仮初めの真実

ある日のゲゲゲハウス・・・。

「まったく、あいつときたら!」
「まぁまぁ父さん、井戸仙人もいざというときは助けてくれますし。」
「・・・・。」

薬の話から井戸仙人の話になった途端、ムキになる目玉おやじを鬼太郎はなだめていた。
「そういえば、ねこ娘は井戸仙人のところへ行ったことがあるんだよね?」
「・・・・・。」
「?・・・ねこ娘?」
「にゃっ!?」
二人の会話にまったく入ってこないねこ娘に鬼太郎が話しかけると、
何か考えごとをしていたのか、まったく聞こえていないようだった。
「あっ、ごめん、鬼太郎。なんの話?」
再度名前を呼ばれてやっと気付いたねこ娘を、鬼太郎はいぶかしげに見つける。
「ねこ娘?どこか具合でも悪いのかい?」
今度は心配そうに問いかける。
「えっ?あっ、なんでもないよ!大丈夫!」
確かに身体の調子は悪く見えないが、何か様子がおかしい。
「でも・・・、」
「あ!そろそろバイトに行かなくちゃ!!」
「えっ!?ねこ娘??」
それじゃ、と言ってねこ娘はさっさと出て行ってしまった。
「・・・。」
残された親子は、ぽかんとねこ娘の背中を見送る。
「・・・何やら様子がおかしかったのう。」
「えぇ、僕たちの話も全然聞こえてなかったみたいですし・・・。」
(・・・何か悩み事でもあるのかな・・・。)

 

(はぁ~・・・、鬼太郎には頼めないよなぁ・・・。)
バイトを終えたねこ娘は、一人溜め息をつきながらトボトボと歩いていた。
「ねこ娘。」

ドキッ。

「きっ、鬼太郎!?」
どこから現れたのか、目の前には鬼太郎が立っていた。
「どっ、どうしてここに・・・?」
「今帰りだろう?一緒に帰ろう。」
普段なら嬉しい言葉だが、今のねこ娘には複雑だった。
歩きだして少しすると、公園に差しかかった。
「少し座ろう。」
そう言って鬼太郎はさっさとベンチに腰かけてしまった。
仕方なくねこ娘も隣に座る。

「・・・何か悩みでもあるんじゃないのかい?」
突然鬼太郎が口を開いた。
「えっ!?」
なぜ分かったのか、そんな顔をしていると、
「僕が気付かないとでも思ったのかい?」
そう言われてしまっては話さないわけにはいかない。
「・・・実は・・・。」
ねこ娘の話はこうだ。

現在働いているバイト先の客が、少し前からねこ娘に言い寄ってきていた。
初めのうちは軽くあしらっていたのだが、段々しつこくなってきて、
ついこう言ってしまった。

『彼氏がいる』

しかも次の日曜にデートをすると言うと、
本当に彼氏がいるのかどうか確かめると言い出した。
しかし、こうも言った。
『本当に彼氏がいるなら諦める』と。
ねこ娘としては、相手はもちろん鬼太郎しか考えられなかったが、
断られるのが怖くて頼めなかった。
だから鬼太郎には黙っていたのだ。

「・・・なるほどね。」
事情を聞いた鬼太郎だが、その言葉からは心情は探れなかった。
そして少し考えてから、

「仕方ないな・・・、じゃあ僕がその彼氏役をやるよ。」
「えっ!?・・・いいの?・・・鬼太郎。」
「だって、人間に手出しできない以上、この作戦で諦めてもらうしかないだろう?」
鬼太郎はそう言って、苦笑いを浮かべた。
「・・・ありがとう、鬼太郎。」
『仕方ない』の部分は気になったが、ひとまず素直にお礼を言った。


そして日曜日。
一緒に行くのは不自然だからと、街の広場で待ち合わせをした。
待ち合わせ場所には鬼太郎が先に着いていた。
注意深く辺りを探ると、いかにも怪しげに隠れている男を見つけた。
(・・・うっとおしいヤツだな・・・。)
そうこうしていると、向こうのほうからねこ娘がやってきた。
いつもの赤いワンピースではなく、白いワンピースだ。

丈は膝くらいで、袖口と裾にフリルがあしらわれた清楚なもので、
その手にはバスケットを持っている。
少し離れたところから鬼太郎を見つけると、嬉しそうに駆け寄る。
「お待たせ!」
「僕も今来たところだよ。それよりその服、とっても似合ってるよ。」
そう言って優しく微笑む。
普段なら絶対言わないようなセリフに、ねこ娘は嬉しくなってしまう。
「ほっ、本当!?・・・嬉しい・・・。」
頬を染め、心底嬉しそうなねこ娘を、鬼太郎は優しく見つめる。
作戦だとは分かっていても、今日一日は本当の恋人同士のように過ごせると思うと、
ねこ娘はついつい期待してしまう。

「さぁ、どこに行こうか?」
「そうね、じゃあ新しくできたショッピングモールに行きましょ!」
「よし、じゃあ行こうか。」
そう言って鬼太郎は、ねこ娘の手を取って歩き出す。
(あ・・・。)
あまりにも自然な鬼太郎の行動に、ねこ娘はいちいちドキドキしてしまう。

隠れて見ていた男も、二人の後を追ってくる。
ねこ娘は気付いていなかったが、鬼太郎は常に気配を探っていた。

一時間ほどウィンドウショッピングを楽しんだ後は、映画を観て、
ゲームセンターで遊んだ。
ちょうどお昼になり、二人は海の見える公園へとやってきた。
「あぁ~、あの映画、素敵だった~。」
何をするにも楽しそうなねこ娘を見て鬼太郎も微笑む。
「あ、でも鬼太郎にはあの映画、退屈だったよね・・・。」
二人が観たのは恋愛もの。
普段なら鬼太郎は始まってすぐ寝てしまうが、
今回は人間の気配を探り続けていたため、寝ずに済んだ。
「そんなことないよ、ちゃんと観てみると意外と面白いもんだね。」
そう答えると、しゅんとしていたねこ娘も元気を取り戻した。
「じゃあ、お昼にしましょ!あたし、お弁当作ってきたの!」
と言って、大事そうに持っていたバスケットから、
サンドイッチやサラダなどを出し、並べる。
「凄いや!美味しそうだね。」
「エヘヘ、口に合うといいんだけど。」
照れながらハイ、とサンドイッチを鬼太郎に手渡す。
「いただきます。」
・・・・。
ねこ娘は不安そうに鬼太郎を見つめる。
「・・・うん、美味しい!」
「本当!?よかったぁ~!」
鬼太郎の笑顔に、安心したように胸を撫でおろした。
「じゃああたしも、いただきま~す!」

こうして二人はランチを楽しんだ。
その後街中を見て回り、夕方を迎えた。
その間も男は飽きもせずに二人を見つめていた。
(・・・まったく、諦めの悪いヤツだな・・・。)
鬼太郎は逐一男を気にしていたが、ねこ娘は鬼太郎との楽しいデートに夢中で、
男の存在などすっかり忘れていた。
夕日が辺りを茜色に染め始めた頃、二人は砂浜にいた。
「・・・キレイ・・・。」
とろんとした目で夕日を見つめながら、ねこ娘は呟いた。
「あぁ、そうだね。」
「鬼太郎、今日はありがとう。すっごく楽しかった・・・。」
鬼太郎は、幸せそうなねこ娘の横顔を見つめた。

そして、

「ねこ娘。」
「ん?」
こちらを向いたねこ娘に、鬼太郎はそっと口づけた。
「!!??」
ねこ娘には、一瞬何か起こったかわからなかった。
ただただすぐ目の前にある鬼太郎の顔を見つめるだけだった。
そしてゆっくりと唇が離れた。
「・・・・きた・・ろ・・。」
まだはっきりと思考が働かない。
ねこ娘は顔を真っ赤にして、唇を押さえた。
「・・・どうやら諦めたみたいだ。」
「え?・・・あっ!そうだった!!」
「もう帰ったみたいだよ。」
そう言ってにっこりと微笑んだ。
ねこ娘はまだ混乱していたが、男が諦めたことにはホッとした。
「あっ・・・あの・・・鬼太郎・・・。」
「ん?」
「もしかして、さっきのって・・・、完全に諦めさせるために・・・?」
よく考えれば鬼太郎が意味もなくあんなことをするはずがない。
多分あまりにも男がしつこいからしただけなのだろう。
「あぁ、いつまでもついてくるからね。でもここまですればさすがに諦めただろう。」

わかっていた。
鬼太郎がそう言うだろうということは。
だけど、心が割りきれずにいる。
「・・・鬼太郎は・・・」
「ねこ娘。」
ねこ娘が何か言いかけるのを遮るように、鬼太郎はねこ娘を呼ぶ。
思わず振り向くと、今度は抱きよせられた。
「き・・たろ?」
「さっきはいきなりごめん。でも、君はまた変な勘違いしてるみたいだから・・・。」
言ってる意味がわからない。
「鬼太郎・・・?」
「どうせ、好きでもないのにキスできるんだ?とか思ってるんだろう?」
「!!・・・なんで・・・。」
この間から妙に鋭い鬼太郎に、ねこ娘は戸惑う。
「どれだけ一緒にいると思ってるんだい?」
まったく、と苦笑いする。
「じゃ、じゃあ・・・鬼太郎は・・・あたしのこと・・・。」
「好きだったよ、ずっとね。」

突然の告白に、落ち着きかけていたねこ娘の頭は、また混乱する。
「う・・・嘘!だって・・・そんな素振り・・・全然・・・。」
「まぁ、悟られないようにはしてたしね。」
「どうして!?」
もっと早く言ってくれれば、そう言いかけたが、
「君を今以上に危険な目に合わせたくなかった。」
「あ・・・。」
確かに今までにも雪女に拐われたりしたことがあった。
正式に鬼太郎の恋人となれば、敵は真っ先にねこ娘を狙ってくるだろう。
鬼太郎は自分の気持ちよりねこ娘の身を案じてくれていたのだ。
今更そんなことに気付かされるなんて、そう思うと涙が溢れてきた。
「・・・鬼太郎・・・。」
「ねこ娘、僕が気持ちを伝えた以上、君を危険に晒してしまうかもしれないけど・・・、
何かあっても守るから。」
「鬼太郎・・・あたし、鬼太郎と一緒なら平気だよ。
だから・・・ずっと側にいさせて・・・。」
想いは通じていた。
そのことに気づいていなかった。
今はただ、鬼太郎の素直な気持ちを聞けたことが嬉しかった。
「ねこ娘・・・、もちろんさ。」
そう言って、回した腕に力を込めた。
「鬼太郎、あたし・・・幸せだよ。」
涙で濡れた瞳で、とびっきりの笑顔をみせる。

それを見て、鬼太郎の胸は苦しいほど高まる。
「ねこ娘・・・、もう一度キスしてもいいかい?」
「・・・うん。」
沈みかけた夕日に照らされて、砂浜には一つになった影が、長く伸びていた。


 

 

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