこんでいた虫が動いた。
「取り損ねたのがいたんだな。」
鬼太郎は冷静だった。
「ふにゃっ・・・、きたろ・・・お願い・・・取ってぇ・・・。」
ネコ娘は必死に訴える。
「えぇ~・・・。」
しかし鬼太郎はあからさまに面倒くさそうだった。
「あっ・・・うにゃあぁん・・・きたろ・・・お願い・・・早くぅ・・・。」
虫が動く度にゾワゾワする背中に耐えながら鬼太郎に訴える。
「!!」
潤んだ瞳でこちらを見つめ、僅かに身を捩りながら懇願する姿を見て、
鬼太郎の
心臓がドクンと大きく脈打つ。

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「あ、あぁ、わかったよ・・・。」
動揺を隠しながらネコ娘の前までくると、そっと肩に手を乗せる。
鬼太郎の手は震えていたが、ネコ娘はギュッと目を瞑り
必死に悪寒に耐えていて気付かない。
鬼太郎はゴクリと喉を鳴らし、
覚悟を決めて手を
Tシャツの中に差し入れた。
「んんっ!!」
鬼太郎の手が肩に
触れると、ピクンと身体を震わせた。
「どっ、どの辺?」
心臓が激しく鼓動するのを隠しながら、虫の居場所を探る。
「も・・・もっと下・・・。」
そう言われ、指示通りに手を下へと動かす。
すると何かに触れた。
「あっ・・・。」
ネコ娘は短く反応すると、仄かに頬を赤らめる。
「あ・・・。」
それを見て、鬼太郎が触れたものが
ブラジャーだったことに気付いた。
途端に鬼太郎も赤くなった。
「ごっ、ごめん!」
「い、いいの!気にしないで!」
ネコ娘の言葉に少しだけホッとして、虫の捜索に戻る。

鬼太郎としては、なるべく肌に触れないように努力しているのだが、
ネコ娘にしてみれば、その触れるか触れないかという感覚が、逆に鼓動を高めていた。
鬼太郎は、時折聞こえる小さな喘ぎ声にドキドキしながら、
必死に虫を探すが、なかなか見つからない。
その時、ふと何かが視界に入った。
見ると、床の上をちょろちょろと動いている虫だった。
(なんだ・・・、どこかから出てたんだ・・・。)
鬼太郎は気が抜けたように、一つ息をついた。
すると、少し冷静になった頭に、ムクムクと悪戯心が湧いてきた。
鬼太郎はネコ娘に気付かれないように、虫をポケットにしまってから、
再び背中へと意識を戻す。
そして背中の真ん中から下へと、人差し指をつつっと滑らせてみる。
「んあっ!」
ピクンと背筋を伸ばし、反応する。
すると鬼太郎は、ネコ娘の耳元で囁いた。
「父さんが起きちゃうから、大きな声出しちゃ駄目だよ。」
「っ!!・・・う、うん。」
突然耳元で囁かれて、ネコ娘は驚いた。
それと同時に、なんだかいけないことをしているような気がして、
ドキドキしてしまう。
そんなネコ娘を見ていると、最初はもう少しだけ
虫が出てきたことを黙っていようという小さな悪戯のつもりだったのに、
なんだか妙な気分になってきた。

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だんだん、鬼太郎の意思と手の動きが伴わなくなる。
「にゃぅ・・・。」
今までの遠慮がちな触り方ではなく大胆に触れられると、
ネコ娘は切なそうに小さく声をあげる。
そんなネコ娘の声を聞いていると、理性がどこかへ飛ばされそうだった。
顔を見れば頬は赤く染まり、息は荒い。
大きな瞳は半分閉じられ、トロンとしている。
すると鬼太郎の目に半開きの唇が飛び込んできた。
目を反らそうと思っても、心臓の鼓動が激しくなるばかりで反らせない。
「・・・ネコ娘。」
無意識に名前を呼び、ゆっくりとその柔らかそうな唇に近づいていく。
「・・・きたろぉ・・。」
ネコ娘もそれを待つように目を閉じた。
お互いの距離が10cmまできたときだった。

「うぅ~ん。」
突然聞こえてきた声に、二人とも飛びあがった。
声の出どころを見ると、相変わらず眠っている目玉おやじ。
どうやら寝言のようだった。
二人は顔を見合わせると、同時に真っ赤になった。
(ぼっ、僕は・・・一体・・・。)
我に返ると急に恥ずかしくなる。
ちらっと横目でネコ娘を見ると、やはり恥ずかしさに顔を真っ赤にしていたが、
鬼太郎の目は、つい唇にいってしまう。
相変わらず柔らかそうな唇に、再び胸が高鳴る。
すると、
「あっ・・・。」
と、ネコ娘が声をあげる。
一瞬ビクッとしたが、ネコ娘の視線の先を見ると、
ポケットから抜け出した虫が動いていた。
「な、なぁんだ、もう出てたのね!」
ネコ娘は意識的に明るくそう言って笑う。
「ほ、本当だ!ま、まったく、人騒がせだなぁ!」
「ご、ごめ~ん!でも、ありがとう!」
「あ、あはは、どういたしまして・・・。」
鬼太郎も明るく努めるが、二人の間にぎこちない空気が流れる。


「じゃ、じゃあ、そろそろあたし、帰るね!」
微妙な空気に耐えかねて、ネコ娘は立ち上がった。
「あ、あぁ、気をつけて・・・。」
ネコ娘が戸口から出ていくのを見送り、窓からその姿を見つめていると、
「へっくしゅん!」
と、小さなくしゃみが聞こえた。
「あ、すみません。今足しますから。」
そう言って、冷めてしまった茶碗風呂にお湯を足していく。
薬缶を傾けながら、鬼太郎はさっきまでの事を考えていた。
手にはまだ、ネコ娘の温かくて
すべすべの背中の感触が、
耳には切なそうな声が残っていて、考えると顔が熱くなる。
(僕はどうしてしまったんだ・・・。)

一方ネコ娘も、同じような状況だった。
(鬼太郎があたしに・・・キスを・・・。)
考えれば考えるほど顔の熱は増していく。

 

たった数分間の出来事、
それはまるで夏の魔物の悪戯。

 

 

 

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