特別な存在

ゲゲゲの森の奥深く、
鬱蒼とした木々の中で、
一際目立つ
ピンクリボンと、赤いジャンパースカートを纏った少女が座りこんでいた。
肩は小刻みに震え、閉じられた瞳からは途切れることなく涙が流れていた。
(あたし、バカだ・・・。)

それは数十分前のこと・・・。

「きたろ~?いる?」
いつものように、鬼太郎のもとへねこ娘が訪ねてきた。
「やぁ、どうしたんだい?ねこ娘。」
鬼太郎はいつもどおりの穏やかな表情でねこ娘を迎えた。
「実はね、
バイト先の女のコが・・・。」
ねこ娘の話はこうだ。

現在ねこ娘が働いている店のバイト仲間の女のコからの相談で、何日か前から寝
ている間、無意識に外を歩き回っているようだという。
その話を聞いたねこ娘は、彼女から微かな妖気を嗅ぎとっていた。
そこで、妖怪の仕業ならば誘き出す方法が何かないかと、
鬼太郎に相談にきたのだった。

「・・・じゃあ、僕も行くよ。」
一通り話を聞いた鬼太郎は、自ら調査すると言い出した。
「えっ!?あ、いや、その~・・・。」
鬼太郎の予想もしなかった申し出に、ねこ娘は慌てる。
「??どうしたんだい?」
何やら焦り出すねこ娘に、鬼太郎は不思議そうな顔で尋ねる。

実はそのバイト仲間の女のコ、同性のねこ娘から見てもかなりの美少女だった。
毎回のことながら、鬼太郎にはなるべく会わせたくない。
「ま、まだ妖怪の仕業だと決まったわけじゃないし、
とりあえずあたし一人で
調べるわ!」
必死に笑顔を作りながら、ねこ娘は説得しようと試みる。
「・・・・。」
鬼太郎はその様子を見てしばし考えこんでいた。
(前にもこんなことがあったような・・・。)
そう、以前にも『しょうけら』という妖怪が事件を起こした際、
ねこ娘は鬼太郎の協力を断っていた。
その時はなぜねこ娘が自分を必要としなかったのかわからなかったが、
目玉おやじがねこ娘の気持ちを悟り、鬼太郎に伝えたのだった。
『鬼太郎を女のコ絡みの事件に関わらせたくない』
特に依頼者が
美人の場合は。
鬼太郎はその事を思い出し、そういうことか、と納得した。
「・・・ねこ娘、僕が美人に弱いなんて、君の思い込みだよ。」
「へっ!?」
いきなり図星を指されて、間抜けな声がでる。
「そのコが美人だから、僕に同行させたくないんだろう?」
鬼太郎は、腕を組み目を閉じたまま追求する。
「・・・・。」
見事に言い当てられて、ねこ娘は無言のままうつむいてしまった。
鬼太郎が黙って様子を見ていると、ねこ娘は口を尖らせぼそぼそと呟いた。
「・・・あたしの思い込みじゃないもん・・・。」
目を合わさず俯いたままのねこ娘を見ながら、
鬼太郎は、ハァ、と一つ溜め息を洩らす。

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それを聞いたねこ娘は、更に続けた。
「・・・百目鬼のときも、
ミステリートレインのときも、
まんまと騙されてたじゃない!!」
話しているうちにその時のことを思い出したのか、段々口調が強くなっていた。
「それに、ドイツに行ったときも、アリアさんに見惚れてて突き落とされるし!」

俯いていたねこ娘は、いつの間にか前に乗り出して捲し立てていた。
「そっ・・・それは・・・。」
それについては返す言葉もないようで、鬼太郎は小さくなっている。
それを見たねこ娘は更に詰め寄る。
「大体いつもそうよ!ちょっと綺麗な女のコを見るとポーっとしてさ!」
ここぞとばかりに責めたてる。
「そっ、それはねこ娘の思い込みだって!!」
ここまでは大人しく聞いていた鬼太郎だったが、さすがに黙っていられなくなったようだ。
「思い込みじゃない!!
可愛いコにはちょっと手を握られただけで赤くなるくせに!!」
普段から溜め込んでいた感情が爆発したようで、
ねこ娘の怒りは治まるところを知らない。
「そんなことないってば!!」
いつもあまり声を荒げることのない鬼太郎も、ねこ娘のペースに乗せられているようだ。
しかしねこ娘には逆効果で、更にヒートアップしていく。
「あたしがどんな恰好したって、無関心なくせに!」
「それは僕のせいじゃないだろ!」
お互いがしまった、と思った。
しかしねこ娘は自分の言葉より、鬼太郎の言葉にうろたえた。
「これ!鬼太郎!!」
それまで黙っていた目玉おやじが思わずたしなめる。

が、時すでに遅し。
ねこ娘の顔がみるみる悲しみに染まっていく。
そして俯くと、膝に置いた手に涙が落ち始めた。
「あ・・・。」
鬼太郎はその様子を見て、さっきの自分の言葉を心底後悔した。
鬼太郎が掛ける言葉を探していると、ねこ娘が口を開いた。
「・・・そうだよね・・・あたしに魅力ないのを、鬼太郎のせいにしちゃダメだよね・・・。」
ねこ娘は涙声で自分を責める。
その姿を見て、鬼太郎は胸がズキンと痛むのを感じた。
「ちっ、違うんだ!ねこ娘!さっきのは・・・。」
なんとか謝ろうと必死の鬼太郎だったが、ねこ娘に遮られた。
「ううん、いいの!鬼太郎・・・、ごめんね。」
泣き顔を上げて精一杯笑ってみせると、そのまま外へと飛び出してしまった。
鬼太郎は、その様子をただただ何もできずに見ているだけだった。

「・・・鬼太郎。」
「・・・わかってます、父さん。僕は最低です・・・。」
そう言って鬼太郎はうなだれた。
あんなことを言うつもりなど毛頭なかった。

『売り言葉に買い言葉』

ついムキになってしまった。
「わかっておるなら早く追いかけんか!もう夜も遅い。
こんなときにねこ娘の身に何かあったら、お前は自分を許すことはできんぞ!」
「はい、行ってきます!」

鬼太郎は急いでねこ娘の後を追った。
しかしなかなか追いつかない。
さすがの鬼太郎も、猫族のスピードには敵わない。
ならば、と妖気を辿る。

しばらく森の中を探し回ると、遠くにピンクが見えた。
「ねこ娘!!」
小さな
背中がビクッと動いた。
見つかってよかったと、ホッとしたのもつかの間。
名前を呼ばれたねこ娘はその場から逃げ出した。
「ねこ娘!?」
まさか逃げられるとは思ってなかった鬼太郎は一歩遅れて追いかける。
「待ってよ、ねこ娘!」
必死に追いかけるが、なかなか追いつけない。
ちゃんちゃんこや下駄を使えば捕まえられないこともないが、
ねこ娘相手にできるはずもなく、ひたすら鬼ごっこは続く。

と、その時、

「きゃっ!」
前方のねこ娘が木の根に躓いて転んだ。
すかさず、座りこんだねこ娘に駆け寄る。
「はぁ・・はぁ・・・捕まえた!」
さすがねこ族だね、と言いながらそっと腕を掴むと、再び逃げようとして立ち上げる。

 

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しかし、

「痛っ!!」
と言って座りこみそうになるのを鬼太郎が抱きとめる。
どうやら足をくじいたようだった。

「ねこ娘、大丈夫かい!?」
鬼太郎が心配そうに声を掛けるが、その声には答えず、

「・・・離してよ・・・。」
「ねこ娘・・・?」
「・・・どうして・・・。」
「えっ?」
鬼太郎が不思議そうにしていると、相変わらず涙を流しながら顔をあげる。
「どうして追ってくるのよ!!」
「ねこ娘・・・。」
「・・・無駄に期待させないでよぉ・・・。」
そう言って泣き崩れる。

「・・・ごめん!ごめんよ、ねこ娘・・・。」
腕の中で震えているねこ娘を、ギュッと抱きしめながら謝る。
「・・・離してったら・・・!」
ねこ娘は尚も抵抗する。
「嫌だ!離すもんか!!」
鬼太郎は更に腕に力をこめる。
「どうしてよ!あたしのことなんてなんとも思ってないんでしょう!?」
いつもは言わないような心の叫びが無意識に出る。
「そんなわけないだろう!?」
鬼太郎は、すぐに否定した。
「・・・鬼太郎はあたしが仲間だから、追ってきたんでしょう!?」
もしも逃げたのが他の誰でも、鬼太郎は絶対追いかけるに決まっている。
そう思うと、余計泣けてくる。
「・・・確かに君は仲間だよ。・・・だけど、違うんだ・・・。」
「えっ・・・?」

 言っている意味がわからない様子で鬼太郎を見上げた。
すると、何かを決意したように、鬼太郎が口を開く。
「・・・ねこ娘は、特別なんだ・・・。」
「・・・とく・・べつ・・?」
鬼太郎は無言で頷くと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「いつも、どんなときも僕を想ってくれるねこ娘の存在は、僕にとって特別なんだよ。」
優しく言い聞かせるように話すと、ねこ娘も抵抗をやめ、大人しく聞いていた。
「僕らは妖怪だ。人間とは違う。これから先、気が遠くなるような長い時を生きる存在だ。
だからこそ不安に思うこともある。」
「不安・・・?」

今度は少し言いづらそうに、
「・・・いつか君が離れていくんじゃないかって・・・。」

意外だった。
鬼太郎がそんなふうに考えていたなんて。

意識しないようにしていた。
ねこ娘に溺れるのが怖かったのだ。
側にいて笑ってくれるだけでいい。
そう自分に言い聞かせてきた。

「・・・ずっと側にいるよ。」
一瞬、心を見透かされたのかと、ドキッとした。
「今までだって、これからだって、あたしはずっと鬼太郎と一緒にいるよ・・・。」
そう言うと、今度は自分から鬼太郎を抱きしめた。
「ねこ娘・・・。」
鬼太郎は今まで気持ちを伝えなかったことを悔いた。
「もっと早く言えばよかったんだね・・・。そうすれば君を傷つけることも、
悲しませることもなかったのにね・・・。」
顔を上げ、ゆっくりと首を横に振り、鬼太郎の目を潤んだ瞳で見つめて、
ねこ娘は素直に気持ちを伝えた。

「鬼太郎・・・、大好きよ。」
「・・・ねこ娘、いつも側にいてくれてありがとう。僕もねこ娘が大好きだよ、誰よりもね。」

初めてだった。
こんなふうに誰かに素直な想いをぶつけたのは。

(こんなに簡単なことだったんだな。)

「あっ・・・。」
ふいにねこ娘が声をあげた。
「見て、鬼太郎。月が・・・。」
見ればさっきまで雲に隠されていた満月が、優しい光で辺りを照らしていた。

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「綺麗だ・・・。」
しかし、そう呟いた鬼太郎は月を見ていない。
「?鬼太郎・・・?」
不思議そうに見つめると、
「月に照らされた君がね。」
そう言って照れもせずに微笑む。
「にゃっ・・・!?」
あまりにも気障なセリフに、びっくりするやら嬉しいやらで、
ねこ娘のほうが照れてしまう。
「・・・よくそんな恥ずかしいことが言えるわね・・・。」
頬を染め、俯きながらぼそぼそと呟いた。
「あはは、さぁ帰ろう、ねこ娘。」
そう言って、足を挫いたねこ娘をおぶって歩き出す。

「そういえば・・・、どうして今まであたしには無関心だったの?」
もしも何かしら反応があれば、ねこ娘にも鬼太郎の気持ちが気付けたかもしれない。

「だって、いつも一緒にいるのに毎回反応してたら、僕の身がもたないよ。」
「?・・・よくわかんない・・・。」
鬼太郎の言った意味が理解できず、ちょっとだけ頬を膨らます。
「ゆっくりゆっくり、二人で成長していこう。」
「・・・うん。」
鬼太郎の言葉に、ねこ娘は嬉しそうに頷いた。


(僕らの時は永い。焦らずに少しづつ二人の恋を育てていこう。)
二人の幸せそうな顔を、月はいつまでも照らしていた。

 


 

 

 

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