未来へと続く道

それはある日のこと。
妖怪横丁へと続く道を、一人歩く鬼太郎の姿があった。
目的地は妖怪長屋だ。

やがて長屋の前に差し掛かると、ある人物を探す。
「やぁ、ろくろ首。」
「あら、鬼太郎、どうしたんだい?」
「ちょっといいかな?」
そう言って長屋から少し離れた場所へと移動する。
「どうかしたの?」
自分に用事だなんて珍しいこともあるものだ、と思いながら尋ねた。
「ちょっと相談に乗って欲しいんだけど・・・。」
「相談?」
「うん、実は女の子へのプレゼントってどんな物がいいかわからなくって・・・。」
少し困ったようにそう告げる鬼太郎に、
「女の子!?まさかネコちゃん以外の誰かなの!?」
と、聞き返す。
ネコ娘とろくろ首は、バイト仲間であり恋愛仲間だ。
それ故鬼太郎がもし他の女の子にプレゼント
だなんてことになれば、
ろくろ首も黙ってはいられない。
「ち、違うよ!そのネコ娘に、だよ。」
凄い剣幕のろくろ首に、少々驚きながらそう答える。

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「なぁんだ、よかった。
それで、何をプレゼントしたいの?」
「いや、それが・・・、どんな物がいいのか見当もつかなくて・・・。」
そう言ってハハハ、と苦笑いする。
「う~ん、ネコちゃんは鬼太郎から貰う物ならなんでも嬉しいと思うけど。」
ネコ娘なら例え花一輪でも、鬼太郎にもらったらそれはそれは喜ぶに違いない。
「う~ん、じゃあろくろ首は鷲尾さんにもらって嬉しかった物ってある?」
「そりゃあ何でも嬉しいに決まってるじゃない!
でもその中でも一番嬉しかったのは、やっぱり指輪ね!」
そう言って、自分の左手に光る指輪を見せる。
それは薬指にはめられていて、小ぶりだがキラキラと輝く宝石が、
ろくろ首の白い指によく映えていた。
「指輪かぁ・・・、でも高いんじゃ・・・。」
う~ん、と顎に手を充て考えている。
「指輪っていってもいろいろあるのよ。
見に行くなら付き合うわよ?」
「本当かい!?助かるよ!」

こうして二人は人間界へと出掛けていった。
最初の頃は人間を恐れていたろくろ首もいろんなバイトを経験し、
今では人前で首を伸ばすこともなくなっていた。

二人が向かったのは可愛らしい雑貨がたくさん並べられた、
女の子が好みそうな店。
鬼太郎は正直入りづらかったが、ろくろ首に背中を押されしぶしぶ店内に進む。
「宝石屋さんのは高いけど、ここなら安くて可愛いものが
見つかると思うわ!」
そう言って、指輪を探す。

「あ、あった!」
店内を見回していたろくろ首が、そう言って鬼太郎を呼び寄せる。
並べてある指輪はどれも可愛らしいデザインで、
いかにもネコ娘が好きそうな物ばかりだった。
「う~ん、一体どれがいいんだろう・・・。」
「ネコちゃんに似合いそうなのを選んだら?」
そう言われ、う~ん、と想像してみるが、どれも似合いそうで決められない。
「あっ、鬼太郎、これなんかどう?」
鬼太郎が悩んでいる間に他を見ていたろくろ首が指さしたのは、
丸く加工されたムーンストーンが真ん中に置かれ、
その周りを囲むように小さなイミテーションのキラキラした石がはめられた物だった。
「へぇ・・・、綺麗だね。」
「何かの本で読んだんだけど、ムーンストーンって身につけてる人の悪いものを
吸収してくれるんですって。
で、吸収すると石が曇ってくるから、
その時は月の光を当てると元に戻るそうよ。」
「へぇ、この石にそんな力が・・・。」
いつもバイトで忙しそうなネコ娘には丁度いいかもしれないと鬼太郎は考えた。
「うん、これに決めたよ。」
そう言って、ろくろ首を見る。
「わかったわ!あとはサイズね。」
「サイズ?」
「多分私より細いはずだから・・・、このくらいかしら?」
そう言って自分の小指にはめてみる。
そして、はい、と渡しレジへ向かう。
「いらっしゃいませ~。」
「あっ、あの、プレゼントなんですが・・・。」
慣れないことにどぎまぎしてして、声まで震えているようだ。
「かしこまりました。では、お包みしますね。
リボンは青と赤とピンク、どれにいたしますか?」
「あ、・・・と、じゃあピンクで。」
迷うことなく、ネコ娘の好きな色を選ぶ。
少し待って、ありがとうと受け取り、店を出る。

「ありがとう、ろくろ首。助かったよ。」
ふぅ、と一息ついて、そう礼を言う。
「気にしないで。ネコちゃんには鷲尾さんのことでもお世話になったしね。」
そう笑顔で答える。
「そういえば、どうして急にプレゼントを?」
気になっていたがなかなか聞けなかったことを聞いてみる。
「えっ!?あ、あぁ・・・、ネコ娘には日頃から世話になってるしね・・・。」
少し照れながらそう答えるが、それだけじゃないように聞こえた。
「本当にそれだけ?」
思い切って聞いてみる。
「・・・実は昨日、僕のせいで泣かせてしまってね。」
ハハハ、と苦笑いする。
「なるほどね。鬼太郎、あんまりネコちゃんを泣かせちゃダメよ。」
そう言われれば、申し訳なさそうにうん、と頷く。
「じゃあ、帰りましょ。」
「あ、僕はこのままネコ娘のバイト先に行ってみるよ。」
「わかったわ。私もこれから鷲尾さんとデートだし、先に帰るわね。」
嬉しそうにそう言うと、手を振って帰って行った。
鬼太郎はそれを見送り、反対方向へと歩き出した。

現在ネコ娘が働いているのは幼稚園。
そこまで歩きながら、喜んでくれるだろうか、と考える。
そういえば、自分から何かをプレゼントするなんてことはなかった。
きっと驚くだろうな、と眉を下げ笑った。
そして、指輪の入った小さな 箱を、ポケットにしまう。
やがて幼稚園の前まで行き、中を覗いてみる。
園児の姿はもうない。
ふと妖気を探ると微かな、でもよく知る妖気を感じとった。
(よかった、いる。)
人間界では妖気も極力抑えているのだろう。
集中しなければ気付かないくらいだ。
それからしばらく塀に寄りかかり、待ち人が出てくるのを待った。
やがて扉を開ける音と、
「お疲れさまでした~!」
という元気な声が聞いてくる。
それからすぐに小走りな足音がし、門からヒョコっと姿を現した。
「ネコ娘。」
焦れていたのだろうか、自分でも声を掛けるのが早かった気がした。
「鬼太郎!?」
案の定突然の呼びかけにびっくりしている。
「お疲れさま。これから帰るんだろう?」
驚いてはいるが嬉しそうなネコ娘に、そう聞いてみる。
「あ、うん。」
「よかった。じゃあ一緒に帰ろう。」
ホッとしたようにそう言うと、スッとネコ娘の手をとって歩き出した。
「!!きっ・・・きたろ・・・?」
自分から手を握るなど、今までにはないことだった。
一体どうしたのかと思う反面素直に嬉しくて、ネコ娘の頬は自然と赤く染まる。
その後は何を話すでもなく、ただお互いに手を伝わる温もりを感じていた。

しばらく歩くと川岸に出た。
空はすっかり茜色に染まり、夕陽が優しく照らす。
「綺麗・・・。」
そう呟いたのを聞いて、鬼太郎はふと立ち止まる。
「下に下りてみない?」
「えっ?あ、うん。」
そう言うと、鬼太郎はネコ娘の手を引いて土手を下り、並んで芝生に座る。
「・・・ネコ娘、君に渡したいものがあるんだ。」
「?」
そう言ってポケットから小箱を取り出し、ネコ娘の手にそっと置いた。
「これは・・・?」
ねこ娘は不思議そうに小箱を見つめる。
「ネコ娘には日頃からお世話になってるし、昨日は僕のせいで泣かせてしまったからね。」
そのお詫びさ、と照れくさそうに微笑んだ。
「開けて・・・いい?」
静かに頷くのを確認してから、ゆっくりと蓋を開ける。
「・・・嘘・・・。」
中に見つけた指輪を見つめ、信じられないといった様子のネコ娘を、
鬼太郎は不安げに見つめていた。
「気にいるかどうかわからないけど・・・。」
「本当に・・・これをあたしに?」
どうやら嫌ではなさそうなネコ娘の表情に少しホッとして、
もちろんさ、と答えた。
「・・・嬉しいっ・・・。」
今にも泣きだしそうな顔でそう言うネコ娘を見て、
鬼太郎はあげてよかったと、心から思った。
「鬼太郎・・・、ありがとう・・・。」
夕陽のせいなのか、ネコ娘の顔は赤く染まっていた。
鬼太郎はそれを優しく見つめ、指輪を手に取る。
「?鬼太郎・・・?」
不思議そうなネコ娘の左手をそっと持ち上げて、
その白くて細い薬指に指輪をはめる。
「!!鬼太郎・・・。」

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鬼太郎に指輪をはめてもらったことにもびっくりしたが、
それ以上にはめたのが薬指だったことに驚いた。
「あっ・・・あの・・鬼太郎・・・これって・・・。」
戸惑いがちに顔を見ると、不思議そうな表情でネコ娘を見ている。
(あぁ、やっぱりわかってない のね・・・。)
左手の薬指にはめる指輪がなんなのかなんてわかっているわけがない。
鬼太郎はただろくろ首にこうするように言われただけなのだ。
「ううん、何でもないの。鬼太郎、本当にありがとう・・・。
あたし、ずっとずっと大事にするよ。」
薬指の意味がわからなくても、鬼太郎が自分のためにしてくれたことが、
何より嬉しかった。
そろだけで十分だった。
「気にいってくれたみたいでよかった。」
鬼太郎は満足そうに微笑んだ。
「いつか・・・。」
ネコ娘が呟く。
「?」
「ううん、何でも!」

いつか鬼太郎にも薬指の意味がわかって、それでも自分でいいと言ってくれたら・・・。
そんなことを考えて、鬼太郎の顔を見つめ、微笑んだ。
「?僕の顔に何かついてる?」
いつもの鬼太郎だ。
それがなんだかおかしくて、プッと吹き出してしまう。
「ネコ娘?」
訳がわからず困っている鬼太郎に、
「帰ろう!今日はあたしがおいしい夕飯作るから!」
そう言って元気よく立ち上がる。
それを見て鬼太郎もにっこりと笑って立ち上げる。
どちらからともなく繋がれた手に優しい温もりを感じながら、
長くなった影を追うように歩くのを、沈みかけた夕陽が優しく見つめていた。

                     
終 

 

 

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