たったひとつの安らぎ

飛騨でぬらりひょんが脱走した日の帰り道。
黒鴉に助けられたネコ娘が冗談まじりに、
黒鴉が自分に恋してるんじゃないか、と言ったところ、
鬼太郎はまったく無反応だった。
更に、危機感を持てと訴えるもまたもや完全にスルーされてしまった。
(んもう、少しくらい気にしてくれたっていいじゃない・・・。)
ネコ娘は歩きながら心の中で呟く。
しかしこの日の鬼太郎は少しおかしかった。
その後も何かと話しかけたが、あぁとかうんとか、いつも以上に素っ気ない。

やがてゲゲゲの森に帰り着き、メンバーがそれぞれ散々になる中、
ネコ娘は鬼太郎と共にゲゲゲハウスに向かった。
すると、
「帰らないの?」
と、相変わらず素っ気なく言いのける。
「・・・帰ってほしいの?」
まさしくそんな言い方だったことに、ネコ娘は口を尖らせて聞いた。
「・・・別に。」
返ってきた返事は、それだけだった。
(・・・もしかして、ぬらりひょんを逃がしたから、機嫌が悪いのかなぁ・・・。)
だとすると、その原因になったのは自分かもしれないとネコ娘は考えた。

やがてゲゲゲハウスに到着すると、鬼太郎はすぐさま横になった。
顔は見えない。
ネコ娘はそれを不安げに見つめるが、
すぐに
「今お湯沸かすからね、おやじさん。」
と、目玉おやじの茶碗を用意する。
「すまんのぅ。」
その言葉には鬼太郎の態度を詫びる意味も含まれているようだった。
お湯が沸くまでは無言だった。
やがて丁度いい湯温になると茶碗に注ぎ、はいどうぞ、と目玉おやじを促す。
目玉おやじに熱くないか尋ねてから、向こうをむいて横になっている鬼太郎を見る。

「・・・鬼太郎?」
「・・・何?」
つい名前を呼んでみたものの、返ってきた一言はあまりにも冷たい。

「・・・あたしのせいでぬらりひょんを逃がしたから怒ってるの・・・?」
怖かったが、思い切って聞いてみる。
「・・・別に。」
やはり冷たい。
あぁ、やっぱりそうなんだと思うと涙がこみ上げてくる。
「・・・きたろ・・ごめっ・・・。」

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自分は足手まといだったと責められている気がして、
悔しさと悲しさで涙が溢れる。
その時、鬼太郎の身体がピクリと動いた。
「・・・ふっ・・っく・・あた・・し・・・。」
とうとう泣きだしてしまう。
鬼太郎は心の中でハァ、と溜め息をつき起き上がった。
そしてネコ娘に向かって座る。
「ネコ娘、ごめんよ。」
自分が悪いと思って泣いているネコ娘に、鬼太郎は申し訳なさそうに謝る。
「・・・どうして・・鬼太郎が・・謝るの・・・?」
まだポロポロと落ちる涙を拭いながら尋ねる。
「僕が怒ってたのは君のせいじゃないよ。
ただ自分に怒ってただけなんだ。」
鬼太郎は、そう優しく答えた。
そう、自分に怒っていたのは確かだった。
「・・・どうして?」
「ぬらりひょんを逃がした自分がふがいなくて、
それでちょっとイライラしてただけなんだ。」
違う。
本当はネコ娘を自分が助けられなかったことに苛立っていたのだ。
黒鴉がネコ娘に淡い恋心を抱いていたのは気づいていた。
だからこそ自分ではなく、黒鴉に助けられたことが悔しかった。
助けてもらったことには素直に感謝している。
しかし割り切れないのは嫉妬からだ。
それに、今回はたまたま黒鴉がいたからよかったものの、
もしあの時近くに誰もいなかったら?
そう考えると、自分自身に対して腹が立ったのだ。
それを事もあろうに、ネコ娘にぶつけて泣かせてしまった。
鬼太郎はひどく後悔した。

「あたし・・・足手まといじゃない?」
潤んだ瞳で真っ直ぐ見つめてくるネコ娘に、
「足手まといだなんて思ってないさ。
君にはいつも助けられてるよ。」
と、素直に感謝した。
「・・・ほんと?」
「僕が嘘ついたことあったかい?」
そう言うと、ふるふると首を振る。
それを見て鬼太郎は微笑んだ。
するとネコ娘もよかった、と笑顔になる。

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それまで黙って見守っていた目玉おやじは、やれやれといった感じで一息つく。

あっ、そろそろバイトだから行くね!」
涙を拭き、元気を取り戻したネコ娘が、そう言って立ち上がる。
「そう、気をつけて行っておいで。」
その笑顔にさっきまでの苛立ちはまったくない。
戸口から出ていくネコ娘の後ろ姿を見送る。

「・・・お前も、ネコ娘のこととなるとまだまだじゃのぅ。」
鬼太郎の不機嫌さにいち早く気づいていた目玉おやじにはわかっていたのだろう。
「ははは、すみません。」
鬼太郎は苦笑いするしかなかった。

不機嫌なのを素直にぶつけられるのは、相手がネコ娘だからなのだろう。
普段から何事にも執着を見せない息子が、
唯一心を許せる、たった一つの存在。

冷めちゃいましたね、と言いながら湯を足す息子を見つめ、
(大切にしてやるんじゃぞ。)
と、心の中で息子に告げた。

外は朝の冷たい空気に包まれていた。
そんな冬の日の出来事。                     

 

 

 

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