習性

ある日の午後。
鬼太郎の家へとゲゲゲの森を歩いていたねこ娘。
ふと目の端にキラリと光るものが映る。
不思議に思いながら近づいてみると、
それはキラキラと輝く、直径10cmくらいの珠だった。
「綺麗・・・・。」
そう呟いて手に取ってみると、
「!!」
触れた途端何かに貫かれるような感覚に襲われた。

頭の中に声が響いてくる。
『鬼太郎を連れてこい・・・・。』
その声を聞いているうちに、ねこ娘の自我は遠いところへ飛ばされていった。


「父さん、今日の夕飯はどうしましょうか?」
「そうじゃのぅ・・・。」
相変わらず呑気な親子はそんな会話を交わしていたが、ふと妙な妖気に気づく。
それはよく知ったものだったが、何か澱んだ妖気を纏っている。
(・・・・・ねこ娘・・・?)
するとやがて、その妖気の主が梯子を上り家の中へと入ってくる。
「おぉ、ねこ娘、ちょうどよかった。
夕飯は魚にしようかと・・・・ん?どうした?」
目玉おやじがねこ娘に話しかけるが、ねこ娘は目線を落とさず、
ただ一点を見つめていた。
その目線の先には鬼太郎がいる。

「・・・・鬼太郎・・・・私についてきて・・・・。」
それだけ言うと踵を返し、外へと出る。
「・・・・父さん。」
「・・・うむ、なにやらおかしいのぅ。」
放っておくわけにもいかず、黙ってねこ娘の後を追う。

しばらく森の中を歩くと、前方に崖が現れた。
すると、ねこ娘はその崖の下で立ち止まり、背をむけている。

「・・・ねこ娘?」
用心しながら名前を呼ぶ。

「よく来たな、鬼太郎!!」
突如頭上から声がする。
崖の上を見ると人影が見える。

「ぬらりひょん!!!」

「ヌハハハハ!会えて嬉しいぞ、鬼太郎!」
見ればぬらりひょんの傍らに朱の盆もいる。
「いったい僕に何の用だ!!
それに、ねこ娘に何をした!!」
「なに、その小娘にはお前の道案内をさせただけだ。
だが、まだ使えそうだな。」
「なんだと!!??」
「せっかくのエサだ、もう少し働いてもらうとするか。」

ねこ娘が拾った珠は、『操り珠』というもので、
手に触れた者は、念を込めた者の意のままになってしまう。
あれはぬらりひょんが鬼太郎を誘き出すために、わざわざ置いたものだった。

「さぁ、鬼太郎をやれ!ねこ娘!!」
ぬらりひょんがそう言うと、ねこ娘はゆっくりとこちらを向き、
次の瞬間、ものすごい速さで鬼太郎に飛び掛かる。

「!!」
鬼太郎は、咄嗟に飛び掛かるねこ娘の両腕を掴む。
すごい力だった。
爪は伸び、完全に猫化している。
「・・・っ!!ねこ娘!!目を覚ますんだ!!!」
必死に呼びかけるが反応はない。
「ねこ娘!!!」
すると、今度は鬼太郎の肩にその鋭い牙で噛み付いた。
「ぐあっっ!!!!」
痛みに顔を歪めるが、ねこ娘の腕を放そうとはしない。
「・・・くっ・・・ねこ娘っ・・・・。」
肩を噛んだままのねこ娘の耳元で、鬼太郎は必死に名前を呼び続けた。
すると、
相変わらず力は込めたままだが噛むのをやめ、
鬼太郎の顔へと振り向いた。
そして、何も見ていないその瞳からは涙が落ちていた。
操られてはいても、自分が鬼太郎を傷つけていることが分かっているのか、
涙が次々に流れていた。
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「ねこ娘!!!」
鬼太郎は操り人形のようなねこ娘を力いっぱい抱きしめた。
背中を爪で引っ掻かれ激痛が走るが、鬼太郎はねこ娘を離さない。
するとやがて、背中に爪を立てていた手がぴたりと止まる。
「・・・・き・・・たろ・・・・に・・げて・・・・。」
搾り出すようにそう言った。
「ねこ娘・・・・・逃げるもんか・・・・・、絶対に君を元に戻してみせる!!!」
鬼太郎がそう言うと、一瞬ねこ娘の力が緩む。
それを見逃さず、一気に崖の上のぬらりひょん目がけて走り出した。
「ナニッ!!??」
突然向かってくる鬼太郎に一歩遅れをとった。
そして鬼太郎はぬらりひょんの肩を掴み、
「体内電気~~~~~~~~~~~~!!!!!!」
そのままありったけの体内電気を送り込む。
「ぐあぁぁぁぁ~~~~!!!!!」
まばゆい閃光が回りを包み、鬼太郎が離れたときには、
黒焦げになったぬらりひょんがいた。
「ぬっ、ぬらりひょん様~~~!!!!」
すぐに朱の盆が駆け寄り、そのまま抱えて森へと消えていく。
するとぬらりひょんがいた場所にはひびだらけになった珠があった。
拾おうとすると、ピシッという音がして粉々に砕け散った。
それと同時に、崖の下でねこ娘が倒れる。
「!!ねこ娘!!」
急いでねこ娘の元に駆け寄り、肩を抱き起こし、息をしていることを確認する。
涙で濡れた瞳は閉じられ、気を失っているようだった。
(あの珠のせいか・・・・。)
「もう大丈夫だよ、ねこ娘。」
抱きかかえそう囁くと、家へ向かって歩きだした。


「・・・・・・ん・・・。」
「おぉ!ねこ娘!!」
「・・・おやじ・・・さん・・・?」
「ねこ娘、大丈夫かい?」
「きたろ・・・・あたし・・・・。」
今までのことを思い出しながら起き上がる。
「・・・・!!鬼太郎・・・あたしっっ・・・!!」
体の自由が利かず、鬼太郎を攻撃したことを思い出し、ねこ娘は泣き出した。
「っ・・・きた・・・ろ・・・ごめっ・・・んなさ・・い!!!」
誰よりも守りたい人を自ら傷つけてしまった。
その思いで心が押し潰されそうだった。
「ねこ娘、僕なら大丈夫だから、ね?」
ねこ娘の気持ちを察して優しく諭すが、ねこ娘のショックは大きかった。
「・・・でもっっ!あたし・・・鬼太郎を・・・・!!」
それでも自分を責め続けるねこ娘を見ているのは、鬼太郎にとっても辛かった。
鬼太郎はふぅ、とひとつ息をついてから、ねこ娘を優しく抱き寄せた。
ビクンと体が跳ねると、一瞬涙も止まったようだ。
「き・・・きた・・・ろ・・?」
「・・・もう泣かないで、ねこ娘。見てるこっちが辛くなるよ・・・。」
「・・・でもっ・・・。」
「僕は大丈夫だから。それに、君は操られていたんだから、もう泣かなくていいんだよ。」
子供をあやすように背中を擦りながら言い聞かせる。
すると落ち着いたのか、泣き止んで鬼太郎の顔を濡れた瞳で見つめ、
「・・・鬼太郎・・・・ごめんね。・・・・ありがとう。」
そう言って微笑む。
鬼太郎もその顔を見て安心したように微笑んだ。
するとねこ娘は、自分の顔のすぐそばに目線を落とす。
見ると鬼太郎の肩口にいくつも穴が開いている。
「あっ、これ・・・・あたしが噛み付いた・・・痕・・・・。」
途端に眉を寄せ、悲しそうな顔になる。
「だっ、大丈夫だよ!大したことないから。」
鬼太郎はそう言って慰めるが、ねこ娘の気は治まらない。
「・・・。」
少し考えて、おもむろに鬼太郎の学童服のボタンを外し始めた。
「!!ねこ娘!?」
ねこ娘の突然の行動に、鬼太郎はうろたえた。
しかしねこ娘の手は止まらず、二つ目のボタンを外すと、自分が噛み付いた肩を出した。
「っ・・・!!」
見ると自分の牙の痕がくっきり残っている。
(はぁ・・・・。)
見られてしまった、と鬼太郎は顔を背ける。
すると次の瞬間、体が跳ねた。
見ると、ねこ娘が自分の傷を舐めている。
「!!ねこ娘!?」
ちろちろと可愛らしい舌で、懸命に傷口を舐めるねこ娘を見て、
鬼太郎は茹でだこのように真っ赤になっている。

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「・・・・鬼太郎のことだから、これくらいの傷、すぐ治っちゃうだろうけど・・・。」
そう言って、自分がつけた傷を消毒でもするように舐め続ける。
これも猫の習性なのだろうが、鬼太郎にとってはとても普通ではいられない。
しばらく耐えていた鬼太郎だったが、舐められている感覚とねこ娘の姿をみているうちに
おかしな気分になってきた。
「ねっねこ娘!!もっ・・・もういいから!!」
そう言ってねこ娘の体を引き離す。
「でも・・・・。」
早鐘を悟られないように、必死に平静を装う。
「ホントに大丈夫だから!もう痛みもないし!!」
「・・・ほんと?」
「ほっ、本当だよ!ありがとう、ねこ娘!」
そう言って無理やり笑顔を作って見せる。
「・・・うん。でも、今日はゆっくりしてね?夕飯はあたしが作るから!」
少しは安心したようで、ねこ娘はいつもの顔に戻っていく。
いつもどおりでいられないのは鬼太郎のほうだった。
(・・・まったく・・・、無意識なのってズルイよな・・・。)
そんなことを思っていると、
「若さじゃのぅ~。」
と、目玉おやじがうんうんと頷いている。
「とっ、父さんっっ!!」
焦る鬼太郎を不思議そうにねこ娘が見ていた。


 

 

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