気づいた想い

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁ~~~・・・。」
「ちょっ、どうしたの!?深~~~い溜め息ついて。」
あまりにも盛大な溜め息に、びっくりして問いかけたのは女子大生の由香。
「もう、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃってさぁ・・・。」
その盛大な溜め息をついたのはネコ娘。
ここはねこ娘のバイト先であるファミレスのロッカールーム。
同じバイト仲間の由香とは、少し前に恋愛話で意気投合して以来の友達だ。
「わかった!例の彼のことでしょ!」
由香は一瞬考えてすぐに、前に話していた片思いの彼のことだとわかった。
「そうなのよ~、相変わらずなんの進展もなし!
さすがにちょっと疲れてきたっていうか・・・。」
さりげなく(本人的には)アプローチしても当の鬼太郎はまったく気づかず、
一人空回りし続けることにねこ娘は少し疲れていた。
「でも、大切に思ってくれてるんでしょ?」
「それは仲間として、だよ~・・・。」
と言い、またひとつ溜め息が零れた。
「確か彼とは幼馴染だったよねぇ?」
由香は顎に人差し指を充て、何かを考えながら尋ねる。
「うん。」
「もしかすると、いつも一緒にいすぎて自分の気持ちに気づいてないのかも。」
突っ伏していた顔を上げて、なにやら思案中の由香を見つめる。
「そうなのかなぁ・・・・。」
確かにしょっちゅう、何かしら理由をつけては家に出入りしているし、
妖怪退治にも同行することが多い。
思い返してみるといつも側にいる。
それはもちろん鬼太郎と一緒にいたいという女心と、
少しでもサポートできればという仲間としての意識からなのだが、
当の鬼太郎はその女心の部分をわかっていない。
元々ぐうたらな性格も災いして、たまに出掛けようと誘っても
めんどくさがって断られる始末。
恋愛についてあれこれ考えることは好きだが、ここまで反応がないとさすがに辛くなってくる。
「多分、会えない寂しさっていうのを知らないんじゃないかなぁ?
いつも側にいるから安心しちゃってるんだと思うよ。
恋愛って、追ってるときが一番楽しかったりするのよ。」
それまですっかり落ち込んでいたねこ娘は、
恋愛について熱く語りだす由香を見つめて、ふんふんと聞き入っている。
「だ・か・ら!たまには追わせてみるの!」
人差し指を立てて、腰に手をやりウィンクをしながら、ねこ娘に作戦を提案する。
「でっ・・・でも、どうやって!?」
追いかけることは得意だが、追わせるとなると具体的な考えが浮かばない。
これも猫の習性か。
そのため「追わせる」という作戦に興味深々だ。
いつの間にか身を乗り出して由香の言葉を待っている。
「簡単よ~!しばらく会わなきゃいいのよ!」
今度は両手を腰に充て、自信満々に言い放つ。
「とにかく相手に寂しいと思わせるの!
もし彼に少しでも気持ちがあれば、必ず向こうから会いにくるはずよ!」
「・・・・なるほど~!!さすが由香ちゃんね!」
思わず立ち上がり、由香に拍手まで贈っている。
「でしょ、でしょ~??名づけて、『押してダメなら引いてみな!作戦☆』」
恋の駆け引き的には普通だが、余裕のないねこ娘には画期的な作戦に思えた。
「よぉ~し!そうと決まれば早速実行よ!!
ありがとう由香ちゃん!うまくいったらなんか奢るわね~!」
「がんばってね!!」
笑顔で応援する由香に手を振り、その場を後にする。

帰り道、由香からのアドバイスを思い出しながら歩いていたが、ふと立ち止まってしまった。
「・・・会わないってどれくらい?それに、会わないって会えないってことじゃない!!」
はぁ、と小さな溜め息が漏れる。
「あたしのほうが先に寂しくなっちゃうよぉ・・・。」
さっきまでの勢いはどこへやら。
冷静に考えればすぐ分かることも、恋する乙女にはそんな余裕すらないようだ。
「それに・・・、鬼太郎があたしに会えなくて寂しいなんて思ってくれるかなぁ・・・。」
簡単に実行を決めたものの、考えれば考えるほど足取りは重くなってくる。
「自信・・・ないなぁ・・・。」
ぽつりと呟きながらトボトボと歩きだす。

 

ねこ娘が作戦を実行し始めてから一週間が過ぎた頃・・・。
「そういえば最近ねこ娘の姿が見えんのぅ?」
今日も今日とて茶碗風呂に浸かったまま、目玉おやじは傍らに座っている鬼太郎に問いかける。
「そういえばそうですねぇ。きっとバイトが忙しいんですよ。」
「・・・そうか。」
特に気にする様子も見せない息子を見つめながら、
目玉おやじは心の中でねこ娘に同情した。
(・・・鬼太郎にはまだ色恋は早いのかのぅ・・・。)


「はぁ~・・・・。」
その頃作戦実行中のねこ娘は、早くも寂しさに襲われていた。
「もう一週間も顔見てない・・・。
自分で決めたこととはいえ、さすがに辛いなぁ・・・。」
まさか一週間で進展があるとは思ってはいなかったが、
今まで頻繁に会っていただけに、ねこ娘にとって一週間は予想以上に長かった。
「落ち込んでてもしょうがないよね!こういうときは仕事に限る!
よし!シフト増やしてもらおう!」
このまま気持ちが折れてしまっては何もならない。
しばらくは仕事で気を紛らわすことにした。

 

ねこ娘が作戦を実行してから三週間・・・・。
「鬼太郎。」
「・・・・・。」
「鬼太郎や!」
「・・・・・。」
「おい、鬼太郎!!」
「えっ!?あっ、すみません父さん、呼びました?」
「・・・鬼太郎、もうずいぶん長いことねこ娘を見ておらんが、なんの連絡もないのか?」
ねこ娘が姿を見せなくなって二週間を過ぎたころから、
鬼太郎はボーッとすることが多くなった。
普段側にいるときにはまったく気にする素振りも見せないが、
やはりいなくなれば気になるのだろう。
「えぇ、何も・・・・。」
「そうか・・・・。何もなければよいが、少しばかり心配じゃのぅ・・・。」
鬼太郎は少し何かを考えていたが、
「・・・・僕、ちょっとおばばのところに行ってきます。」
「うむ、頼んだぞ。」
「はい。」
おばばなら何か知っているかもしれない。
そう考え、鬼太郎は横丁の長屋へと急いだ。

横丁はいつものように活気に溢れていた。
長屋の前ではいつものように子泣きじじいが酒盛りをしている。
「おぉ、鬼太郎。」
「やぁ、おじじ。おばばは?」
「奥におるぞい。」
子泣きじじいに促され奥へ進むと、砂薬を調合中の砂かけばばあがいた。
「おばば。」
「ん?おぉ、鬼太郎か。どうしたのじゃ?」
「最近ねこ娘の姿が見えないんだけど、何か聞いてるかい?」
鬼太郎の口から「ねこ娘」という言葉を聞いて一瞬ピクッと反応したが、
鬼太郎はそれには気づいていない。
「あぁ・・・、ねこ娘か。バイトが忙しいと言っておったぞ。」
実はこの作戦を実行するにあたって、ねこ娘はおばばにだけは真実を話していた。
そして、『鬼太郎にもしも何か聞かれたらそう答えてくれ』と頼まれていたのだった。
「・・・やっぱりそうか・・・。」
自分が思っていたとおりだった。
体調が悪いとか、何か事件に巻き込まれたとか、そんな心配が自分の取り越し苦労だったことにホッとした。
「じゃあ、僕は行くよ。」
「あ、あぁ・・・。」
(鬼太郎も無意識にねこ娘を気にしているようじゃが・・・・、
当のネコ娘はそのことに気づいておらん・・・。
お互いまだまだ子供、ということかのぉ・・・。)
隠し事をしている罪悪感を感じつつ、おばばは鬼太郎の背中を見送った。

鬼太郎が長屋を出ると陰からろくろ首が手招きをしている。
不思議に思って近づくと、サッと手を引かれ陰に連れ込まれる。
「どうしたんだい?ろくろ首。」
「どうしたもこうしたもないわよ!鬼太郎、ねこちゃんに何したの!?」
「えっ!?ねこ娘が・・・なんだって・・・?」
いきなり責められてなにがなんだかわからない様子の鬼太郎に
ろくろ首は心底心配そうな顔で話す出した。
「この間バイトの帰りにたまたまねこちゃんを見かけたのよ。」
「ねこ娘を!?」
ドキッとした。
姿を見せなくなったねこ娘をろくろ首は見たという。
ただそれだけでなぜドキッとするんだろう・・・。
鬼太郎にはわからなかった。
「声をかけようかと思ったんだけど、なんだか考え込んでるみたいだったし・・・。
それに、少しやつれてたのよねぇ・・・。長屋には顔出してるみたいなんだけど、
おばばに聞いても何も言わないし・・・・。」
!!
「横丁には来てるのかい!?」
「えぇ、そうみたい。あたしも最近バイトでいないから会ってないけど・・・。」
「ろくろ首!ねこ娘のバイト先ってどこ!?」
急に焦りだした鬼太郎にびっくりしながら、ろくろ首はねこ娘のバイト先の場所を教えた。
「ありがとう!」
一言礼を言うとすぐさま横丁を走り出した。

ねこ娘のバイト先まで距離はあったが、一反もめんを呼ぶ気にはなれなかった。
なぜか一人で行きたかった。
それがなぜなのかまで考える余裕はなかった。
なぜ横丁には来てるのに自分のところには顔を出さないのか。
何か悩みがあるなら、なぜ相談してくれないのか。
そんな疑問が頭の中をぐるぐるしていた。


「お疲れ様でした~!」
その頃、ちょうどバイトを終えたねこ娘は家路に就こうとしていた。
「はぁ・・・・。
もう3週間・・・・。
仕事には集中できなくてミスするし、鬼太郎からはなんの反応もないし・・・。
やっぱりなんとも思ってないのかなぁ・・・・。」
この作戦を実行してからずっとこんな状態だった。
食欲も落ち、仕事でも失敗が続き、精神的な限界を感じていた。
「もう、あきらめたほうがいいのかな・・・・。」
そう口に出すと、目の奥が熱くなってくる。
(あ・・・ヤバイ・・・・泣きそう・・・)
そう思ったときには、すでに涙が流れていた。

そのとき。

遠くのほうから走ってくる足音が聞こえてきた。
「これって・・・・ゲタの音じゃ・・・・。」
ずっと傍にいたねこ娘が聞き間違えるはずがなかった。
これは間違いなく鬼太郎のゲタの音。
その音はすごい勢いでまっすぐこちらに向かってくる。
「えっ!えっ!?まさか!!」
やがてゲタの音が大きくなり、その足音の主が目の前に現れた。
「!!きっ・・・きた・・・ろう・・・・?」
目の前には毎日想い続けた鬼太郎がいる。
あんなに会いたかった人が目の前にいる。
「はぁ・・・はぁ・・・ねこ娘・・・。」
なぜこんなに息を切らしているのかはわからないが、確かに目の前には鬼太郎がいる。
「きたろ・・・なんで・・・。」
大きな目を見開いて今のこの状況を一生懸命理解しようとする。
「はぁぁぁ・・・・、最近、全然顔を見せないから・・・・・って、ねこ娘!?」
大きく息をついて呼吸を整えてから話だしたが、ねこ娘の顔を見てギョッとなる。
大きな瞳から大粒の涙がぽろぽろと次から次へと落ちていた。
「ねこ娘!?僕、何かした!?」
自分が何かおかしなことを言ったのかと焦る鬼太郎にねこ娘はふるふると首を横に振る。
「鬼太郎・・・・もしかして、会いにきて・・・くれたの・・・?」
涙を流しながら必死に声を絞り出す。
「あっ、いや、その~・・・・ずいぶん長いこと家にも来ないから、
何かあったんじゃないか・・・って・・・・。」
素直に会いにきたと言えればいいのだろうが、そこは鬼太郎も子供っぽい。
それでもねこ娘は、鬼太郎から会いにきてくれたことが嬉しかった。
それまで抑えていた感情が一気に溢れる。
「ふっ・・・・ふえぇぇ~~~ん」
よほど張り詰めていたのか、突然泣き崩れた。
「ね・・・ねこ娘!!??」
座り込んでしまったねこ娘に駆け寄り、鬼太郎はただオロオロするばかりだった。
「だ・・・大丈夫かい・・・?」
膝をついて、ねこ娘の肩にそっと手をやる。
肩を抱かれピクリと反応すると、ねこ娘は顔を上げた。
潤んだ瞳でまっすぐに見つめられて、鬼太郎の胸が高まる。
「ねこ娘・・・・。」
ろくろ首の言っていたとおり、少しやつれて見える。
「バイトが忙しいって聞いてたけど・・・、無理してるんじゃないのかい?」
鬼太郎は心配そうに、優しく問いかける。
「・・・心配して・・・くれたの・・・?」
夢に見るほど会いたかった鬼太郎が目の前にいる。
その鬼太郎の目をまっすぐ見つめて聞いてみる。
「当たり前じゃないか。」
そう言って優しく微笑む。
「・・・鬼太郎~!!」
溢れる想いを堪えきれずに鬼太郎に抱きついた。
その言葉だけでねこ娘の胸はいっぱいだった。
鬼太郎の肩でわんわん泣いているねこ娘を、鬼太郎は優しく抱きしめる。
何があったかなんて聞かなくていい。
話したくなったら自分から話すだろう。
今はただねこ娘の顔が見られただけで十分だった。
(そうか・・・・、僕は寂しかったのか・・・。)
鬼太郎はやっと気づいた。
自分の腕の中で震えながら涙を流す少女の存在が、これほどまでに大きくなっていたことに。
(僕は君に甘えていたんだね。
いつも側にいてくれる君に。)
冷たくしていたわけじゃない。
自分の気持ちに気づくのが怖かったのだ。
もしも気づいてしまったら、他に何も見えなくなりそうで。
抱きしめた幼馴染がいつもより小さく感じる。
このまま力を入れたら壊れてしまいそうで少し怖い。
「・・・もっと早くくるべきだったね・・・。
ごめんよ、ねこ娘・・・。」
そう言って少しだけ、回した腕に力を込めた。
「ううん、・・・来てくれて・・・嬉しかった・・・。」
このまま来てくれなかったら・・・・。
そんな不安に押し潰されそうになっていた心は、一瞬にして救われた。
こんなにも鬼太郎に対する気持ちが大きかったとは、自分でも知らなかった。
冷たくされても素っ気なくても、側にいられれば幸せなんだと改めて気づいた。
まだ涙は止まりそうにない。
鬼太郎はそんなねこ娘を離そうとはしない。
「ねぇ鬼太郎・・・。」
「・・・なんだい?ねこ娘。」
自分を呼ぶ声がとても優しくて、胸がキュッとなるのを二人は同じように感じていた。
「あたし、鬼太郎の側にいたいの・・・。」
「・・・うん。」
「・・・迷惑じゃ・・・ない・・・?」
「迷惑だなんて思ったことないよ。」
お互い顔が見えないせいか、自分の気持ちを素直に相手に伝えられた。
ねこ娘はその言葉だけで幸せだった。
「ありがとう・・・きたろ・・・。」
そう言い終わらないうちに、ねこ娘は鬼太郎の肩で眠りに落ちた。
バイトでの疲れに加え、精神的な疲労が限界まで溜まっていた上に、泣いたせいでよほど疲れたのだろう。
それが鬼太郎に会えたことで張り詰めていた糸がプッツリ切れてしまった。
少し重くなったねこ娘を、鬼太郎は優しく抱き上げた。
「・・・参ったな・・・。」
そうぽつりと呟く。
眠ってしまったねこ娘に対してではない。
気づかされてしまった自分の気持ちに苦笑いした。
しかし泣きはらした目をして、鬼太郎の腕の中で安心しきったように眠るねこ娘を見つめる鬼太郎の目は
深い深い闇を湛えていた。
「・・・僕に気づかせてしまった君には、責任を取ってもらわなくちゃね・・・。」
不敵な笑みを浮かべながら、独り言のように呟いた。
そして今回のことを考えてみた。
自分の気持ちに気づいた今ならわかる。
おそらくねこ娘はいつも自分の側にいることが負担になっているんじゃないかと感じ、
自分から離れていたのだろう、と。
「バカだなぁ・・・・。君は僕の独占欲の強さを知らないんだね・・・。
・・・もう逃げられないよ、ねこ娘・・・。」
楽しそうに笑っているが、目は笑っていなかった。
「さぁ、帰ろう・・・。」
(それともこのまま君を、誰の目にも触れないどこかに閉じ込めてしまおうか・・・?)
そんなことを考えながら、鬼太郎はねこ娘を抱いたままゲタを鳴らして闇へと消えていった・・・。

 

 

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