春に誘われて

春を迎えたゲゲゲの森。
麗らかな陽気に誘われた鳥や虫たちが元気に活動し始める。
整備などされていない道の縁には、色鮮やかな花たちが精一杯日差しを浴びていた。
そんな心弾む景色を眺めながら、ねこ娘は空気を胸いっぱいに吸い込む。
「はぁ~・・・いいお天気だなぁ~。」
天気がいいだけで心が軽くなるのはなぜなのだろう。
そんなことを考えながら、跳ねるような足取りで鬼太郎の家に向かう。

トントントンと梯子を駆け上がり、入り口に掛けてある筵をめくる。
「きたろ~?」
中を覘くと、ちゃぶ台の上で読書中の目玉おやじを見つけた。
そしてその奥には鬼太郎が眠っていた。
「おぉ、ねこ娘。」
「鬼太郎、寝てるんだ。」
普段なら誰かがくれば目を覚ますが、どうやら熟睡しているらしく
ねこ娘が来たことにもまったく気付く気配がない。
「昨日の戦いもハードだったもんね・・・。」
そう言いながら鬼太郎の側にそっと腰をおろす。
ふと眠っている鬼太郎の顔を見ると、細かい切り傷がいくつもあるのが目に入った。
それを見たねこ娘は胸が痛くなる。
「あたしがもっと強かったら・・・。」
昨夜の戦いを思い出し、悔しさに眉を寄せる。
その様子を見ていた目玉おやじが口を開く。
「ねこ娘、鬼太郎はお前さんに強さなど求めとりゃせんよ。」
「えっ?」
驚くねこ娘を見て、目玉おやじは続けた。
「もし鬼太郎がお前さんに強さを求めておるなら、戦いに連れて行ったりはせん。」
「それってどういう・・・。」
ねこ娘は、意味が理解出来ず聞き返す。
「お前さんは今のままでいいんじゃよ。
鬼太郎はお前さんの心の強さを信じておる。
それに、いざとなれば全力でお前さんを守るつもりでおる。
それは決して『負担』ではなく、鬼太郎が自分で決めた『覚悟』なんじゃよ。」
「覚悟・・・。」
ねこ娘は、普段本人が語らない気持ちを聞いて複雑な気持ちだった。
「お前さんは鬼太郎の心の拠り所なんじゃよ。」
そう言って、目玉おやじはにっこりと微笑んだ。
「拠り所・・・。」
それはねこ娘にとって、この上なく嬉しい言葉だった。

戦いに赴けば、無傷では済まない。
いつも厳しい状況に身を置いている息子にとって、
ねこ娘が特別な存在だということを、本人は自覚しているかどうかはわからないが、
いつも側で見守っている目玉おやじにはわかっていた。
「じゃが、一度大きな戦いに向かうことになれば、お前さんを置いていくこともある。」
「あ・・・。」
目玉おやじの言葉で思い出したのは、数ヶ月前の鬼界ヶ島の決戦のことだ。

『弱い妖怪は連れていかない。』

それは、鬼太郎のねこ娘に対する想いだ。
自分の身すら守れるかどうかわからない危険極まりない戦いに、
ねこ娘を連れて行くことなどできない。
冷たく言い放ったのは、最大の優しさだった。
「そういう時は、お前さんにワシらの帰るこの場所を守っていて欲しいんじゃよ。」
「おやじさん・・・。」
ねこ娘の不安な気持ちが少しづつほどけていく。

「さて、ワシも一眠りしようかの。鬼太郎に用事があるんじゃろう?」
「あ、うん・・・、山菜採りに行こうと思ったんだけど、
せっかくぐっすり眠ってるんだし、あたし一人で行ってくるわ。」
「起こしてもいいんじゃよ?」
「いいの、いいの!ゆっくり寝かせてあげて。
そうだ、ヨモギが採れたらお団子作るね!」
「それは楽しみじゃのう。」
「じゃあ、いってきます!」
笑顔で見送る目玉おやじにそう言って、ねこ娘はゲゲゲハウスを後にした。
相変わらず爽やかな春の匂いを吸いながら、目玉おやじの言葉を思い出していた。
「拠り所・・・か・・・。」
たったそれだけで、心のモヤモヤが晴れるようだった。
「よ~し!たくさん採って、美味しいもの作るぞ~!」
いつも疲れている鬼太郎に、少しでも元気が出る料理を、と気合いが入る。


ゲゲゲの森を歩いていると、そこかしこに山菜を見つけることができた。
持ってきたカゴに半分ちょっと集めたところで、少し休むことにした。
少し歩くと、陽が差し込むちょっとした原っぱを見つけた。
カゴを脇に置いて座り、う~ん、と一つ大きくのびをする。
「やっぱり起こしてくればよかったかな・・・。」
こんないい天気に、家で寝てるのはもったいないような気がした。
そんなことを思いつつ、そのまま後ろに寝転がる。
薄い雲がゆっくり流れる青い空を見ていると、すぐに眠気が襲ってきた。
(ちょっとだけ、お昼寝しちゃお・・・。)
春の柔らかなそよ風に、微かに花の香りが運ばれてくる。
まるで眠りに誘うかのような香りに、ねこ娘はすぅっと意識をもっていかれる。


その頃・・・
「・・・ん。」
目を覚まし大きくのびをすると、ちゃぶ台の上で眠っている目玉おやじが目に入った。
更にその横に視線を向けると、小さな白い紙に何やら書いてあることに気付いた。
手に取って、目玉おやじが書いたであろう書き置きを読む。
そして、それを読み終わるとそのまま家を出た。

ゲゲゲの森を歩きながら、鬼太郎は特定の妖気を探っていた。
その妖気を頼りに森を進むと、少し先の原っぱに見慣れたピピンクを見つけ、足を止めた。
「・・・まったく・・・。」
ふぅ、と安心したように、一人微笑む。
そして、ゆっくりと歩み寄り、ピンクのリボンを春の風に揺らしながら
無邪気に眠る少女の横に腰かけた。

いい夢でも見ているのだろうか。
幸せそうな寝顔に、つい頬が緩む。
「ごめんよ・・・、でも、君が傷つけられるのを見るのは、耐えられないんだ・・・。」
そう言うと、ねこ娘の前髪をそっと掻きあげる。
実は、ねこ娘が家に来て少ししたくらいから、鬼太郎は起きていた。
目玉おやじとねこ娘の会話も寝たふりをしながら聞いていた。
なんとなく起きるタイミングを逃していたのだ。
そして、ねこ娘が出ていった後、いろいろ考えているうちに
そのまままた眠ってしまった。
(僕は不不器用で意地っ張りだから、君にはやきもきさせてしまうね・・・。)
ねこ娘の寝顔を見つめながら一人苦笑いする。
「・・・いつかちゃんと伝えるから、それまでは・・・。」
そう言って、ゆっくりと顔を近付け、柔らかな唇にそっと口づける。

「ん・・・・。」
何かが触れたような気がして、ねこ娘は目をあけた。
「・・・・!?」
思考回路が働くまでに数秒。
そして目の前には鬼太郎の顔があった。
「ンニャ~~!!??」
顔は一気に真っ赤になり、恥ずかしさのあまり大声を出してしまった。
だが、鬼太郎はそれに動じることもなく、
「おはよう、ねこ娘。」
などと、笑顔で言う。
一方ねこ娘は、寝顔を見られていたことが恥ずかしくて、相変わらず真っ赤な頬
を両手で押さえていた。
「まったく、無防備だなぁ。こんなところで寝るなんて。」
「だ・・・だって、あんまりにもお天気がよくって・・・・、
それより、どうして鬼太郎がここへ?」
まだ心臓は落ち着いてくれないが、それを誤魔化すように尋ねる。
「父さんが書き置きしておいてくれたんだ。」
「・・・そうだったの・・。」
自分が出掛けた後、鬼太郎への書き置きを残してくれた目玉おやじの優しさが嬉
しかった。
「さぁ、もう少し採って帰ろう。」
「えっ?あぁ、そうね・・・。」
スッと立ち上がり、珍しくやる気の鬼太郎を見上げる。
「何か作ってくれるんだろう?」
そう言って、にっこり微笑む。
「う・・・うんっ!美味しいもの作るね!」
ほのかに頬を染めながら笑顔で返す。
そして、山菜を摘む鬼太郎の背中を見つめながら、

(せめてあたしといるときは、いつでも笑顔でいてほしい。)

そんな祈りのような、願いのような気持ちでふわりと微笑んだ。

「ねこ娘~、置いてくよ~!」
「あ!待ってよ、鬼太郎~!」

 

 

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