ある冬の日。
いつも賑やかな妖怪長屋はいつも以上に賑やかだった。
今日の主役は艶やかな着物姿の女性陣。
なぜなら今日は、人間界でいうひな祭り。
だが元々騒ぐことが好きな妖怪たちは、ここぞとばかりに大宴会。
昼間から大いに盛り上がっていた。
いつもなら女性陣が給仕を担当するが、今日は男性陣がその係だ。
しかし主に走り回っているのは、かわうそ、呼子、傘化けだ。
家賃を払ってないことを砂かけ婆に責められれば、口ごたえはできない。
もう一人、家賃未払いの子泣き爺は何を言われても酒を呑むばかり。
鬼太郎が現れたのはそこにいる給仕係以外の参加者がすっかり出来上がってからだった。
目玉おやじは随分と早くから、化け烏に乗ってきていた。
現状シラフなのは鬼太郎と給仕係の3人だけだった。
鬼太郎の姿を最初に見つけたのはネコ娘だった。
「あっ!きたろ~!!」
酔っているのか、赤い顔で嬉しそうに手を振る。
鬼太郎は軽く手を挙げてそれに答えた。
やがてネコ娘の前までくると、
「はい!鬼太郎の分よ!」
と、甘酒を渡される。
ありがとう、とそれを受け取ると一口飲んだ。
甘くてトロッとした舌ざわり。
年に一度しか飲まないし、飲むたびに久しぶりだな、と思う。
隣に腰掛けているネコ娘を見れば、
「甘酒っておいしいよね!」
と、ご機嫌だ。
そうだね、と返すと嬉しそうにまた甘酒に口をつける。
「ところで、この着物・・・・、どう?」
甘酒を一口飲んで、遠慮がちに聞いてくる。
「うん、似合ってるよ。」
ここは素直に笑顔で答える。
するとネコ娘は心から嬉しそうに微笑んだ。
しばらくは話をしながら、料理を摘んだり甘酒を飲んだりしていたが、
ふとネコ娘の喋り方がおかしいことに気付いた。
「ネコ娘、だいぶ酔ったんじゃないかい?」
「にゃ?酔ってなんかないよぉ~~!」
間違いなく、完全に酔っている。
顔は真っ赤で、喋り方は酔っ払いそのものだ。
「酔ってるじゃないか。」
「酔ってないったらぁ!ちゃ~んとひとりで立てるし~・・・。」
と言いながら、立ち上がる。
が、すぐによろけた。
「にゃっ!」
倒れそうになるネコ娘を鬼太郎は支えた。
「やっぱり酔ってるじゃないか。」
真っ赤な顔を見てそう言うが、当の本人はただただご機嫌だ。
「にゃははは~、きたろ~~。」
ぽやんと笑って、支えている鬼太郎の首に腕を回し、頬を擦り寄せる。
「ネ、ネコ娘!?」
焦る鬼太郎をよそに、ネコ娘はゴロゴロと喉を鳴らす。
「今日は随分と酔っておるのぅ。
鬼太郎、悪いがネコ娘を二階の部屋まで運んでくれんか?」
その様子を見ていた砂かけ婆が、鬼太郎に声をかける。
「仕方ないなぁ・・・。」
そうボヤキながらヘロヘロのネコ娘を抱き抱え、二階へと向かった。
空いている部屋に入り、ネコ娘を畳の上に降ろし、横に置いてある布団を敷く。
おそらくこんなこともあるだろうと、砂かけ婆が用意しておいたのだろう。
「ほらネコ娘、布団敷いたから。」
そう言って、畳の上に仰向けになっているネコ娘を見ると、何やら顔色が悪い。
「ネコ娘?気分悪い?」
そう言って座らせた。
「んん・・・、きたろ・・・くるし・・・。」
「苦しい?どこが?」
「はぁ・・・着物が・・・。」
そこまで言うと、赤く染まった顔を上げ、
「きたろ・・・脱がせて・・・。」
「えぇっ!?」
苦しさからなのだろうが、その顔は切なげで妙に艶っぽい。
「・・・お願い。」
更にその大きな瞳を潤ませて懇願する。
本人はまったくそんなつもりはないだろうが、
鬼太郎からしてみれば誘惑以外の何ものでもない。
大して飲んでもないのに、顔が熱いのがわかる。
「きたろ・・・?」
小首を傾げて名前を呼ぶ姿に、鬼太郎は固まる。
(かっ・・・可愛い・・・。)
普段気が強い分、弱いところを見せられるとドキッとしてしまう。
「あっ、あぁ、着物がきついんだね。」
鬼太郎が一人であれこれ考えている間も、ネコ娘は苦しそうだ。
「し、仕方ないなぁ・・・。」
そう自分に言い聞かせ、ネコ娘の後ろに回る。
ネコ娘は苦しそうに小さく喘ぐ。
帯に手を掛けるが、その息遣いが妙に気になって仕方がない。
窓から差し込む陽はすっかり傾き、夕陽の光だけが部屋を照らしている。
そして、シュルッという帯を解く音と、ネコ娘の息遣いだけが部屋に響く。
すべてが官能的に思えて、鬼太郎の心臓が煩く鼓動する。
なんとか帯を解き、今度は前に回り紐を解くと、
ネコ娘はふぅ、と一息ついた。
そして、おぼつかない手で着物を脱ぎ始めた。
「ネ、ネコ娘!?」
慌てる鬼太郎をよそに、スルッと着物が落ちる。
「あ・・・。」
目にしたのは襦袢。
着物の下に襦袢を着ていることなど知らなかった鬼太郎は、
ホッとしたようながっかりしたような複雑な気持ちだった。
(・・・僕は一体、何を期待してるんだ?)
「きたろ~?」
すっかり苦しみから解放されたらしいネコ娘が、
トロンとした目で鬼太郎を見つめている。
「あ・・・、ネコ娘、もう苦しくないかい?」
そう言い終わると同時に、ネコ娘が飛び付いてきた。
「うわっ!」
そのまま布団に二人揃って倒れこむ。
仰向けの自分の上で、ネコ娘はゴロゴロと喉を鳴らしている。
「にゃ~ん。」
と、容赦なく甘えてくる。
鬼太郎の中で何かがプツッと切れた。
「ネコ娘っ!!」
そう名前を呼び、ガバッと抱きしめ、そのまま身体を反転させると、
ネコ娘を見つめ、可愛らしい唇にゆっくり顔を近付けていく。
と、聞こえてきたのはスゥスゥという規則正しい息遣い。
「・・・・・・。」
鬼太郎は言葉を失ってしまった。
そしてため息。
(まぁ、眠ってくれてよかったのかな・・・。
もしも眠ってなかったら、僕は・・・。)
ネコ娘の寝顔を上から見つめながらそう思い直した。
だが、このまま引きさがるのも悔しくて、その赤く染まった頬に唇を落とした。
そして、そのままネコ娘の隣に寝転がる。
気持ちよさそうに眠っているネコ娘とは対照的に、鬼太郎は眠れそうにない。
いつも側にいて、誰よりも自分を想ってくれていることは知っている。
鬼太郎にとっても幼なじみであり、大切な仲間だ。
でも、それだけじゃないことに鬼太郎自身も気付いている。
ただ、一緒に戦う仲間をそういう目で見ていいものかと、戸惑う自分がいる。
だからこそ戦闘中以外は、なるべく素っ気なく接してきた。
だけど今日の出来事ではっきりした。
彼女は女で、自分は男なんだということが。
わかっていたけどわかってなかった。
いや、気付かないふりをしていた。
(僕は自分が思ってるより子供だな・・・。)
ははは、と自潮気味に笑った。
横を向き、ネコ娘の寝顔を見ながら、
「どうやら僕は、君が好きみたいだ。」
しばらくは伝えるつもりはないけど、と付け加えて、優しく微笑んだ。
それからしばらくして、なかなか下りてこない鬼太郎を気にして、
砂かけ婆が様子を見に行くと、並んで眠る二人を見つけた。
その姿は微笑ましく、砂かけ婆の目が細くなる。
「まったく、二人揃ってまだまだ子供じゃのう。」
そう言って、布団を掛け直し出て行った。
「どうじゃった?」
下りてきた砂かけ婆に、目玉おやじが尋ねた。
「仲良く眠っておったわ。」
「やっぱりまだ子供ということか。」
目玉おやじは真っ赤な顔で笑う。
「特に鬼太郎はまだまだじゃの。」
フゥ、と溜め息まじりに、砂かけ婆は首を振った。
「早くネコ娘を嫁にもらって、孫の顔を見せてほしいもんじゃ。」
「ま、そう焦らずとも、そのうちそうなるじゃろうて。」
「そうじゃといいがのぅ。」
などという会話がなされていることも知らず、当の二人は相変わらず夢の中だった。
終