「きたろ~?」
いつものように元気な声が聞こえてくる。
「やぁ、ねこ娘。」
僕もいつものようにそう言って元気な幼なじみを迎え入れる。
彼女はいつも元気だが、今日はいつにもまして機嫌がいいようだ。
軽い足取りで僕の向かいにストンと腰を下ろす。
「何かいいことでもあった?」
にこにこと笑顔を振り撒く彼女に問う。
「あのね、今度結婚式場でバイトすることになったの~!」
「ふぅん。」
僕はいつものように短く返す。
「近くで花嫁さんが見れるのよ!楽しみだなぁ~・・・。」
普段なら、素っ気ない返事に文句の一つでも言うところだけど、
よっぽど結婚式場でのバイトが嬉しいのか、
その大きな目をキラキラさせて、花嫁さんを想像しているようだ。
僕たち妖怪は夫婦になったとしても、結婚式などを挙げることはほとんどない。
ねこ娘は人間界に馴染んでいるためか、感性が人間の女の子に非常に近い。
それ故結婚式というものに憧れを抱いているのだろう。
「あれ?そういえばおやじさんは?」
ふと我に返ったようにキョロキョロ見回す。
「父さんなら、棚の上で寝てるよ。」
部屋の角に取り付けた棚を見上げると、ねこ娘も同じように見上げる。
「なんであんなところで?」
「風が来ないし、上のほうがあったかいんだ。」
なるほどね、と納得して再び顔を戻す。
その後もねこ娘の話に相槌を打ちながら、ただこの平穏な時間を楽しむ。
それから何日かして、バイト帰りのねこ娘が手土産を持ってやってきた。
今日から結婚式場でのバイトだったらしく、やたらとご機嫌だ。
「これ、お土産のシュークリーム!・・・あれ?おやじさんは?」
「ありがとう、父さんは子泣き爺のところだよ。」
「そうなんだ。あ、それとね、・・・じゃーん!!」
そう言って目の前に出してきたのは可愛らしい花束だった。
「これ、どうしたんだい?」
「あのね、これはブーケっていってね、花嫁さんが招待した人たちに、
後ろ向きで投げるんだけど、そのブーケを受け取った人が、
次に花嫁さんになれるんだって!」
それはそれは嬉しそうに、ほんのり頬を染め説明してくれた。
「へぇ、でもねこ娘はお客じゃないのにいいのかい?」
「それが、たまたま近くでお手伝いしてたら飛んできて、反射的に取っちゃったの・・・。
もちろん返すって言ったんだけど、是非にって言ってくれて・・・。」
「そう、よかったね。」
笑顔でそう言うと、ねこ娘も笑顔でうん、と嬉しそうだ。
そして、
「はぁ~、それにしても綺麗な花嫁さんだったなぁ~・・・。」
そう言ってうっとりしている。
僕はそんな彼女を黙って見つめる。
「あたしも結婚したくなっちゃったなぁ・・・。」
相変わらず夢見がちにそう呟く。
「結婚して何するの?」
漠然と問いかけてみた。
「何って・・・、ご飯作ったり、朝起こしたり、
時間があるときには一緒に出掛けたり・・・。」
あとは・・・、と考えている。
「・・・それって、今と何が違うの?」
「へっ!?」
ほんの少し間があったが、すぐに耳まで真っ赤になった。
「じゃあ僕とねこ娘って、結婚してるのと大して変わらないね。」
そう言ってにっこりと笑って見せる。
「にゃっ!?もっ、もうっ!そうだけど・・・でも違うもん・・・。」
真っ赤な顔で否定する。
その姿を見て、もう少しだけからかってみたくなった。
「何が違うの?」
「結婚っていうのは、・・・あ・・・愛しあって・・するものだもん・・・。」
僕の目を見ずにそう絞り出す。
「・・・ふぅん。」
と、素っ気なく答えて立ち上がる。
急に席を立った僕を見上げて、不思議そうな顔をする。
「きたろ・・・?」
黙ったままねこ娘のところまで行き、そのまま身体をゆっくりと後ろに倒した。
終始きょとんとしているねこ娘の上に被さり、その白い首筋に顔を埋めてそっと口づけた。
その瞬間、甘い香りに心臓がドクンと大きく震えた。
でもそんなことはおくびにも出さない。
「!?きっ・・きたろ・・・?」
湯気が出そうなくらい熱い顔で、必死に状況を理解しようとしているようだ。
「・・・愛し合うってこういうことだろう?」
「!!??んにゃ~~~!!」
ちょっと意地悪くそう言うとやっと意味を理解して声をあげた。
それを見て、僕はプッと吹き出してしまった。
すると今度は、ねこ娘の顔が怒りで真っ赤になった。
「かっ、からかったわね~~!!??」
その表情がとても愛らしくて、つい顔が笑ってしまう。
「もぉ~!なに笑ってるのよぉ~!!」
「あはは、ごめんごめん。
でもさ、僕たちは家族だろう?」
「えっ?」
恥ずかしさと怒りで真っ赤だった顔を上げ、
「そ、そうだねっ!」
と今度は嬉しそうに笑う。
それを見て僕も笑う。
ねぇ、ねこ娘、君は気づいてる?
どんなに僕がその笑顔に癒されてるかって。
僕の願いはただ一つ。
いつまでも僕の隣で、そうやって笑っていて・・・・。
終