光射す場所

強くなりたい

そう思ったのは一度や二度じゃない。
だけど、今回ほど強く思ったことはなかった。


鬼界ヶ島での西洋妖怪との戦いに勝利した横丁メンバーが帰ってきたのは、
旅立って6日後のことだった。
元気な姿で帰ってきた鬼太郎たちを、横丁の妖怪たちが盛大に出迎える。
メンバーが思い思いに手を振る中、鬼太郎はたった一人の姿を探した。
しかしどこを見てもあの
ピンクリボンが見つからない。

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陸に上がり歓迎を受ける中、鬼太郎だけが落ち着かない様子で、
隣にいた砂かけ婆に声を掛ける。
「僕、一度家に帰るよ。」
「何を言っとる!これから横丁で
宴会が待っとるんじゃぞ。」
そう引き止める砂かけ婆に目玉おやじを任せ、後で行くからと言い残し、
その場を走り去る。

全速力で森を走り抜ける。
やがて見慣れた我が家が見えてくる。
すっかり陽が暮れて辺りは闇に包まれる中、
ゲゲゲハウスからは明かりが漏れている。
(やっぱり・・・。)
出迎えに来ていないのならここしかないと思った。
やがて梯子の前まで来ると、走ってきたのを悟られないよう息を整える。
そしてはやる気持ちを抑え、ゆっくりと梯子を上っていく。
予定よりも随分遅くなってしまったせいできっと心配しているだろう、
と少し中に入るのを躊躇したが、すぐに思い直し筵を捲る。
中には探していた少女が、
ちゃぶ台に突っ伏して眠っていた。

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ハァ、と安心して静かに側まで歩み寄り、腰を下ろした。
その顔を見れば、
目の下にはクマが出来ていて、頬には涙の痕があった。
それを見て、胸が締め付けられた。
(心配かけて、ごめんよ・・・。)
心底申し訳なさそうに心の中で謝罪する。
ゆっくりと涙の痕を辿るように指を這わせると、うっすらと目を開ける。
「ネコ娘・・・。」
聞こえてきたのは、聞き慣れた、そして一番聞きたかった声。
目だけを動かし、その姿を確認する。
「っ!!鬼太郎・・・!!」
そう言うと同時に飛び付いていた。
「・・・っ!きた・・・ろ・・・。」
「・・・ネコ娘、遅くなってごめんよ。」
胸に顔を埋め、小刻みに震えながら泣いているネコ娘を、優しく
抱きしめる
「きたろ・・・、よかった・・・。」
よほど不安だったのだろう。
鬼太郎の存在を確かめるように、
背中に回した腕に力を入れる。
「ネコ娘、僕はちゃんとここにいるから・・・。」
「・・・うんっ・・・。」
少し安心したように何度も頷く。
しばらくネコ娘を胸に抱いたまま、しゃくりあげる背中を優しく擦っていた。
少しすると落ち着いたようで、ごめんねと言って離れた。
「落ち着いたかい?」
そう優しく話し掛けると、
「うん、ありがとう。」
と、涙を拭いながら笑顔で答えた。

「鬼太郎、身体は大丈夫なの?」
「うん、本当はもっと早く帰ってくるつもりだったんだけど・・・。」
そう言って、地獄の鍵のこと、それによって5日間も眠っていたことを話した。
「・・・そうだったの・・・。」
それを聞いて、ネコ娘の顔が曇る。
「で、でも、今はもうなんともないから!」
ネコ娘の顔を見て、慌てて安心させようとそう言ってみる。
だが、ネコ娘の顔は曇ったままだった。
「・・・あたし、鬼太郎があのまま帰って来なかったらって、ずっと不安だった。」
そう静かに話すのを、鬼太郎は黙って聞いていた。
「もしも、あたしにもっと力があったら、ついて行けたのにって・・・。」
そう言って、悔しそうに瞳が揺れる。
「ネコ娘・・・。」
旅立つ前に告げた言葉が、ネコ娘を苦しめていた。
それを思うと、もう少し言い方があったのかもしれない、と後悔した。

「ネコ娘、僕もね、自分がもっと強ければって思うよ。」
「えっ・・・?」
普段あまり自分の思っていることを話さない鬼太郎が、
珍しく自分の気持ちを話そうとしていることに、
そして、ネコ娘から見れば十分に強い鬼太郎がそんなふうに思っていたことに驚いた。
「もしも僕がもっと強ければ、皆を守りきれる力があれば、
こんなに心配させることもないのになって。」
「鬼太郎・・・。」

そうだ。
鬼太郎はいつでも皆を守るために戦っているのだ。
もしも守りきれずに死なせてしまったら、きっと自分を許すことはできない。
仲間が傷つくことを、誰より恐れているのは他でもない鬼太郎自身だ。

「・・・鬼太郎、ごめんなさい・・・。」
「どうして謝るの?」
「・・・鬼太郎がそんなふうに考えてるなんて、知らなかったから・・・。」
改めて、鬼太郎の仲間を思う気持ちを聞かされて、
自分がわがままだったんだと思うと申し訳ない気持ちになる。
「僕こそごめん。
言葉が足りなくて、君を苦しめてしまったね。」
やっぱり自分は
不器用だな、と心の中で呟く。
素直に謝る鬼太郎に、ううん、と首を振り、
「でも、やっぱり鬼太郎が心配だよ。
そうやって仲間の心配ばかりして、自分の事は二の次なんだもん。」
そう頬を少し膨らませて言うとごめん、と苦笑いする。
「だから、あたしが鬼太郎を心配するんだよ。」
そう言って微笑んだ。
「うん、ごめん。」
だけどね、と付け加えて、今度は素直に自分の気持ちを伝える。
「君が僕の帰りを待っててくれるから、
僕はどんな敵にでも立ち向かうことが出来るんだよ。」
その口調は穏やかで優しい。
「・・・鬼太郎・・・。」
「だから、ネコ娘には信じて欲しい。僕が必ず帰ってくるって。」

(それって、あたしだけに言ってくれてるんだよね?)
別に愛の告白をされたわけじゃないのに、
鬼太郎の言葉には何か特別だという意味が込められている気がした。
「鬼太郎、あたし・・・、信じてるよ。
これから何があっても、鬼太郎を信じてるから・・・。」
そう言うと、ネコ娘の頬を一筋の涙が伝う。
鬼太郎はそれを優しく指で拭いながら、ありがとうと微笑んだ。
(あぁ、言葉にするのはこんなに簡単なことなのに。)
と、自嘲気味に笑う。
「そうだ!横丁の皆が待ってるんだった!行こう!鬼太郎!」
すっかり元気を取り戻したネコ娘が、
そう言って鬼太郎の手を取って立ち上がる。
鬼太郎はただ、そうだね、と笑う。


君は光なんだ。
僕を闇から救い出してくれる唯一の光。
だからどんなに離れても君が僕を想ってくれる限り、
僕は必ずここへ戻ってくるから。
この光射す場所へ・・・。


 

 

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